十三話 異変、双頭の狼
異変、双頭の狼
ダンジョンの主を前に、俺はこの惨状に頭を抱えていた。
俺たちがダンジョン主にたどり着くころにはとうとう同行者の間で不調和音が鳴り響き、俺たちの制止も聞かずバカボンことクルトンが部下とともに先行してしまっていた。
俺たちはというとダンジョン内のモンスターの異変に気付き、情報収集をつとめていた。
俺の知識にもその情報はあったのだが、やはりベテラン冒険者の感は正しかった。
何が正しかったというと、ダンジョン内のモンスターの強さが上がっていたのである。雑魚と呼べるようなものではせいぜいレベルが1~2程度で気付きはしないのだが、ボガーの感が働き、助言通りこまめにモンスターを【鑑定】にて確認していくとほぼすべてのモンスターがレベルアップしていた。さらに中ボスたちも強さが強化されている。レベルアップにやっかいな魔法スキルや特殊攻撃スキルを有していた。
どうやら主がレベルアップしてしまったらしく、ダンジョン全体が強化されていたのである。
ダンジョンの強化、冒険者的のいうと難易度があがるという現象は、条件はまちまちだがそれは、よく見られる現象である。
「多分今回は、一定回数ボスを攻略したからだろう。」
「このタイミングで難易度が上がるとは…。」
ボガーの予想は正しいだろう、俺はため息を吐き、最悪の展開を予想して先を急いできた。
そして予想は的中し、俺の目の前に悲惨な光景が広がっていた。
「小僧、まかせたぞ。」
おばさんは、リュスの守りに徹するため、防御力アップの魔法を唱える。
「ボガーさんたちは、騎士たちの救出を。」
俺の指示にボガーたちがすばやく行動を開始する。俺とロデフは囮となるべくダンジョン主に攻撃を放つ。
以前まではライオンや虎ほどの大きさだった灰狼は熊ほどの大きさに変化していた。さらにはその頭部が双頭に変化し一方からは火の息を吐き、もう一方からは氷の息を吐き騎士たちを蹂躙していた。
クルトンは部下を盾になんとか生きながらえている。クルトンの護衛は冒険者も実力を認める騎士だった。従者の方も将来が楽しみと評価されていた。だがその二人は主人を守るためその命を散らしている。騎士は立派だった鎧を灰狼の鋭い牙で貫かれ、無残な姿で転がっている。従者は半身が焼け焦げて絶命している。
「た、助けろ。」
クルトンの叫びに俺は怒りを覚える。
レアアイテムの分配にケチをつけたのはこの男だ。冒険者の忠告も無視し多くの部下の命を無駄にしている。
「黙れ。」
俺は炎を躱しながら怒鳴った。
注意が散漫したため、灰狼の攻撃を浴びそうになるがロデフが灰狼に体当たりをし、大剣を盾に灰狼の攻撃を弾いていく。
俺の心を読んでか、ボガーたちはクルトンを後回しにして救出を行っている。見るからに手遅れな者が5人、軽傷の二人はボガーの誘導でなんとか自力で俺たちと合流する。重症の二人はディー、ジョーが抱きかかえ、手持ちのポーションを飲ませながら回復魔法の使い手である仲間の冒険者のもとへ運び込めた。
「ルーベン殿、ここはなんとか堪えて見せる。プリミティーユ殿のもとへ。」
ロデフが灰狼を押し負かし、手遅れと思われた5人の中から虫の息ながらもまだ生き残っていた者を救おうとしているプリミティーユの姿を確認した。
「任せます。」
俺は灰狼に魔法を放つ。その隙をついてプリミティーユのもとに駆けつける。
エルフ特有の高位回復魔法でも賄いきれない傷でさえ治癒できる魔法を俺が有していることを教えてはいないが、ロデフは俺なら可能と読み取っていた。
その期待に応えるべく俺はエルフの回復魔法とは違う回復魔法を唱えた。エルフが得意とするのは自然な回復力の強化で主に病気などに適した『ヒーリング』という魔法になる。もちろん傷にも効くし、高位魔法『ハイヒーリング』なら傷跡すら残らない回復力が認められる。ただ、半死状態では『ハイヒーリング』は間に合わない。
俺は治癒魔法や回復魔法より効果的な再生魔法を唱えた。騎士の体が再生していく。傷が消えるとプリミティーユの魔法も効果を出す。騎士もプリミティーユも驚いているが二人とも今はそんな場合でないことを思い出し、次の行動にとりかかった。
騎士たちがクルトンの救出に成功する。
俺たちは灰狼をなんとか倒した。
ダンジョンからの脱出用の魔法陣が浮き上がったところで厄介者のクルトンを騎士に任せ帰しておく。恐怖を味わったはずのクルトンはさっきまでの失態を取り戻そうと灰狼の死体を引き取ろうなんて主張しようとしていたが騎士たち全てに反対され連れ出された。騎士たちの遺体も運び出され、冒険者たちが灰狼の解体を終えるまでしばし休むことができた。
灰狼は強敵だったもののプリミティーユの後方支援やボガーたちの協力もあり、なんとか俺たちには被害もなく倒すことができた。
なんとか倒したものの双頭の灰狼に変化したことで冒険者たちはかなり興奮している。それは危険であるものの、灰狼から取れる素材やドロップアイテムに目を輝かせているのである。
そんな冒険者をしり目に俺はプリミティーユに詰め寄られ、なんとか逃れたのちに隠しダンジョンの入り口を解放するべく準備に取り掛かった。
ダンジョン主の間は森の中の開けた一画という形式で今は帰還用魔法陣が右奥に輝いている。殺風景な主の間に隠された入り口はこれまで見落としていたのには訳がある。隠しダンジョンに身を隠している神の眷属の力で隠されていたためである。
その為の準備に取り掛かるため、リュスとおばさんたちに協力を要請する。
プリミティーユが音楽を奏でる。エルフに伝わる木の精霊にささげる聖なる曲を『精霊のハープ』で奏でていく。
小さな木の精霊の気配をかすかに感じながら主の間が浄化されていくことを感じ取っていく。これはこれから行うことへの下準備程度のものである。邪気や瘴気と呼ばれる力を低下させておく方が相反する力でもある聖なる力の行使に都合がいい。
俺もモンスター除けの魔法で下準備に参加する。ギルドや教会で集めた聖水も手の空いた方々に協力してもらい、これから出番のリュスへの負担を軽減する。
灰狼の死体がダンジョンに吸収されるころには準備が整い、リュスの出番となった。




