第五話 旭川雪子は守りたい
微かな桂木の悲鳴を聞きつけ、雪子は声をした方へ急いだ。何度か角を曲がった所で桂木とすれ違う。桂木は目を見開いた。
「ゆ、雪女!?」
「桂木くん♡」
たちまち雪子の顔が緩む。今の悲鳴は? と聞こうとした雪子の声を遮って、桂木は手を取って走り出した。
「早く逃げるんだ!」
「逃げる? なに、何のこと!?」
「アレだよ!」
桂木は振り返って叫んだ。手を引かれながら雪子は振り返ってソレを見る。家の二階に届くほどの泥の塊が、真っ赤な目で睨みつけながら走ってきていた。
「な、何あれ! 妖怪!?」
「泥田坊、だよ!」
桂木は息を切らしながら叫んだ。走るペースも段々と落ちている。
「田んぼに住む……妖怪だ。ハァ……普段は、大人しいはずなんだけど……」
「そう言えば、ここら辺は最近土地開発して、田畑を埋め立ててできた場所みたいよ」
桂木に比べ全く息切れしていない雪子は楽しそうに言った。実際、好きな相手と手を繋げているのだから、泥田坊に追いかけられる恐怖より恋する乙女心が勝ってしまっていた。しかも雪女は多少の浮遊能力もあり、今も雪子は少し浮いていて走る労力を全く使わないので、桂木が手を引いて走るだけ無駄骨なのだが、それを桂木に教える人は誰もいない。
『田を返せー!』
泥田坊はその泥の手を振り上げて襲いかかってきた。
「危ない!」
桂木は雪子を突き飛ばして泥田坊の攻撃から庇った。吹き飛ばされた桂木は塀に身体を打ち付け、力なく倒れる。どこか切ったのか、道にじわりと赤が滲んだ。それを見た雪子はわなわなと身体を震わせ、怒りの拳を握る。
「あなたよくも桂木くんをー!」
叫び声と共にビュォォォと強い冷風が吹き抜ける。一時風が止むと、雪女の本性を表した雪子が真っ白な着物に身を包み、その氷のような澄んだ水色の瞳で泥田坊を睨みながら浮いていた。
「よくも、私の大事な桂木くんに! 凍え死んでおしまい!!!」
雪子がヒュオッ! と息を吐くとたちまち吹雪が巻き起こり、泥田坊の身体をみるみる凍らせる。あっという間に氷の彫刻となった泥田坊を凍てつく視線で睨みつけ、慌てて桂木に駆け寄った。
すぐに傷口を軽く凍らせて出血を止めると、雪子はホッ胸を撫で下ろした。しかし束の間、背後から奇襲を受け、避けきれなかった雪子の真っ白な肌に赤い筋が一筋入る。咄嗟に後退したせいで気絶したままの桂木と距離ができたことに気付き、顔に焦りが滲んだ。
「何者!?」
バッと顔を上げた雪子は絶句する。先程氷漬けにした個体とは別に、数十体もの泥田坊が辺りを取り囲んでいた。
『『田を返せー!』』
一斉に吠えた泥田坊たちは雪子に向けて腕を振り下ろした。