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山頂にて

 同じ頃、領主チムガはひどく不機嫌に兵を怒鳴り散らしていた。この男が傭兵上がりだというのは、取り逃がした少女を、自ら剣を手にして追っていると言う点だろう。しかし、兵の列は遅々として進まない。屋敷の裏山にこのような道があろうとは思ってもみなかったのである。そもそも、彼らの概念から言えば道と呼べるかどうかも分からない。密に茂る植物の間に人が通れる程度の隙間が空いていたり、垂れ下がる蔦の下にくぐれるほどの隙間があったり、様々な障害物の間に人が通れる程度の間隔があり、それらをつなぎ合わせて行くと一本のルートになるという具合である。しかも、そのルートはくねくねと折れ曲がって方向が知れず、枯れ果てた倒木で何回も遮られて、進むにはそれを乗り越えなくてはならない。人一人がようやく通れる程度の幅の道を兵士たちは一列に進むのである。道案内もなく、この道を進むというのは至難の業だった。行く手や視界を遮る障害物は同時に空気の流れも遮断して風が無く、険しいアップダウンが続く行程で疲労した体から汗を絞り尽くすようだった。


 追われるガルムにとって、ネアが導く道は尾根に挟まれて上昇しつつ続いている。見晴らしが利かず、樹木やツタや様々な植物に遮られて風がない。彼らは空気が動かないと言う意識を初めて感じた。額から頬を伝って口元に流れる汗がむやみに塩辛い。膝ががくがく震えて体が重い。

 先頭を行くネアが道を見極める判断力はしっかりしているようだが、良く見ると肩を激しく上下させるほど激しい息づかいをしている。弱った体はまだ十分に回復してはいなかった。

(逃げ切るか?)

 ガルム自身、そんな思いにとりつかれながら歩を進めている。倒木が折り重なった年月を重ねた茶色の表面に、名も知れぬ植物の枝や葉が若い緑の領域を広げて、時折、鋭く差し込んでくる光が、老いた表面を鈍く照らしたり、若い緑を鋭く反射させることがある。ガルムの行き足を留めたのは、彼の体重を支えきれなかった朽ち木だった。彼の体を支えたのは若く強靭な蔓である。厚みと生命感のある葉がガルムの節くれだった指に握りつぶされた。

(あそこまで行って)とガルムは心に決めた。

 何故と聞かれてもガルム自身答えることができなかったに違いない。前方の樹木の間に日の光を見つけたのである。その日の光はこのウスル山系のいくつもの峰の1つ、その頂上の証に違いなかった。


 そこには、汗がしたたる髪を撫でる風があった。頂上に幾本もの倒木があり、切り開かれて空があった。その中に逃走者達は思い思いの姿で身を休めた。ルトに背負われていた少女でさえ、それなりに疲労したらしく、木に寄り掛かっている。ガルム自身、激しい呼吸が整わないまま視線だけ動かして周囲を眺めて思った。

(今しばらくは、動くことは出来まい)

「追い付かれれば、戦うのみよ」

 ガルムはそう決めて、腰の剣を手で探った。心の中で呟いたつもりだったが、声に出していたらしい、ルトもその言葉に納得して頷いていた。

 ネアたち、山の民がビンクウ呼ぶ現象がある。突然に、巨大な樹木が何の予告もなく倒れるのである。枯れて根が腐り果てて、重みを支えきれなくなったと言う事だが、山の民は樹木の精霊の死とて捉えている。その現象が起きた。幾つか先の峰らしいが、それでもネア達を驚かすには充分なほどの轟音がし、木霊となって山々の峰に響いたた。

 その音をきっかけになったのか、ひらひらと舞う物がある。薄い紫の光沢を放つ蝶である。数匹ではない。空の色が変わるほど、羽ばたきがさわさわ耳に響くほどの数である。

「ああっ」と、ネアが感嘆の声を挙げた。

 紫の鱗粉に乱反射して切り開かれた空から振ってくる光が薄紫だった。彼女たちは柔らかな山の植物に身を横たえて、全身に蝶の羽を通して薄紫の日光を浴びた。

「ほおっ」

 ルトは素直な驚きを見せた。

「何という馬鹿馬鹿しさか」

 ガルムは頬に触れる蝶を払おうともせずに思った。儚げな蝶が空に舞って美しい。その中で、彼は未だぬるぬるする返り血にまみれているのである。そして、追手が追い付いてくれば、また血にまみれる。

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