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ルシュウ脱出する3

ルトが去り、その姿が闇に溶けて消えた後、バンカは川辺に二人を導き、勝手に借用した小舟にルシュウとネアを乗せた。普通、方向は二筋ある。一方は川の流れに乗って海に出る。もう一方は流れに逆らって漕ぐと、バンカ達の住むネッタ一角の船着き場に出るのである。

 バンカはどちらの道も取らずに、対岸に渡った。普通は渡ろうとする者がない。

ウスル山系の山の一つ、垂壁に近い山の斜面は、羊歯や苔に覆われ、不規則に絡み合う蔦が走って、一般の人々にとっては渡るという事に何の意味もないのである。

 バンカが漕ぎ、ネアが斜面の蔦をかき分けると、二、三人が上陸できそうな空き地が露出して見えた。船首のネアが船を下り、ルシュウを導くように手を伸ばした。月の光に照らされて、蔦の間に、斜面を縫うように蛇行して、足がかりになるくぼみが続いている。バンカら山の民が蛇道と呼んでいる獣道の一つである。

「ネア。ルシュウさんを小屋に案内しろ」

 ネアは驚いた、バンカが小舟を岸から離したのである。上陸するつもりがないらしい。

「ルシュウさん。ネアを守って連れて行ってやってくれ」

 バンカは体の弱ったネカを気遣った。

「俺は皆を見てくる」

 その言葉を最後に、バンカは黙りこくって船を漕ぐ音が聞こえるのみだった。バンカの向かった西の区画が赤く染まってキナ臭い。


 ネアはほっと息をつき、しっとりと夜露に濡れた羊歯の上に身を横たえた。火照った体に羊歯の冷たさが心地よい。寝返りを打てば間違いなく斜面を転がり落ちるというほど細い蛇道を、ルシュウの行く手を遮って少女が身を横たえてしまったのだが、ルシュウはむっつり黙って何も言わなかった。この闇の中で進む事に危険が伴う事を熟知しているのだろう。夜明けまでまだ時間がある。

 横たわっているネアから直に見る事は出来ないのだが、葉に反射したり、木漏れ日の様に見えかくれする空が赤い。何かあったに違いないと思うのだが、体を動かす気力が失せている。ただ、頭の中でこの二日の間に殺された仲間と、今殺されているかも知れない人々の事を考えた。ひどい無力感が涙のように溢れて、ネアは一人嗚咽した。

 ややあって、ネアは背中の鞭の傷跡にひんやりしたものを感じて、顔を上げた。一瞬、月の光を反射して、少年の目が獣の目のように光って、ルシュウがネアの傍らにいた。川で濡らした布をネアの背の傷に当てているのだった。たぶん、少年はネアが傷の痛みに泣いていると考えているらしい。ネアは、やや少女らしい言葉使いで言った。

「違うの。心が寂しかっただけ」

 二人が並んで居られるほどの道幅がなく、ルシュウはネアの傍らを抜け、手にした弓と背負った剣を外して、わずかに露出する土の地面に腰を下ろした。二人は黙りこくって言葉がなく、ネアは少年の視線を感じ続けているのだが、緊張感がなくふんわり柔らかく見守られているようで、心が安らいだ。ネアは泣くのを止めた。言葉はなかったが、胸を締め付ける静寂はなく、耳元でカサカサなるのは蟻が荷を運ぶ音、闇の中で鳥が鳴き交わす声があり、幾重にも重なる植物をなぶる風の声があり、山が生きていた。ネアは目を閉じて思った。

(どうして? どうして私たちは、この少年の……)

 最後まで考えることもなく、疲労と安堵感が彼女を眠らせた。

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