二十話 叔母と夫人と令嬢
叔母と夫人と令嬢
ルーベンが山超えを始めているころ、ボブス子爵からサンドマン伯夫人のもとに手紙が届いていた。魔法を介し届けられたそれは謝罪とともに形式上抗議も含まれた内容だ。夫である当主にではなく、夫人当てに届けられたのは、きっとボブス子爵の妻が夫人と面識のあるお方だったからだろう、夫の署名以外は見覚えのある字で書かれたものだったうえ、途中からは学園時分の思い出話に転じていることから読むにつれ懐かしく思えて、抗議の内容など気にも留めることなく終わってしまった。身内の不幸からお預かりしている方にも見せたいものね、と侍女を呼び、騒ぎを起こした張本人の到着に年甲斐もなく心躍ってしまう。
「お母様、ご機嫌がよさそうですね。」
侍女とともに現れた愛娘にもついつい手紙を見せてあげる。辺境伯である夫に似たお転婆娘が眉をひそめ、険しい顔をする。
「お母様、何が愉快なのです。」
愛娘が語尾を荒げる。
「いいえ、なにも。」
「この分家の何某はバカなのでしょうか、謹慎の身でありながらだらだらと旅をつづけ、挙句の果てには他家から苦情を寄越され、当家が厄介ごとを抱え込んだというのに。」
ぶつぶつと娘がまだ見ぬ婚約者に文句を言う。もちろん、婚約者ということは本人たちは存じていない。分家の青年が将来見込みのある方と知ってから、分家の未亡人殿と取り決めた婚約である。
夫に感化され冒険者のまねごとを始めた娘に丁度良い相手ができたと夫の説得も済ませている。夫は現在、王宮からの命により王都への招集にはせ参じている。王族の直轄地で大規模ななにかがあるらしく、主力戦力として、夫とサンドマン家臣団、さらには夫の冒険者パーティーやその弟子や関係者が同行している。夫についていきたがっていた娘はというと夫人の思惑通り、不満を分家のルーベン殿に向けている。意識させておけば何とかなりそうと直感が働いたといってよい。娘は未亡人殿に抗議するとばかりに足を鳴らして退出していった。
「ルーベンったら。」
私の苦情を分家の未亡人が笑みで済ませた。高貴な身分のお方に寵愛を受けた姉を持つこの女性は容姿、振舞ともに貴族の淑女のお手本の様な人物だ。苦労を重ねた後は見受けられるがいまだに貴族の晩餐会や舞踏会に参れば注目の的だろう、とはいえ、私もあのような無意味な時間は好かないのでこの女性とは気があっていた。
いやいや見とれている場合ではなかった。身分は下とはいえ他家からの苦情を居候の笑みで済まされては困る。言葉を続けようとすると女性が、丁寧な謝罪の礼をとる。
「当家の未熟者が大変ご迷惑をおかけしました。度重なる当家の無礼は当主が到着次第、謝罪と誠意を尽くします故、今しばらくお待ちくださいませ。」
こう言われてはこちらとして、言葉を飲み込むざるを得ない。この女性が悪いわけではない。そう理解しているが故にバカ当主に腹が立ってたまらない。
父もそのバカ当主のことに興味を示している。ダンジョンの発見は貴族にとっても冒険者にとっても名誉なこと、そのうえ、さらにはダンジョンに隠されたダンジョンも発見し、さらには手紙で踏破したことも記されていた。万が一分家の無の振り方として、私の婿にされては困る。
私は仕方なく矛を収め退室していく。
時すでに遅し、私がそれを知ることはまだまだ先であった。
かなり明いてしまいました。ブックマーク下さっている方々に申し訳なく思っております。
新天地東京で心新たに続けていきます。




