十九話 獣人族
獣人族
「ルーベン殿、本当によかったのですか?」
「仕方ありませんでしたから。」
俺の横で今後起こるであろう厄介ごとを案じるロデフ。リュスもまた子狼をだきしめながら心配そうに俺を見上げている。
ダンジョン踏破後、俺たちにいくつもの厄介ごとが降りかかってきた。それを俺はおばさんにすべて押し付け、逃げるようにプリミティーユの転移魔法でその場を去ってきた。
「小僧、覚えておれー!!!!!!!」
鬼の形相のオランジと慌てて俺たちを捕らえにきた兵士に対し誤解を解こうと試みるボガーたちの姿に申し訳ない気持ちを抱きながらも俺は厄介ごとから見事逃げおおせてきた。
厄介ごとのいくつかは発見したダンジョンを踏破して崩壊させた俺のせいといえばそうなのだが、バカな重臣子息の恨みを買ったとか、いわれもない罪とか馬鹿正直に申し開きをするつもりもなく、プリミティーユの勧めもあって早々に立ち去ってきたのである。
俺たちはプリミティーユともすでに別れを済ましていた。プリミティーユはエルフらしい価値観のもと貴族のいざこざに巻き込まれたところで時間の浪費以外の何物でもないと今回の報酬を受け取っては研究仲間のもとに出向いていった。本来ならサンドマン伯爵領の近くまで知人を介して転移してもらえるはずだったのだが、目的地の中継地ともいえる森まで伴われて来た。
ここから二日ばかり山越えと峠越えののち目的地のおひざ元ともいえる峡谷に着く段取りでいる。こちらとしてもプリミティーユに迷惑をかけているであろうことから予定変更に異論はなかった。
「ルーベン様、何やら騒ぎに巻き込まれたようですが。」
「ああ、ついてないなぁ。」
せっかく厄介ごとから逃げ切ったと思ったのだが山道に入って早々に厄介ごとが降りかかってきた。
俺の見立てによると、盗賊か山賊の類が旅人を襲っている。旅人は獣人らしく持ち前の身体能力で健闘はしているものの疲れも見え抵抗もむなしくじきに捕まるであろう。
「ルーベン様。」
「ロデフ、獣人狩りのようだな。」
「ええ、ここでお待ちいただけますか。」
俺がうなずくとロデフは、咆哮をあげ、戦斧を構え賊のもとへと駆け始めた。
こちらに気付いていなかった賊は逃走を決断したようだが、俺はトラップ系の魔法を放ち、賊の足元に枷をはめた。
「殺すなよ。」
とロデフに命じたもののそれをわきまえていたようで早々に無力化していく。
しばらくするとすべての賊を拘束し、旅人を伴い帰ってきた。
「ありがとう、助かったよ。おれは狐族のマフィー、お宅がこのおやっさんのご主人さまかい?」
「ええ、私はルーベン、わけあってサンドマン伯領まで旅をしています。」
俺は挨拶とともにマフィーを【鑑定】する。
茶色の耳としっぽが特徴の狐族、手先が器用で獣人にしては人間よりのその種族は昔から愛玩用に捕獲され奴隷として商いされてきたとの説明がある。よくあることだと俺に与えられた知識では把握していた。
ただマフィーはというと銀色の毛並みに、複数の尾がマントに隠されている。【鑑定】でも身分が(狐族の王子)と表記されていることからただの旅人ではなさそうだ。
「あのルーベンさん、突然でなんなんだが、よかったら、おれも途中まで一緒しちゃだめかな?」
「ルーベン殿、申し訳ないのですが、」
「いいですよ。マフィーどのの事情もそれとなくですがわかりますし。」
とロデフに頭を下げさすことなく快諾した。
一応俺は賊に対して尋問のようなことも済ませたがそこまでの厄介ごとではなかったように思った。賊たちはこの辺りをなわばりにしている山賊で解放したところで麓の村々が迷惑するからと仕方なく引き返し、村の守兵に身柄を引き渡した。少々の道草のつもりだったがその日は村の小宿で宿泊を決めた。
一応、ボブス子爵にもわび状をしたためたり、やらなくてはならないことも多い。
ダンジョンから戻ってすぐの転移してきたため、疲れもたまっていた。
翌朝からは何の問題もなく、旅路は始まった。
種族柄陽気なマフィーは武勇が自慢の獅子族であるロデフになつき、リュスの楽しい話し相手も務めている。マフィーの目的地はサンドマン伯領の入り口のため4,5日ばかりの同行者になる。ドワーフの暮らす峡谷、どうやら、一族から命を受けての旅だったようだ。
サンドマン伯領は冒険者の聖地でもあるが亜人と揶揄される獣人たちへも寛大な対応をしているため、多種多様な種族が暮らし、行き来している。
その日の山小屋で一休みを兼ね、マフィーにサンドマン伯領のことを教わる。
「伯爵様はとてもいい人だよ。母様も感謝しているし、おれの一族は商売を認められているからよく行き来しているんだぜ。」
「狐族は行商も盛んでしたね。」
「へへへ、行商だけじゃないぜ、おれの兄ちゃんは伯爵様のおひざ元で商店をしてるし、姉ちゃんは町でも有名な冒険者だぜ。」
マフィーの家族自慢をしばらく聞くと、狐族がサンドマン伯領に根付いていることを知る。
知識で得た狐族の情報よりもずいぶんと逞しく感じるが、もしかしたらそれはたまたまマフィーの一族が逞しいだけなのかもしれない。
せっかくなのでマフィーとリュスらが寝静まった後にロデフとともに獣人族の特徴や現在おかれている立場などを確認することにした。
亜人の中で人族と共存している種族は獣人族である。エルフ、ドワーフのように協力的ではあるもののそれぞれ独立した王国を設けているし、魔族ように敵対、忌避、妖精族や幻獣族、龍族のように人から逃げ隠れ、隔離した世界を設ける種族もいる。
とはいえ、獣人族の中でも特色はある。鳥族のように日頃は交流の持たない種族もいるし、牛族や馬族のようにのどかに農村部に暮らす種族もいる。狐族は鳥族に似ているかもしれない。ドワーフとの関係が良好なのは、種族的に手先が器用だからだろう、鍛冶といえばドワーフ、汎用的な魔法具は狐族とさえ認識されているくらいなのだから。人との交流が途絶えている妖精族の得意分野も魔法具だったのだが、魔法具の供給は現在は人族が市場を独占し、狐族が細々と生産している。
ロデフのように冒険者を目指す者も多いが獅子族、虎族、豹族などは幼少期まで集落から出ることはない、兎族、犬賊、猫族といった種族は街中でも村々でも暮らしている。中には盗賊の恩恵を受けている種族もいる、誇り高き狼族は人間の治世をよしとせず自身の種族の復権に燃えている。
比較的温厚な種族は町でも暮らし、武勇を誇るもの、気性の荒いものは冒険者や傭兵となり、人を恨むものは裏街道を生きるという形が作られていた。
冒険者として成功をおさめたものは獣人だろうと羨望の的になるのがサンドマン伯領、俺はまだ見ぬ伯爵に好意を抱き、今日も先を急ぐ。




