決意
「ロゴスさん、コメットさん……あたし、旅に出ます」
あたしの発言に、リビングは一気に静まり返った。
何故こんなことになったのかというと、それは十数分前まで遡る。
★
かちゃ、かちゃ。
コメットさんが大きい鍋で夕飯用のスープを作っている。
あたしはそれを椅子に座って眺めていた。本来ならば手伝ったりテーブル拭いたりするんだけど、今はそんな気になれなかった。
ロゴスさんは既に帰ってきている。大きい魚が二匹入った網をぶらさげて、豪快に笑いながらあたしとルディの頭をぐしゃぐしゃにした。潮の匂いが、あたしの鼻を掠めていった。
ルディは朝と同じであたしの隣でずっとテーブルを見ている。ルディもコメットさんを手伝ったりとか、そういう気分ではないようだ。
コメットさんはいつもより大人しいあたし達が珍しいのか、ご飯を作っている間もちらちら見ている。
何も話さないまま数分が過ぎて、この気まずい空気でご飯を食べるのだろうかと考えていたとき、二階からロゴスさんがどすどすと足音を立てて降りてきた。
「なんだい、シケた面してよぅ」
「お、お父さん」
ロゴスさんは一升瓶と猪口をテーブルにドンと置くと、早々に酒を飲み始めた。
コメットさんはそれを見て「まだお夕飯前なのに」と怒っている。
「お前らもどうだ?」と猪口を差し出してくるロゴスさんに、目を光らせていたコメットさんは持っていたおたまで頭を叩いた。
いて!未成年に何をすすめてるの!だってよぉ、などとラブラブっぷりを見せ付けてくれている。
正直砂糖を吐くほどの甘さだ。ルディでさえもうんざりしたような表情になっている。
仲睦まじい様子の二人を見ていると、連鎖的に自分の両親を思い出す。
お母さんとお父さんは仲が悪いわけではなかったけど、あんまり会えてなかったみたい。
なぜならお父さんは研究者で、遠い研究所にずっと引き篭もっていることが多かったから、らしい。
あたしはお母さんと一緒にいることが普通だった。
お父さんにはあんまり会うことはなかったし、自然と『お母さんと二人でいるのが普通』なのだと自分の中で常識化してしまったのかもしれない。
『二年だけ』一緒にいた二人にどうこう思うことはあんまりないけど、でも……。
お母さんを殺したあの女だけは、許さない。
「カレン」
「っ!」
あたしがロゴスさんを見詰めたまま険しい目つきをしていたからなのか、ロゴスさんがふと声を掛けてくる。
自分がロゴスさんを睨みつけていたことにやっと気付いたあたしは、慌てて視線を逸らした。
ロゴスさんは目敏い人だ。そんなあたしの様子を見落とすはずもなく。
「おめぇ、さっきからどうした。俺が帰ってきたときもそんな目をしてたろう」
「え、あ……違うんです。あたしは、考え事をしてて……」
「ふぅん。おめぇの『考え事』が何かは知らないが……あまり根を詰めすぎるな。迷ったら周りの人間に話せ。それが家族ってモンだろう」
そう言って酒をぐいと呷ったロゴスさんに、ルディが「お父さんカッコいい!」とはしゃぐ。
あたしはと言えば、ロゴスさんのその言葉にジーンと来ていた。
『家族』、か……。思い返せば、誰かにそんなことを言って貰った記憶はなかった。
コメットさんがテーブルの上に今まで用意していたご飯やおかずやスープなどを四人分並べていく。
そして彼女が席についたとき、あたしは意を決して吐き出してみた。
「ロゴスさん、コメットさん……あたし、旅に出ます」
そして冒頭に戻る。
★
「旅、か……懐かしい名だ。血が騒ぐねぇ」
「父さん……」
コメットさんがロゴスさんの脇腹を肘でつつく。
「おっと失礼。……ふむ、旅、ね。理由はなんだ」
「え?」
「旅に出てぇ理由だ。そんな目をしてんだ、何かあるんだろう?」
「理由……そうですね。」
―――強く、なりたいんです。
「ほう?強くか?」
問いかけるロゴスさんに、あたしはコクリと頷く。
「そうです。力的な問題もありますけど、世界にはまだまだあたしの知らないものが眠っている。それを探し出してみたいんです」
「…………」
テーブルを挿んでだが真正面に座っているあたし等に、二人の隣にいるルディとコメットさんは固唾を飲んで見ている。
「……わかった、いいだろう」
「お父さん!?」
ルディが焦ったように席から立ち上がる。
ロゴスさんはルディをチラリと見るが、それっきり。前言を撤回するつもりはないのだろう。
「だ、駄目だよ!だってホラ、カレンちゃんはお母さんの手伝いがあるし!それに、それに……!」
「ルディ、おめぇ何をそんなに焦っている?」
「え!?いや、あの……」
ルディが何かを訴えてくる。だがあたしはそれを汲み取ってやれるほど聡くはない。
あたしはコメットさんの作ったご飯に手をつけた。それを皮切りにロゴスさんもコメットさんもご飯を食べ始める。
ルディはそれを見て、傷ついたような表情になった。きっと自分だけ置いていかれているのを知っているのだろう。別にあたしはそんなつもりじゃないけど。
暫く経つと、ルディが緩慢な動作で再び椅子に座った。そしてやっと目の前に置かれた食事を食べ始めた。
明日、あたしはここを出る。
勿論、お世話になった恩は忘れない。定期的に帰ってくるつもりだ。
あたしは、強くなる。自分の魔力を意のままに操れるように。誰かを守れるように。後悔しないために。
―――あたしの前ではもう誰も、死なせない。