第四話 逢魔ヶ刻は危険がいっぱい
太陽が西の空に沈む夕刻。学生にとっては下校の時刻。オレンジ色に染まった道を一人歩きながら、桂木は小さくため息を吐いた。立ち止まって振り返ると、電柱から伸びる人影がある。
「バレバレだよ。出てきなよ雪女」
「あれ? なんでわかったの? もしかして愛の力♡」
飛びつこうとした雪子をサッと避けた桂木は、ため息を吐きながら違うから、と訂正した。
「影」
静かに足元を指差す桂木に、雪子はあーね! と手を叩いた。
「でも9割は愛だよねー!」
今度は躱しきれなかった桂木は服の下でモゴモゴと口を動かした。冷たい、離してと言っているのだが、雪子には聞こえずさらにぎゅっと抱き締められる。
(く、くるしッ……死ぬ……)
桂木が必死に雪子の背を叩くと、ようやく雪子は桂木を解放した。桂木はゼェゼェと呼吸しながら死ぬかと思った……と呟く。
「私が好きすぎて?」
雪子のボケに突っ込む気力は桂木にはもう残っていない。チラッと雪子を見て、ゆっくりと背を向け深呼吸をする。そしてカッと目を見開き突然走り出した。
「あー! 桂木くん待ってー」
雪子の声を聞き流しながら、桂木は必死に足を動かした。家に帰る道を真っ直ぐに進まず、一個目の角を家とは反対方向に曲がる。そしてまたすぐに角を曲がった。
これで逃げ切れると思った矢先、角を曲がった先にあった何かにぶつかり、桂木は尻もちをついた。ベチャッと泥が跳ねるような音に慌てて立ち上がって尻を叩く。しかしそこは汚れていない。代わりに顔にベッタリと泥がついていた。
「な、なんだこれ?」
泥を払って顔を上げると、そこにはそびえ立つ焦げ茶色の何かがあった。
『田を返せー!』
ベタベタしていてまるで泥のようなその人影は、地を這うような低い声で叫んだ。