独白1
初の誠也視点です。
☆誠也サイド
俺の初恋は,8つ年上の英語の家庭教師だった。
物心ついたときから母親はいなかった。俺が2歳の時に事故で無くなったらしい。
父親は,母親を溺愛していたそうで,今でも1人で逝かせてしまったことを悔やんでいるらしい。
俺が小学校高学年の時,亡き母に似ているという家庭教師の江崎佳乃さんを紹介された。母親がおらず,父親は仕事で忙しく,愛情に飢えていた俺は,すぐに彼女になついた。
母親のような存在として慕っていたが,いつの間にか1人の女性として慕うようになった。少なくとも当時はそう思っていた。
8つ年下の自分が彼女に対象として見られていないことは分かっていた。
それでも,自分の父親と彼女の関係を知った時,父親に激しく嫉妬した。まだ,相手が父親でなかったら祝福できたかもしれない。だが,彼女と父親より,彼女と自分の方がまだ年が近いのだ。
そして,2人の結婚を聞かされた時,俺は父親に家を出たいと申し出た。理由を聞かれ,
「新婚の邪魔をしたくない」と答えた。
父親は特に追求もせずに了承してくれた。たぶん俺の気持ちに薄々気づいていたのだろう。
しかし,同級生と結婚をしてから同居しろ,と言われた時にはたまげた。なんでそんな得体のしれない女と同居しなければならないんだと反発したが,父親は家を出るにはそれしか許さないと一点張りだった。会社の事業提携のためと聞かされたが,うちぐらいの規模の会社で,そんな時代錯誤な「家の結びつき」なんか必要ないだろう。事業提携の度に結婚があれば,何人子供がいても追いつかないだろう。
父親の考えは分からなかったが。俺はとにかく家を出たかったので,渋々提案をのんだ。丁度いい虫よけと思うことにして。
初めての顔合わせの時は,しっかりと釘を刺した。この結婚は契約結婚であり,この関係はお互いが大学を卒業するためまでだと。…俺の本心はけして明かさなかった。
そうやって始まった同居だったが,あいつ,咲弥子と過ごす時間は予想外に心地良かった。
同居当日には,まずあいつの生活力の高さに驚かされた。絶対料理なんてできないだろうと高を括っていたが,あの日のビーフシチューは絶品だった。…思わず不覚にもほだされた。
掃除も洗濯も主婦並みにできたので,父親はもしかしたら,生活のためにあいつと結婚させたのかもしれないと思った。
意外と趣味も合った。あいつは活字でさえあれば何でも読む本の虫だった。おかげで,新作小説から古典文学まで熱く議論を交わしてしまった。
そうやって,いつからか,この生活が苦痛じゃなくなった。あいつに対して軽口までたたくようになった。素の自分でいられるようになった。
家を出た当初は,実家に顔を出し,父親と義母に会うのが苦痛だった。2人とも俺の大切な人だから,幸せになってほしかった。でも,実際その光景を見るのはだいぶ堪えた。
しかし,そのうち彼女が父親に向ける笑顔を見てもなんとも思わなくなった。代わりに,咲弥子の飯を食べる俺を微笑ましそうに見る顔,本を語る時のキラキラした瞳,鼻歌を歌いながら掃除する姿がふと浮かぶようになった。あいつの打算のない笑顔が頭から離れなくなった。
ごめんなさい,誠也視点は二つに分けます。