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ガルムとルト2

 二人は四日かけて、植民市ビウスにたどり着いた。ガルムは街で自らと弟子のルトの服装を整えたときには、もう所持する食糧も尽きかけていて、滞在費を賄う所持品もなかった。

「五十万ゼタって?」

 その金額を聞いたルトは首をかしげた。

「馬鹿め。金というものがいるのだ」

 ガルムはルトに貨幣というものの存在を教えた。ルトの生まれ育ったパトスクの村など物々交換が主である。ムウ帝国の植民市でも貨幣を利用するなど、ごく一部の役人か大商人だけである。

 この時期、植民都市からも武術大会の参加者を募ったとはいえ厳格な制限がある。植民市の者は多額の参加費を納めねばならないのである。その額は裕福な家の者でも家が傾くほどの金額である。そうやって、ムウという国家は参加者を自由に募るという名目を満たしつつ、人々の大陸への流入を制限した。

 そのために、武術大会に参加するためには、まず役人に多額の参加費を振り込んで渡航のための身分証明をとり、更に、渡航のための船便を自分で探さねばならない。


 ガルムは金を出してくれる支援者町を求めて商家を回った。ガルムが最初に訪ねた商家は、彼に旅費を工面することを断わったばかりか、それを伝えたのは店の小者であった。

「主人はどうした?」

 ガルムは店先で怒鳴った。武装した大男を背後に従えて、怒鳴るガルムの姿には迫力があった。しかし、店の小者は主人の伝言を繰り返し、露骨に店の外に目をやった。その方向には役人と兵士の詰所がある。これ以上騒ぐなら役人に引き渡すという脅しである。ガルムは大人しく店を出ざるを得ない。

 ガルムの背後には、師匠の行為を首をかしげつつルトが続く。ガルムは時折胸の内を吐き出すように地面に唾を吐いた。ルトはその後ろ姿を見ながら考えた。

(こういう時の師匠には、うかつに話しかけない方がよいな)

 そしてまた、ルトには不機嫌な師匠の後ろ姿よりも、町の賑やかさの方が興味深

く、物売りの声や、自分を遮るよう人々の雑踏を楽しんでいたかったのである。

「ルト!」

 突然にガルムの怒鳴り声が人々が足を止めるほどに響いた。ガルムがルトをにらんで続けた。

「あまり、キョロキョロするものではないわい。わしの沽券にもかかわる」

 再び不満を呪文のように口の中で呟きながら歩き始めた師匠の後姿に、ルトは密かに肩をすくめた。


「どうぞお引き取りを」

 そんな言葉を冷たく言い放ったあの商家の男の面憎さを、ガルムは一生忘れまいと心に誓った。しかし、すぐにいちいち人々の表情を覚えていられぬほどになった。

 十日間、彼らは町の商家や有力者宅を訪問し続け、時には恐喝まがいの事をしたこともある。そしてことごとく断わられたのである。

 パトスクの村の誇り高い鍛冶屋は借金を踏み倒すのがうまい。

 ガルムの噂はこんな形でも、町に伝わっていた。

『わしは運に恵まれている』

 機嫌の良いときに、ガルムがこう口にすることがある。今はその運にも見放されたようでもあった。

 町には商家と呼べる家が十数軒あった、それに政治的な有力者を加えると二十一軒になる。ガルムは更に十日もかけて、その有力者のことごとくに見放されたのである。

 無駄に時間ばかりが過ぎた。渡航費どころか、あと数日もすれば滞在費すら尽きてしまうだろうとルトは思った。

「ここで飢え死にするわけにゃいかんでしょ」

「わしは運に恵まれているのだ。儂はサクサ・マルカへ行かねばならん」

 露天が並ぶ通りの一角の岩に腰を得ろして、自分に言い聞かせるように呟くガルムの声にも覇気が無かった。道ばたにムシロを敷いて小魚を売る露店の店主が面白そうに言った。

「サクサ・マルカ? そいつは丁度良い。森の精霊にでも頼んでみな」

「精霊だと?」

「最近も、好奇心半分で退治に出かけた兵士どもが、叩き返されて来おったよ」

 その言葉に何かがひらめいたように、ガルムが叫んだ。

「それだ」

「親方、何を?」

 疑問を口にする弟子にガルムは説明を加えた。

「儂らがその精霊を退治する。さすれば、儂の勇名は轟いて、我らに金を出す者が出てくるに違いない」

 ルトは親方の虫のいい話に肩をすくめたが、興奮したガルムは弟子を無視したまま、勢い込んで露天商に尋ねた。

「それで、その精霊はどこに出る?」

「そこの街道をたどって、東の森の奥に行ってみな。一休みしていれば、向こうから勝手に姿を現す」

 露天商の話にルトが首を傾げた。

「恐ろしくはないのか?」

「何、サクサ・マルカを呟くだけで、こちらが手出しをしなければ、何も悪さはせんよ」

「親方」

 ルトがやや非難じみた口調で呼びかけたのは、悪さをしない善良な精霊にちょっかいを出すのかという非難である。ただ、ガルムはそんな言葉を聞いてはいなかった。

「儂は決めたぞ。その精霊を退治して、この街で名を挙げるのだ。さすれば、我らは渡航を果たすことができるのだ。更に、都の武術大会で優勝し、我らの名はムウに響き渡る」

 親方が描き出した虫の良い筋書に、ルトは眉を顰めて肩をすくめただけである。



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