救世主
まさかの日間ジャンル別で5位!思わず二度見してしまいました!!
ブクマ,ポイントありがとうございます!!
私が彼と同居していたマンションを出てから1週間がたった。
必要な単位を取っており,あとは卒論だけなので,もう大学にも行っていない。
元妻が学内をうろうろしていたら彼にも迷惑だろう。卒論が完成したら,提出のため1度だけ大学に行こうと決めている。教授に目をかけてもらっていたので融通が利くのだ。ありがたい。
あれから,まず私の内定が決まっている企業の近くにホテルをとった。そこを足掛かりにして新居を探した。就職してからもずっと住む予定だから,妥協せずに何件も不動産屋を回った。
しかし,私には保証人になってくれる人がいなかった。父親と継母は論外であるし,母親の身内には会ったこともない。唯一かわいがってくれた父の姉,叔母がいるが,実家を出てから一回も連絡を取ってない。彼の両親に頼ることは微塵も考えなかった。もう関わることはないのに迷惑をかけれないのに彼に居場所を知られたくなかった。お義母さんへの思いを振り切れた彼の人生に私は不要だ。
彼のためというが,私が必要じゃなくなった彼に邪険にされるのが怖いのだ。そんな人ではないと思うが,幸せそうな彼を見ることに耐えられそうもない。
そうやって何件も不動産屋を回り,心がくじけそうになったころ,救世主に出会った。
「確か君はうちの会社を受けてくれた子だな?」
内定をもらっている会社で,面接をしてくれた辻さんだった。この人は40代くらいの優しそうな人で,若いころはモテただろうな,と思わせるナイスミドルだ。
会社の営業で通りかかったところ,うなだれる私を見かけて声をかけてくれたそうだ。
事情を聞かれたので,簡潔に家を出る必要があり,新居を探していること。その家から会社に通いたいと思っていること。そして,保証人になってくれる人がいないことを素直に話した。
すると,
「家は古くてもいいか?」と聞かれ,私は藁にもすがる思いで頷いた。
そして,辻さんは私を1軒の古いアパートに連れて行き,そこの大家さんに紹介してくれた。辻さんは奥さんと2人でそのアパートに住んでいて,大家さんと懇意にしており,保証人なしでもそこに住めるように話を通してくれたのだ。
「本当にありがとうございます。手間を取らせてしまい,申し訳ありません。」と,私が言うと。
「家を出なきゃならなかったなんて大変だっただろう。手間なんて思ってないから。これからはご近所さんになるんだ,困ったことがあたらいつでも話してくれ。」と,辻さん。
「私は娘が欲しかったのよ,でも子供は2人とも男でね。もう手を離れてしまって寂しかったのよ。仲良くしてくれると嬉しいわ。よろしくね。」と,奥さん。
2人の優しい言葉に思わず涙がこぼれそうになり,慌てて頭を下げてごまかした。
そういうことで,私は今,辻さんのお隣に住んでいる。
このアパートは,外見は古そうだが,内装はリフォームされていてとてもきれいだった。それに,家賃も安く,2LDKという破格の物件だったのだ。
家具は近くのホームセンターで安くそろえた。奥さんには,使っていない鍋などもいただいた。おかずの差し入れなども毎日いただいている。
本当に辻さん夫婦には,感謝してもしきれない。1人で生きていくんだと,こわばっていた私の心を柔らかくしてくれた。
日中は暇なので,家政婦のバイトをしている。就職するまでの契約だ。これまでに培ってきた料理をスキルを活かせるのでやりがいがある。お金はあって困るもんでもないし,しっかり貯めておこうと思っている。
休みの日は,図書館にパソコンを持ち込んで卒論を仕上げている。あと少しだ。
彼のことは極力考えないようにしている。マンションを出て,ホテルに泊まった日,思う存分泣いた。思いを完全に断ち切ることは,きっと一生できないが,もう会うこともない。携帯に入っていた彼と彼の両親の番号は消して,かかってきてもわからないようにした。ラインもブロックした。ほかにSNSはやっていないので,連絡は取れない。友達にも,心配しないでと連絡はしたが,場所は明かしていない。
完全に道は違えたのだ。忘れる努力をしよう。
…そう思っていたのに
バイトが終わって,家でのんびりしていると玄関のチャイムが鳴った。ガスの点検を依頼していたので,特に確かめもせずにドアを開けた。
そして,不用意な自分を後悔する。
―――そこには,これまで見たこともないくらい機嫌の悪そうな彼が立っていた。