八話 山中
山中
フリュートでの強制滞在期間を取り戻そうと山中を移動、そんな中で思わぬ出会いがあった。
山の炭焼き小屋、今はまだ夏に近い季節であるため炭焼き小屋は無人のはず、麓の村が管理する小屋だったので承諾を得て一夜の宿にするつもりで訪ねていた。
するとそこには先客がいた。
俺が先客を気配で感じたためノックをしてみるとドアが開くのと同時に包丁で襲うかかる少女と首に枷をはめられた獣人の攻撃にさらされた。
俺は突然の攻撃ながらも難なくかわし二人に対し軽い魔法で攻撃する。主に衝撃波を放ち相手を吹き飛ばす魔法に二人は茫然としている。
すぐに【鑑定】スキルで二人の名を確かめた。当然のように枷があらわすように獣人の身分には<脱獄者>の身分が表示されていた。
「捕まえるつもりも、塀に差し出すつもりもない。一晩の宿を借りに来ただけだ。」
敵意を示さず、俺は小屋へと足を踏み入れた。
二人の警戒をよそに俺は旅装を外す。
山歩きの疲れを癒すため食事の支度にとりかかる。
「あの、見逃してもらえるんですか?」
俺が薪に火をおこしていると少女が恐る恐る声をかけてくる。
俺は二人が警戒を解ければと小さく微笑み頷いた。
「君の名は?」
「リュス、こちらがロデフです。」
「よろしくね。」
と俺は二人に飲み物を差し出した。
さて、こんなところで遭遇したフリュートの脱獄者とその関係者のことだが俺は二人の名前を【鑑定】スキルで確かめていたのだが二人の身分や称号に興味を示している。
<リュス・ティック>
<9歳>
<人間・古の民・女>
<称号・混沌の聖女>
<ロデフ>
<30歳>
<獣人・脱獄者・男>
<称号・か弱き者の戦士>
【鑑定】スキルによれば<聖女>とは巫女の中でも稀有の存在である称号である。
ただ厄介なことに<聖女>の前に<混沌の>なんて危険なものが加えられており過去の歴史の中では<混沌の王><混沌の騎士><混沌の魔女>という称号の持ち主が<魔王>にまで登りつめたことがあった。魔族も存在する世界なのだが歴史の中ではこの三人破壊の暴君、暗黒騎士、漆黒の魔女が唯一、人間から魔王に君臨したことから<混沌>の称号は悪の代名詞とされ、魔王になるまでに親からさえ、命を奪われている。
そして身分<古の民>とは始祖と呼ばれるものの血筋であり、この大陸の中で最も由緒正しき血筋の証である。ただし、現在はそれぞれの国で王家が君臨しているため貴族による迫害の対象となりかねない、極めて王家にとっても忌むべき存在である。あまつさえ、<混沌>の称号持ちなら大陸のすべての敵と目される恐れがある。
とはいえ破壊の暴君、暗黒騎士、漆黒の魔女と呼ばれた三人のせいだけで、<混沌>の称号が悪というわけではない。
ロデフの方は善良なものを証明する称号を有していた。
リュスを守っていたのだろう、人を守る心優しき戦士である称号をもっており、あの牢城の中に獣人だからと収容されたにすぎないと考えられる。
二人に水とともに食事も与えた。旅の携行食のため乾パンと干し肉だが二人の粗末な身なりにここ数日まともな食事をしていないことをさっし、さっさと鳥を魔法で撃ち落とした。
たき火で丸焼きにして二人に振舞った。聖女とは思えない食いつきに少し笑いをこらえる始末だ。
獅子の鬣をもつロデフは戦士らしく感謝の意を示し食事を受けっとている。こちらの行為に感謝をしリュスにほとんどを分け与えているさまは親子のように見えもした。俺の予想通りロデフが養い親であることが伝えられた。
リュスは少しばかり痩せすぎの少女だ。外見は以前仲良くなったエイミーと変わらない茶色い髪を肩まで伸ばしたこの国の民と変わらない少女だ。あとは少し肌が白いくらいが特徴だがその瞳だけが古代の民を表す神秘的な碧眼であった。
どちらかというと美少女に部類する外見だが今は髪も体も汚れが目立ち商業都市に広がる貧困街の子供と間違えられかねない身なりである。
ロデフの方は黒い鬣にこげ茶色の肌、肌は人とは違う獣人特有の厚みのある皮膚をしている。たくましい筋肉は獣人の強靭さを物語っているがその首にはめられた枷は獣人の力を封じる特別な使用のため怪力も敏捷性も封じられた見かけよりも非力な存在に落とされている。
「その髪に、その佩刀、貴殿は貴族でありますのでしょう、われらを見逃してくださって本当に大丈夫なのでしょうか?」
ロデフが心配そうに窺っていた。
俺の容姿はこの国の典型的な貴族の容姿をしている。金髪の茶色い瞳、黒髪、黒眼で25年生きた俺にはなかなか自分だとなじめないルーベンの容姿に笑みを浮かべ二人にこう言った。
「万が一お二人が捕まったとしても私のことなど話さないでいただけるのでしょう。」
「うむ、もちろんだ。我が獅子の血を引く獅子族の種族は恩を仇で返すことなど恥ずべきことでしかない。」
獅子系の獣人の気質も予備知識として把握しているため俺はそう答えたのだ。
この世界で亜人と呼ばれる存在は何度か目にしている。ボブスの冒険者ギルドでは身長150cmで成人だというドワーフ族がアイテムの鑑定をしていたし、町の補修工事に巨人族に部類される身長2mの男衆やゲームではモンスターに部類されるゴブリン族の男衆が働いていた。ただややこしいことに獣人にもモンスターに部類されるものがいて、巨人やゴブリンにもいる。知能の差だけで判断されず人間に害を与え、さらには人をくらうものをモンスターと定義しているようだ。
歴史学者でも意見が衝突しているこの定義については神からの予備知識の中に答えを与えられている。ようは今の神についた種族の多くがモンスターと呼ばれない。この世界にもペガサスやユニコーンなどがいてそれらは人には害を及ぼすこともあるのだが神獣や幻獣と分類されている。高位のドラゴンがモンスターとされるのは今の神に対立した神の子孫だったり眷属だったりするため人間以上の知能や能力を有してもモンスターに部類されている。
二人は貴族である俺に少しだが警戒を薄めてくれた。食事が終わるとまだあどけなさが残るリュスが眠りにつきロデフが二人の身の上を話してくれた。
ロデフの罪は傷害事件によるものだった。俺から言わすと正当防衛だった。亜人の連れた少女に興味を示した地主が二人の素性を探ろうと声をかけ、身分証の確認を無理強いした。目的は亜人の連れた少女に性的な興味を示して悪戯をしようとしたのだ。少女を置いてされとばかりに剣を突き付けられ、ロデフは当然、いやらしい目をした地主の手下を叩きのめし、村をでた。それで指名手配されたのだ。
旅をしていたロデフがリュスを拾ったのは、リュスの住む隠れ里を通りかかった時、盗賊か野盗の類に里が滅ぼされていたという。親が隠し難を逃れた子供たちをロデフが引き取り、それぞれの種族が住む場所へつれ里子に出してきたそうだ。
隠れ里とはその名の通り人目から隠された里のことで亜人とのハーフや人の被害にあった亜人の逃げ場所で人と共存しにくい事情をもった人のための環境だった。
本来ならばリュスも古の民の末裔の暮らす村か隠れ里に預ける予定だったのだがその称号
を知ると村に及ぼす被害を恐れ追い返されている。
ロデフが口をつむんでいたため俺はあえて、<混沌の聖女>について触れた。ロデフは鬼の形相で俺を睨み獅子の逞しい刃をむき出しにしたが、しばらくするとうなだれ、顔を伏せた。
「混沌の称号持ちが悪だとは限りませんから。」
「しかし、……」
ロデフの言葉は続かない。俺は意を決し、ロデフの首元の枷に手を触れた。
「なにをす、な、なぜ。」
ロデフの首元から枷が解かれる。枷は部品に分解され音を立てて、地面に落ちていく。
俺は(聖)魔法の『呪い解除』の魔法を使用した。魔力封じも能力低下もそもそも呪いを使ってのものだったため俺は解除が可能だった。もちろんマジックアイテムの劣化版とはいえかなり厄介な品物ともいえるため、そう解除できるものはいない。牢城の脱走者の多くは今も枷をはずせていないし、枷を外せた人物たちも脱出の際、カギを確保していたため、この方法はとられていない。
「<混沌の聖女>を知っているのはスキルのおかげです。解除はもちろん魔法です。」
俺は詳細までは明かさないものの一部手札を開示した。
もちろんそれには理由がある。旅慣れたロデフを仲間にしたいと思ったからだ。それにリュスも保護したいと思った。
【運命の導】によってもたらされた出会いであることは疑う余地もないものだろう。どうせ、いつかは仲間も必要だしと救いの手を差し出したのだ。
もちろん二人のステータスが魅力的だったこともある。ちゃっかりと打算も入っていた。
朝、リュスはロデフの首元を見て嗚咽を漏らし泣いていた。ロデフは昨晩のうちに俺の同行の願いを受け入れてくれているため、リュスに事情を話してくれた。エイミーの時もそうだが俺は少女の涙に弱い。今回はなだめるよりも貰い泣きをこらえるのに苦労した。
しっかりと朝飯を用意したあとは、二人を伴い転移魔法で適当な街に向かう。山越えも取りやめた。中南部経由でいかず、ダンジョンでしばし稼いでから直接サンドマン伯爵領に向かえる手段が見つかったからだ。
大きく旅の進路を変更することに決めたのはロデフの意見を受け入れたからだ。せっかくだしと俺たちはいくつかの町を転移してボブスで活動することとした。