真理の箱 (箱物語20)
近未来のこと。
真理の箱なるものが某コンピューターメーカーから発売された。
膨大な知識と情報が内蔵された箱で、限りなく神に近い思考力を備えていた。さらには一方で、悩みごとや人生相談にも応じるといった、人間くさい一面も持ちあわせていた。
使い方はかんたん。箱に向かって質問や悩みを語るだけで、答えを紙に印刷して返してくれる。
だが値段がとほうもなく高額なゆえ、まずは役所などの公共施設に配備されたのだった。
さて……。
朝からカミさんに叱られたトムじいさん。どこに行くあてもなくフラリと家を出た。
こうしたときにかぎって、あいにく外は雨だ。
トムじいさんはカサを片手に雨の中を歩きながら考えていた。
――なんで叱られたんだろう?
叱られた理由がいっこうに思いあたらない。いくら考えてもまったくわからなかった。
――メシの食い方がまずかったのかな?
そうも思ったが、ホントのところはわからない。
――こまったもんだ。
カミさんと結婚して、すでに五十年以上。それでもこうしてたまに、カミさんの心の中が見えなくなることがあった。
まずは雨宿り。
トムじいさんはたまに行く図書館に立ち寄った。
――なにごとだろう?
ロビーに十人ほどの列ができている。
先をのぞき見るとテーブルがあり、一辺が五十センチほどの銀色の箱が置かれてあった。
「あれはなんですかな?」
トムじいさんは列の者にたずねてみた。
「真理の箱といってね、どんな質問にも答えてくれるそうなの」
若い娘さんが教えてくれる。
「ほう、それはすごいですな」
「とっても優秀なコンピューターが中に入ってるんですって」
「そうなのかい。ところであのようなもの、これまであったかな?」
「最近、開発されたみたい。せっかくだから、おじいさんもなにか聞いてみたら?」
娘さんはトムじいさんにすすめてくれた。
雨がやむまでさしてすることもない。
トムじいさんは列に並んだ。
並ぶこと十分。
トムじいさんの順番がやってくる。さっそくイスに座り、銀色の箱に向かって問いかけた。
「今朝、カミさんにひどく叱られましてな。ですがワシには、その理由がとんとわからん。そいつを教えてほしいんだよ」
待つこと、たったの三秒。
銀色の箱が一枚の紙を吐き出した。ところが表も裏も真っ白で、それにはなにも書かれていない。
「このように白紙で出たんだが、いったいどういうことですかな?」
トムじいさんは図書館の職員をつかまえ、箱から出た真っ白な紙を見せた。
「おや、お客様も?」
職員がおどろいた顔をする。
「ごくまれなんですが、このように白紙で出てくることがありまして」
メーカーに原因を問い合わせたのだが、今のところまだはっきりしないのだと言われたそうだ。
家に帰ったトムじいさん、おもいきってカミさんにたずねてみた。
「なあ、オマエ。朝、ワシのことを、どうしてあんなに叱ったんだい?」
また叱られると思いきや……。
「おや、おや。わたしは叱りましたかねえ? それよりお茶でもいかが? おじいさんの大好きなクッキーを焼いたんですよ」
なぜか、カミさんはすこぶる機嫌がいい。
――あれはただのキマグレだったのか。どうりで白紙なわけだ。
トムじいさんは大きくうなずいた。
古今東西。
理由のないものがある。
女のキマグレ。
これに理由などないのである。