十一話 狼の成れの果て
狼の成れの果て
その魂は憎しみに支配されている。
かつて、神の眷属として生まれたそれは次代の森の守護、森の番人となる存在だった。父は神の手足となりこの世界はおろか神界をも駆け巡る狼の中の狼、母はこの森の守護として主として長き時を生きた狼。
兄弟たちのように親元を離れなかったのは、最も父の血を色濃く受け継ぐ存在だったためで、いつかは神獣または狼神と呼ばれる存在まで成長する器だったそれは己の秘められた力を最後の時に憎悪という形で開放してしまった。
人間が憎い、己の縄張りを荒らし、己の命を奪った人間が憎い。血を吐き、立つこともできず地面を這いずり回り己の復讐の地までたどり着いたものの慌てて駆けつけた母まで巻き込んだところで意識は混濁してしまった。
森の中で溜まりにたまった邪気が産み出したダンジョンが己を主と認めて新たな力を与えたことでダンジョンが増幅させた憎しみの感情に支配されていく。
我が子の墜ちいく姿に救済を試みるも母もまた、人間が与える森への被害に心痛めていたため、ダンジョンからの影響を受けこの地にとどまった。
人間を呼ぶ込もうとする己に対し母は人間を寄せ付けないように力を行使している。
『迷い』の力を有するこのダンジョンでさ迷い、疲れはてたすえに行き着く人間を己の牙や爪で蹂躙できる悦びは母の力によってなかなか達成できなかった。
己の手下としてダンジョンが生み出すモンスターの餌食になっていく人間が歯がゆい上、母は己にも手が出せぬダンジョンのさらに奥地にとどまっているため荒れ狂うだけの時間が流れていた。
時が満ちた。しかし、ようやく現れた宿敵はちょこまかと動き回り、剣の刃で、魔法の炎で、己の体を傷つけていく。
人間の手下となり下がった獣の面影を残す存在には大斧で鋭い己の爪を両断し、森のキョウゾンシャの長弓から放たれた矢は目に突き刺さった。
悔しくも倒れ、己の敗北を認識するもこれで終わりではない。このダンジョンで己は何度でも復活する。さらに憎悪を増やし力を教化し人間に復讐することができる。
命が果てるものの己はこのダンジョンがあるかぎり人間に屈することはない。
この魂が満たされるほどの人間を蹂躙することだけが己の悲願である。それだけは忘れることない。
そして再びダンジョンの主として復活していく。
母は嘆いていた。
我が子が不幸にもその生を終えようとしていることを知り駆けつけた。しかし間に合わず、さらにはその魂を汚し我等と相容れない存在に魂を差し出す光景に嘆き、我が子の救済のため、神より託されし使命を投げうってまで起こした行いは無駄に終わった。
神の眷属として森を守りし我が身がダンジョンに支配されいく。
我力を欲する邪な力に抵抗するため、ダンジョンの支配を一部受け入れ、すぐに神から与えられし力を行使した。
ダンジョンの奥地に我領域を生み出した。我が子の救済が果たせなかった上にさらに仕えし神々の手を煩わせる訳にはいかないとダンジョンの支配に対して強固な結界を作り出した。願わくば愚かな我が子に罪を犯さぬよう人間を寄せ付けない効果も与えている。
結界を破るものも聖なる力を有する存在のみ。神々に遣われし存在にせめて我が身を差し出すことだけが償いである。
だがダンジョンの支配の一部を認めたことで我力の一部も奪取されている。
我力を吸収したダンジョンは母の血を引くダンジョン主を際限なく復活するだろう。他のダンジョンのような魂の記憶をもたない主ではなく我が子が復活することに嘆くしかない。
我が子が何度も殺され、何度でも復活していくことに悲しみ以外抱きようがない。
我は母として使命より我が子を選んだ。もはや神々に会わす顔もない。いつかは果てるだろうこの身を差し出すことに躊躇いはない。
願わくば我が子に消滅をもたらすことが叶うことを祈るしかない。




