俺と7人の美男子
7人もキャラ設定したら大抵のタイプは網羅してるかと思ったけど、「口は悪いけど根は優しい少年」という肝心のキャラがいなかった…。
「おはようございます、神官さま。」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようございます!」
爽やかなスポーツマン系のイケメン、金髪碧眼の完璧な美形、明るくて元気な年下の少年。その他にもタイプの異なる様々な美男子達が、一様に恭しく頭を下げている。女子が見たら、喜びのあまり悶絶してしまうかもしれないような光景。
それも当然だろう、彼らは皆、大人気乙女ゲーム『運命のロンド』のキャラクター達なのだから。コスプレなんかじゃない、本物のキャラクター達だ。生で見ると、その輝きや凛々しさや美しさはもう神々しいほどだ。なぜか分からぬうちにこの世界に転生し、身も心も清らかな美男子に朝から晩まで囲まれている。ただ、唯一の問題は…
「トール様、朝食後はいかがなさいますか?」
金髪碧眼の美青年、見た目も性格もクールなエーリヒがそう尋ねてくる。今日は彼が「当番」なのだろう。
「…少し体調が優れないので、部屋で休む。何か本を持ってきてくれないか。」
「かしこまりました、どうかお大事に。」
あからさまにホッとした顔でエーリヒはそう言った。お前、ゲームの中では好きな子にキスされた時だった表情変えなかったくせに、なんでそんなに表情豊かなんだよ!
内心で思わずそう言ってしまうが、まあエーリヒの気持ちも分かる。誰だって冴えない平凡な男の相手なんてしたくないだろう。
「トールさま、最近ずっと体調が優れない日が続いてますね。どこか具合が…?」
赤毛の爽やかなスポーツマン風の青年、アンディが心配そうに尋ねてくる。俺みたいな相手にもこの優しさ、本当にいい奴だ。でも絶望的に鈍く、空気が読めない。俺がせっかくエーリヒに気を使っているのに、それを全く察知出来ないとは!とは言っても裏表が無くて底抜けにいい奴だから、嫌いにはなれないが。
「大丈夫だって、アンディ。まだこっちの生活に慣れないだけだからさ。」
「ならいいのですが…。」
まだ気遣わしげながら、アンディはそう言って引き下がる。アンディが黙り込むと、残りのメンツは少しよそよそしい態度になる。無理もない、美少女の相手をするはずの青年達の前にいるのが、俺みたいな冴えない男なのだから。
そう、この世界に来て最大の問題。それは、本来ヒロインの美少女が転生して来るはずが、なぜかこの俺、男子高校生の神崎徹がやって来てしまったことだった。
俺は神崎徹、自宅から徒歩十五分の高校に通う平凡な高校二年生だ。いや、だったと言った方が良いのだろうか?
ことの始まりは唐突そのもの。いつものように自宅のベッドで眠りについた俺は、気が付いたらやたらと荘厳な神殿の、祭壇みたいなところに横たわっていた。その時の俺の驚きと言ったら、これはてっきり夢だと思って、二度寝どころか三度寝してしまったほどだ。
最も、驚きの度合いで言えば、俺をこの世界に召喚した奴らも大差無かったらしい。まさか、男がって、それはまあ驚いた。ガッカリさせて悪いけど、俺だって別に好きで来たわけじゃないし、俺の代わりに誰か女の子が行って欲しかったよ!
そうそう。俺は双子の妹の結衣(重度のゲーヲタで腐女子だ。このゲームでも色々と好きな「組み合わせ」が有るらしいが、その意味は考えないでおこう。間違いなくあいつが来た方が良かったと思う反面、あいつが来たらひたすら傍観者になってしまう気もする。)から暇つぶしに借りた『運命のロンド』をプレイしたことが有ったので、雁首を揃えたイケメン達を見て、事態を何とか把握することが出来た。
このゲーム、『運命のロンド』では、主人公(もちろん本来は女子だ)の鳴海アスカは、「聖アルゴン王国」の神官候補として召喚される。そして、来たるべきとある「儀式」のために、ともに儀式に臨む守護騎士候補達と過ごす。アスカは騎士の一人と関係を深めて共に儀式に臨もうとするけど、突然の困難が二人を襲って…というのが大まかなストーリーだ。
このゲームはいわゆる「乙女ゲーム」なので、共に儀式に臨む守護騎士を選ぶために、それぞれ魅力溢れる騎士達と関係を深めていくのが一番のキモだ。主人公が挑む儀式は大変な困難が伴うので、一人では決して上手くいかず、心の通い合った神官と守護騎士でないと成功しないという設定だ。ただ、ストーリーは重厚でシリアスな面もあって、乙女ゲームとしてはやや異色の作品でもあった。
ともかく、本来は女の子のはずの神官として男の俺が来てしまったわけだけど、あろうことか召喚の儀を執り行った司祭様は俺に神官の才能があると抜かしやがった。帰宅部で運動も勉強もパッとしない俺に国の命運を託すとか、ちょっとボケちゃってるんじゃないのなどと思ったのは秘密だ。
ともかく、そんなこんなで、俺は正式な神官候補となった。俺も守護騎士候補達も、誰一人望まぬままに…。
「神官様、いかがなさいました?お食事が進まないようですね。」
ぼんやりとこれまでの経緯を振り返っていた俺に、エーリヒがそう言って声を掛けて来た。
俺が神官となったからには、守護騎士候補達は嫌々でも何でも俺との絆を深めざるを得ない。しかし、可愛い女の子が来ると思っていた彼らの衝撃はかなり深かったようで、その動きは積極的とは言えなかった。なにせ、ゲームをプレイしている俺は、女の子を相手に彼らがどれだけ積極的かよく知っている。結局、毎日交代で「当番」を決めて、その当番の日は出来るだけ俺と一緒にいることにしたらしい。今日の当番はエーリヒだった。
エーリヒは、どの乙女ゲームにも大抵は一人はいる「美形で意地悪なキャラ」だった。クールな性格で最初は主人公に少し辛く当たるけど、仲良くなってくると砂糖を吐きそうな甘いセリフを真顔で言うような、そういうキャラだ。
けれど、エーリヒのそんな態度は、相手がかわいい女の子だったからこそのようだった。男の「神官」の俺に対して、エーリヒはかなりよそよそしかったし、むしろ苦手とさえしているような雰囲気だった。なぜか分からないが、ともかくそう感じるので、俺の方も何となくエーリヒを避けていた。
「神官様、やはりお体の具合が優れないのでは?後で薬草を煎じてお持ちしましょうか。」
楽器を奏でるような美しく音楽的な声音でそんなことを申し出たのは、少し年上の長い黒髪の美青年、ルーファだった。物腰穏やかで紳士的だが、一方で腹黒いところもある計算高い青年だった。こいつの煎じた薬草なんて怖くて飲めない、と思って慌てて断る。
「いや、本当に大丈夫だよ、でもありがとうルーファ。もし本当に体調が悪くなったら、ルーファの薬を頼りにさせてもらうよ。」
何とか危険を回避してホッとしている俺に、ルーファとは対照的な幼さの残った声が俺に言う。
「でもトール様、ルーファの薬、本当によく効きますよ?確かに苦いですけど、一度試してみたらどうですか。」
そう言ったのは、小麦色の肌に巻き毛の黒髪が印象的なティト。守護騎士候補達の中では最年少の15歳で、ショタ枠と言うのかどうか知らないが、大抵の乙女ゲームに一人は登場する主人公より年下だったり幼い見た目のキャラだ。ショタキャラにありがちだが、明るく元気で前向きな性格で人見知りもせず、俺に対しても友好的だった。
騎士達の中では仲の良いティトの言葉を無下にするのも忍びなくて、どうやって答えようか迷っていると、フェロモン溢れる甘い声音が会話に割り込んできた。
「神官様の病気は薬でも医者でも治らないさ。病の原因は神官様の心の中、誰かを想う気持ちにあるんだから。恋の病、ティトにはまだ早いかな…?」
聞いている方が恥ずかしくなるようなセリフを甘い声で全く躊躇わずに言い切り、その端正な顔にナルシスティックな満足を浮かべている茶髪の青年はセルジュ。女たらしっぽいキャラだが、基本的には誰に対しても親切で、こういうセリフに目を瞑れば接しやすい相手だ。もちろん今の言葉は的外れもいいとこなので、肩をすくめていると、生真面目な声が怒りを含んだ調子で割って入ってきた。
「神官様を貴様のような軽い男と一緒にするな!大体なんだ、神官様に対してその口の利き方は!!」
立ち上がって激しい口調でそう言ったのはイライジャ。褐色の肌に透き通るような銀髪のコントラストが印象的な神秘的な美青年で、身長はやや小柄、普段はどちらかと言うと無口だった。ゲームをプレイしている限りでは、奥手で口下手だが忍耐強く気遣いが出来る性格で、どんな時でも弱音を吐かずに主人公をしっかりと支えてくれるキャラだった。実は『運命のロンド』で一番人気のキャラクターで、結衣いわく「女の子はああいうちょっと小柄で無口で真面目なキャラが好きなんだよ」とのことだが、俺にはよく分からない。
「相変わらずお堅いねー、そんなんだから女の子にモテないんだよ、イライジャは。顔は悪くないんだからさあ、もっと人生楽しもうぜ?」
「貴様、私達が神聖にして名誉ある守護騎士候補だということを忘れたのか?やはり貴様のような男は騎士失格だ!」
「おーおー、言ってくれるね。じゃ、騎士なら騎士らしく、剣で白黒付けようぜ。」
「良いだろう。その言葉、後悔させてやる!!」
二人はそう言って、剣の柄に手をかけたまま中庭に向かって行き、その光景を俺自身を含む部屋の全員が無感動な目で見ている。何しろこの二人はゲームでも始終いがみあっていたし、こっちに来てからは毎日なのだ。ちなみにこの二人の掛け合いは、このゲームを「腐った」目で見ているお嬢様方には大変な人気があり、結衣もよく「やっぱりセルイラは尊い!!」などと叫んでいた…。
「あの、神官様、本当に大丈夫ですか?」
遠い目をしている俺のことを見て、アンディが心配そうに聞いてくる。まさか本当のことを言うわけにもいかず、曖昧な答え方をする。
「いや、ちょっと故郷の妹のことを考えていてね…」
と言っても、およそ考えうる限り最悪の思い出だが。だがアンディはそうは受け取らなかったようだ。
「そうでしたか。神官様には、大変なご負担をお掛けして申し訳ありません。」
そう言って、深々と頭を下げられてしまう。何だか申し訳なくなって、「気にしないでくれよ」とか何とか言って、手早く食事を終えて引き上げた。
早々に自室に戻り、いかにも嫌々なのに顔を見せたエーリヒを追い払うと、俺は一人で儀式の練習を始めた。「儀式」はこの世界では何十回と行われてきたもので、これまで大きなトラブルもなく成功し続けてきたから、騎士達もその他の奴らもそこまで緊張感が無かった。けれど、ゲームをプレイしている俺は、今回の儀式が一筋縄では行かないと知っているから、どんな事態にも対応出来るよう、儀式に必要な術以外も沢山習得していた。
「失礼致します、神官様。」
練習を始めてしばらく経った頃、そう言ってノックする音が聞こえ、俺の返事も聞かずに部屋に入ってきた。
「おや、術の練習中でしたか。お疲れ様です。」
丁寧な態度ながら、どこか不遜な感じもする口調。一度耳にしたら忘れられない独特の魅力的な声音。亜麻色のサラサラの髪。透き通るような白磁の肌に浮かぶ、思わず見惚れてしまいそうになる美しいエメラルドグリーンの瞳。そして何より、「美少年」という表現がまさにピッタリの、完璧な芸術作品のように整った顔立ち。少年と青年の境目の、移ろいやすくどこか危うげな魅力のあるルックスに相応しい、微かに挑発的な表情と態度を浮かべて部屋に入って来たのは、守護騎士候補達の一人クラウディアス。騎士達の中で唯一俺と同い年の17歳の少年であり、そして騎士達の中で唯一、どのルートでもヒロインと結ばれることが無いキャラでもあった。
「お前か。帰れ。」
感情のこもらない、冷たい声で俺はそう言った。けれどこいつは動じる様子もなく、つかつかと歩み寄ってくる。
「まあ、そう仰らず。体調が優れないと伺いましたが、お元気そうで何よりです。」
含みのある笑顔を浮かべてクラウディアスはそんなことを言う。こいつは確実に全部分かった上で言ってるんだ。なぜなら…
「朝方のエーリヒの態度は神官様に対して礼を失するものでしたね。私の方から騎士団長や司祭様に報告しておきましょうか?」
…常にこういうことを言って、毒のある甘い言葉で心を惑わせ、誰かと誰かの不和を煽ろうと画策しているからだ。表面だけは美しさを保っていても、中身はじゅくじゅくに腐って崩れ落ちる寸前の甘い果実、そんな印象だった。
「余計なことはしなくていい。俺は別に、エーリヒのことも嫌いじゃない。」
「左様ですか。神官様はお優しいですね。しかし、もし何かありましたら、私はいつでも神官様のためにどんなことでも…」
形の良い唇から、甘く魅力的な声で発せられる有毒な言葉を遮るようにして声を上げる。
「エーリヒのことは嫌いじゃない。アンディも、ティトも、ルーファもセルジュもイライジャもだ。だけどお前は嫌いだ、クラウディアス。」
はっきりとそう宣言しても、この厚顔無恥で歪んだ性格の、毒蛇のような少年は動じるそぶりも見せない。
「私の不徳のせいで神官様にご満足頂けず、誠に申し訳ありません。しかし、神官様が私のことをどう思われようとも、神官様のために尽くしたいと願う私の気持ちは変わりません。どうか、そのことだけはご理解下さい。」
しおらしい声で殊勝なことを言ってくるが、俺は騙されない。俺はゲームをクリアして、お前がどれだけ外道な、見下げ果てた奴かよく知ってるんだからな!
「分かった分かった、そりゃ嬉しいよ。だから、この部屋から出て行ってくれ、クラウディアス。俺がこれ以上、お前を嫌いになる前に。」
こんな言い方をしてもなお、こいつは顔色ひとつ変えやしない。丁寧なお辞儀をして、では失礼致します、なんて言って出て行きやがった。あー、ムカムカするっ!
あいつのせいで、どうにもイラつく気持ちが抑えられなくなって、部屋を飛び出た。わざとらしく足音を踏み鳴らして階段を駆け下りると、角でばったり出会ったアンディに驚かれてしまった。
「これは神官様、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもないよ。ありがとう。」
彼らが知らぬ理由でクラウディアスを嫌っている以上、この問題に巻き込むわけにはいかない。そう思っている俺に、アンディは真剣な表情で言った。
「クラウディアスと何かありましたか?」
その言葉に思わずドキッとする。思わず「どうして」と呟くと、アンディが申し訳なさそうに答えた。
「先ほど、クラウディアスが神官様の部屋に向かうのが見えたので、もしやと思いまして。」
そう言ってから、アンディは真摯な口調で続けた。
「あいつは、クラウディアスは、本当はいい奴なんです。誰よりも真面目に騎士としての鍛錬を積んで、実力も確かです。ただ、なぜかいつも誤解を招くようなことばかりしがちで…。あいつのことを悪く言う奴もいますが、俺はあいつが根はまっすぐで優しい奴だってちゃんと知ってます。どうか神官様も、あいつの本当の姿を見てやって下さい。」
そう言うアンディの表情は誠実で思いやりに満ちていて、瞳は真摯そのものだ。アンディは今のセリフを心から信じていて、クラウディアスはいい奴だと思い込んでいるのだろう(ゲーム中でもそうだった)。でも、ゲームをクリアした俺は、あいつがどれだけ最低な卑劣漢で、これからどれだけ外道なことをするか、よく知っている。それも特に、アンディルートにおいて、だ。守護騎士候補達の中で、アンディは唯一心からクラウディアスのことを信じているが、クラウディアスが最も憎むことになるのもアンディなのだ。
実を言うと、アンディのこのちょっと世間離れした、底抜けにお人好しで、いつも太陽のように輝いているところも、クラウディアスの敵意を買っているのだが、全く気付いていないようだった。まあ、クラウディアスがアンディが憎むことになるのは、もう少し真っ当な理由もあるが…。
いずれにしても、俺はあいつがどんな奴か、これからどんな災厄をもたらし得るか、この世界の誰よりもよく知っている。ただ、知っていても、今のところどうすることも出来ないのだけれど…。
「分かったよ、ありがとう、アンディ。それはそうと、術の練習に付き合ってくれないか?」
後ろ向きになりがちな思考を吹き飛ばすように明るくそう言うと、アンディは笑顔でいいですよと返す。五月の太陽のような、明るく輝く、暖かで優しい笑顔。どんな不安だってこの笑顔を見るだけで吹き飛びそうな、そんな笑顔だ。いつも、誰に対しても優しく誠実で、決して陰口や誹謗には加担しないアンディ。クラウディアスの言葉の毒を浴びた後では、最高の解毒剤だった。やっぱりこいつは頼れる奴だと思って、突然やって来た世界で押し付けられた「儀式」に、アンディと二人で臨む姿をぼんやりと思い浮かべた。
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