六話 サンドマン家
サンドマン家
「たまんねー。」
俺は愚痴を溢すとともに全身のだるさに身を任せるようにベットへと倒れこんだ。
ダンジョンから脱出してすでに三日が経過している。
エイミーを連れダンジョンの脱出後すぐに転移魔法で彼女の実家へと移動した。
家族に事情を説明し、衛兵の詰所へと説明に行きと休む間もなく連れまわされている。ある意味迷子ではあるのだがそこは未知のダンジョンの発見なども絡み大騒ぎにと発展している。
詰所で待たされたあと、領主屋敷にと連れられた。ダンジョンはある種、領内の収入源と考えられているため領主であるボブス子爵直々に会うこととなり、そのまま町の冒険者ギルドや商人ギルドの主要人物たちが招集され一同に説明させられことになった。
手間が省けたといえばそうなのだが時間をこちらの疲れなど考慮されずに永遠と説明と質問が繰り返された。
攻略図は冒険者ギルドに、ドロップアイテムの一覧は商人ギルドに、領主は俺に難易度や特徴を何度も確認してはさっそく部下の騎士の派遣を検討している。
子爵の方はその大きな恩恵にこちらにいろいろな配慮や手助けを申し込んでくれたのだがその時は、(今すぐ解放してくれる方がいい)なんて心の中で愚痴を漏らしている。
「攻略図の正確さの確認なくば金額も決めようがない。」
当然の意見だが、だからと言ってその翌日に再びダンジョンに行かされるのは酷であろう。朝から以前に冒険者ギルドに登録していないからとギルドの内のベテランから実力を試されたりもしたし俺はこの三日があのダンジョンの中よりも大変だった気がしてならなかった。
ギルドの話だが、騎士や貴族子弟はなにかと便利だからと登録を済ましている。下級貴族ならば懐の事情によっては当主自ら登録し冒険者としていそいそと稼ぎに出たりもしている。うちのサンドマン家の場合は、役所から手当ても含まれた年金に踏まえ代官職による恩恵もあってか貧しいながらも冒険者ギルドにまで出稼ぎに行くことはなかった。実際は冒険者ギルドに登録したところで叔父が活躍できたとは思えない。冒険者となると危険が伴い、場合によっては命をかけることもしばしばあることから嫌煙していた。俺としては今の力があるのだから登録しておくつもりでいたが、このような慌ただしく済ませることになるとは思っていなかった。
それも登録まもないのに冒険者ギルドが設けたランクをいくつか飛び越しての特別扱いに頭を悩ませるなど思ってもみなかった。
冒険者ギルドの実力者のお墨付きを強制で押し付けられ彼らのパーティーに臨時メンバーとして加わえられた。もともと小規模のギルドで過疎化、新人離れに拍車がかかったためか人員は不足らしく、ギルドの看板パーティーとともにダンジョンに行った。
当然、三日かけてたどり着いた中ボスのもとにも、ものの数時間で到着し、簡単に連携の確認を済ませるとすぐに中ボス攻略に取り掛かる。リーダーの戦斧がとどめを刺すと俺だけパーティーから外れ、脱出しては待機していた騎士たちと合流し、とこき使われている。
もちろんその分も攻略の代金に上乗せされ、攻略図は最優先に事務処理が済まされ代金を受け取っている。
それだけで解放されず、わざわざ子爵の屋敷に部屋を用意されたり、余計な気を回した子爵との食事会や独身だと知ってお節介に縁談を進めようとする夫人など貴族の付き合いに振り回され、精神的に疲れ果てていたのである。
ただお蔭で助かったこともある。叔父の死亡を知らせる手紙を子爵の家臣でもある魔法使いが転移魔法で届けてくれた。子爵クラスになると魔法使いも召し抱えている。場合によっては情報の遅れが致命的になるからということもあって特に転移魔法を身に着けた魔法使いは優遇されている。すでに遺体は叔母のもとにむかっているが子爵の配慮で王都からの返事はすぐに届けられた。自身で転移して向かったところでこんなに早く手続きがすむようなこともない。やはり領地貴族はえらいようだ。
だからと言ってこき使われた割に内容までは子爵の尽力があったとは思えない。まぁ子爵、それもとくに賑わいを見せる町ではない領主の力などしれている。
手紙の内容は、代官職の保留、つまり新当主には次の人事は適用されないというものだった。屋敷で待機となるのならそこまで気にしないが、実は屋敷は直に引っ越さねばならなかった。法衣貴族のため役職にそって屋敷は拝領地になっているため今の屋敷は次の代官に明け渡さねばならない。かといって予定通り、ロティーの代官屋敷に引っ越すわけにいかず、必然的に本家の方に身を寄せることになる。
本家とはサンドマン地方を有するサンドマン伯爵家、俺はもちろん、ルーベンの記憶ですら面識もなく億劫になるのも当然だろう。
それでも異母兄弟の妨害が入る前に相続が可能になったのは子爵のお蔭だ。フィセル王に拝謁し貴族家を継ぐための儀式のときは用心するつもりだ。
ついでに子爵は叔母の方にも使者を派遣してくれている。こちらは魔法使いではなく王都屋敷の家臣を使わしているが叔母の段取りもあるだろうから俺が転移魔法で行って一緒に向かうよりは現地で先に本家と交流しておくことに決めている。
子爵が気を利かしこちらの活躍を書面でしたためているため、邪険には扱われないが本家の出方には用心しておく。
本当にあわただしい三日間であった。
エイミーが別れを惜しんでいたがまたの再開を約束して町を後にした。
エイミーの実家には迷惑をかけたからと攻略図やドロップアイテムの売却代金の半分を置いている。正確には押し付けていた。
本家との関係が思わしくなければいつでも俺を召し抱えると子爵は言っているし、冒険者ギルドもいつでも帰りを待っていると好意を示している。
だからまた足を運ぶつもりでいる。当然冒険者ギルドだ。子爵の家臣になる気もない。いや正確にはならない方がいい。俺の今の体に流れる血は子爵にとって間違いなく破滅につながるものだからだ。
それに俺という人間は過去の平凡なルーベンではない。憎しみや恨みに心を縛られあまつさえ復讐の代償として転生したような人間に他人からの善意は眩しすぎる。心の隅にはルーベンという人間の意識を奪い取ったのではという疑念もある。平凡に生涯を終えたかもしれないルーベンという少年の人生を奪い取ったと思えてならない。
実のところそれは俺の杞憂なのだが、その事実は神しか知らない。盗賊との遭遇も神によるものでもないし、もともと新たな命として転生し、魂がこの世界になじむまでは記憶がふさがっていていつでも覚醒されるほどの年齢になっていただけだ。あの神も初めての転生なのでそんなことも把握しておらず伝えきれていなかったのだ。異世界の神とはいえ神々の中の一柱に過ぎず自身とかかわりの少ない事柄には詳しくなかった。
さてサンドマン伯爵家のことなのだが、心配事が杞憂に終わるとは俺は知らない。予備知識まで貴族家の詳細など含まれていない。
当代の伯爵には跡取りがいない。すでに60歳を越え夫人や側室など6人もめっとていたにもかかわらず跡取りに恵まれなかった。本人は最悪、先祖代々の領地を返還してもいいし分家から養子を貰い受けてもいいとさえ考えている。ただ若いころに戦でならしたせいで武勇にこだわりをみせ、分家や法衣貴族として枝わけれした一族には興味を見せていない。弟の孫に素質がありそうな者がいたのだがそれは女で、さらにじゃじゃ馬。当主としてはそのじゃじゃ馬っぷりがお気に入りなのだが家中には受けがよくない。わざわざ苦労が伴う女当主を跡取りに選ぶのも申し訳ない。家臣のほとんどが気がよくおだやかな者が多い。騎士や衛兵委には武骨な者も多い。欠点で言うと他家に一杯食わされるような政治に不向きな面である。外交や狡猾さも必要な貴族の付き合いに向いた者がいないがサンドマン伯爵家をだますようなものは今のところわずかである。内陸部では希少になる岩塩が領内で採掘されるからとういうこともあるが領内の冒険者に人気があるということも関係する。
なぜ冒険者を気にするかというと何せ領内には、国内で五本の指に入る魔境と揶揄されるダンジョンが二か所も存在していた。ほかにも小中ダンジョンが点在しながらもモンスター被害が国内屈指の少なさ、つまりダンジョンやモンスターを抑え込むほどの実力を秘めているということだ。しかも当主が今も現役で冒険者をしている。家臣としては頭も痛いがその行為があったからこそ冒険者の信頼もあつく、優遇措置などアイデアも生まれている。その元気を子作りにという家臣はいない。なぜなら今もそちらでさえ枯れることなく現役だからである。他家が手出しを躊躇するのはそれだけではなく、位置的に東のはずれ、隣国に位置する領地が国防の砦としても機能しているためひそかに国王はもちろん、閣僚、将軍格の大物貴族が敬意を示すことから余計な手出しは禁忌扱いになっている。もちろん下級貴族にまで浸透していることではないが中央や東部では別格視されている。
隣国とは現在同盟関係にあるのも当代の手柄に等しい。若かりし頃に戦で捕えた王族を丁重にもてなしたことから生まれた縁が生きたのである。その王族はのちに野心家の父王や兄たちをうち、家臣、民衆からの後押しとともに即位した王子である。
とはいえまだ関係もないだろうからその国については置いておく。
つまりサンドマン家は謀略に縁もない家中の雰囲気の上、義にもあつい。付き合いがなかった分家でさえ迎え入れる器量もある。
冒険者も国内の有名どころが集まり賑わい、当然のように武器や防具を取り扱うところも質が高い。貿易も盛んだが農業も盛んで、騎士団や兵士がモンスターの駆除もするためおいしいと言われるモンスターの肉も手ごろな値段で流通している。ダンジョン内と違い山や峡谷、草原や森などで遭遇するモンスターはドロップアイテムとかわりに消失しない。素材が取れ、種類によっては魔法石も回収できる。当然魔法に生かせるものだから魔法使いも集まっている。
ようは俺にとって最高の環境だろう。だがそれは神が把握して用意した環境ではないのだが【運命の導】によって必ず導かれる環境だった。つまり、神のおぼしめしや神の手のうちなんてものなのかもしれない。
そしてここには『慈愛の神殿』の遺跡が眠っている。
多分ここに行った俺はその時必ず、こういうだろう。
「お前、ここのこと度忘れしていただろう。」
不敬ではあるが実際、神は忘れている。自身を祀る、神殿も祭壇も俺に伝えてくれているのだから。しかも俺の使命の最重要地を忘れ、今は跡形もなく崩壊したほうだけを伝えた神の評価は下落する。