独白2
そうやって,俺は咲弥子に対する恋心を自覚した。自覚してからは,義母に会うのも苦痛ではなくなった。彼女の前で,本心を押し殺した作り笑いを浮かべる必要もなくなった。心から彼らを祝福できた。
義母に対する思いは,母親に対する思慕ではないと思い込んでいたが,あいつへの思いと,義母への思いを比較すると全く別物だった。
そして,俺は義母にそれを打ち明けた。
「知っていたわよ,あなたが私を好きだったこと。でもやっぱりそれは純粋な恋心ではなかったでしょう?あなたにとって,私はあくまでも母親。あなたは,自分でそれに気づかないといけないと思ったのよ。だから,気づかないふりをしていた。あなたが家を出た理由もわかっていたわ。」と,彼女は言った。
「あなたには敵わないな。」彼女は全てお見通しだったわけだ。
「ふふ,何歳違うと思っているのよ。あなたの成長も彼女のおかげでしょう?前から優秀だったけど,危うげだったのよね。今は,それがなくなったわ。守るものができると人は強くなるのね。あの子を逃しちゃダメよ。」
「分かっています。」手放すわけがない。
「それと,最近周囲が騒がしいわ。あなたを狙う令嬢の話を聞いたわ。あの子を守るのよ。あなたは私の大切な息子だから,幸せになりなさい。」
「ありがとう義母さん。」
初めて彼女をお義母さんと呼んだ。
彼女は,それは嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
それから,俺は彼女との関係を正しく進めたいと思った。この契約は卒業までと言ったから,それまでに『偽りの関係』を『正しい関係』に直さなければならないと思った。
あいつの俺に対する態度から,嫌われてはないと思う。長い間一緒に住んでいて,うまくやれていたのだ。それに,お互い愛人は持っていいという取り決めだったが,あいつにそういう影があったことはなかった。
だから,いい旦那をするために,忙しい中あいつの好物を買いに行った。ホントはあいつともっと話がしたかったが,クソ親父にこき使われていたためにできなかった。食べ物より,女はアクセサリーや花を好むと知っていたが,あいつと話したのは食べ物と本の事だけだったから,仕方なかった。
スキンシップも過剰にしてみたが,これに対しては,全く気づいていなかった。なぜだ。
そして,自分たちが結婚しているのに指輪を持っていないことに気づいた。これに関しては,あいつの好みを知らないとか言ってられない。正しい関係のために重要だと思ったので,義母の姉(年齢不詳)に頼んで有名ブランドに行った。そこで,なぜか知らない女に絡まれて辟易したが,目的は果たせた。
準備は整った,そう思ったのに―――。
あの日,会社から帰ると,家の中にひと気が無かった。
あいつがいなくなっていた
まるで最初から,あいつなんていなかったかのように,あいつのものは全て消えていた。あいつ自身さえも。これは,1日2日でできることではないと思った。あいつはずっと前から,こうするつもりだったんだろうか。一緒に食事をしている時も,本について議論している時も,笑顔の裏では俺の前から消え失せるつもりだったんだろうか。
許さない。
俺の手の届かないところに行ってしまうことは。
何としてでも見つけよう。たとえ法に触れたとしても。