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焦燥

お母さん……お母さん……?


『逃げて……カ、レン……私が、いなくなっても……あなただけ、は……』


お母さん……!?嫌だ、置いていかないで!

お父さん、助けて……お母さんを助けて……!!





ハッと勢いよく目を開く。見慣れた天井が、変わりなくあたしを見下ろしている。

久しぶりに、あの夢を見た気がする……。大好きな母が、あの忌々しい金髪の女に殺される夢。

厖大な苛立ちと憎しみに、自然と眉が寄る。寝間着の背中の部分が汗で湿っている。

真っ白なシーツは、破りそうな力で握り締めていたためか皺が幾筋もできている。それを軽く撫でて直し、ベッドから降り立つ。

コンコン、と板を叩く音がした。軽く返事をして、扉のドアノブを回す。

廊下には想像通りの人物。村にいる同い年の男子よりも低い身長、垂れ下がった眉尻。垂れ目。明らかに気が弱そうな男の子。

彼はルディ・オルブライト。あたしと同い年で、幼馴染。彼はそういうつもりではないのだろうが、女々しくてあたしよりも女子力が高い。

5歳の頃、両親を殺され一人で縮こまっていたところルディがオルブライト一家に迎え入れようと彼の両親に交渉してくれたのだ。

両親がいて幸せそうに笑うルディが羨ましくて憎くて、当時は厳しくあたってしまったが、今は……それなりに感謝している。


「カレンちゃん、お母さんが呼んでるよ」

「コメットさんが?じゃあ早く着替えなきゃね。」

「うん…じゃあ僕、廊下に出てるね」

「は?下に行ってなさいよ」

「ううん、カレンちゃんを待っていたいんだ。」


何こいつ、と思いながらも口に出さない。口に出したら絶対に泣く。めそめそと。これは過去の経験でもある。

幼いながらにドン引きした記憶がある。男なのに……!と歯噛みした記憶も。

罪悪感に負けて戸惑いながらも仕方なく慰めてやると、ルディは赤くした目元を緩め、口の端を持ち上げてふわりと笑って言うのだ。『ありがとう』と。

泣かせた原因は自分なのに、その健気な姿にまんまと絆されてしまったのだ。

それっきり、ルディには暴言は吐いていない……と思う。強く出ることがあっても。

廊下に出て扉を閉めたルディは、きっとすぐそこにお山座りでもしているのだろう。

あたしは極力時間をかけないようにクローゼットの中から私服を出し、手早く着替えた。

汗が染み込んでいる寝間着は、洗濯籠に投げ入れる。姿見を覗き込み、裾を引っ張って皺を伸ばす。

最後に髪の毛を櫛で梳かし、お気に入りのエナメル製のブーツを履く。

扉を開ければ予想通り、ルディがお山座りをして待っていた。


「コメットさんはあたしに何の用だって?」


ルディは立ち上がってあたしの後ろに就く。

それを傍目に、目の前の階段を一定のリズムで下りていく。


「さあ…僕は聞いてないよ、ごめんね」

「なんであんたが謝るのよ…まったく」


呆れたというように溜息を吐く。

後ろからくすくすと品のいい笑い声がする。

どうせまた、優しい……とか思ってるんでしょう。本当に、呆れる。


階下につくと、朝ごはんのいい香りがしてくる。……今日の食事はフレンチトースト?

リビングに足を踏み入れると、ふわりと濃厚なバターの香りが漂ってくる。

部屋の真ん中のテーブルの上に目を向けると、ところどころに焦げ目のついたフレンチトースト二皿と、湯気が立ち上るミルクが入ったカップが二つ。

ルディの母親であるコメットさんがすでに椅子に座って熱いココアをちょびちょびと啜っている。

あたしは決められた椅子に座ると、手を合わせいただきます、と呟いて大好きなフレンチトーストに手をつけた。


「カレン、おはよう」

「おはようございます、コメットさん」


口の中にあるものを飲み下しながらちらり、と目の前に座るコメットさんを見る。

豪快な夫、ロゴスさんと彼女の間に生まれたルディは何故こんなにも女々しいのかと思うほど、コメットさんも結構大雑把だった。

出会った当初は糞真面目で硬かったらしいロゴスさんが一目惚れしたのだとよく聞かされたが、それも納得するほどの美しさを、コメットさんは持っていた。

そんな彼女は可愛い物好きらしく、可愛い可愛いともて囃してはあたしを着せ替え人形にする。……着替えてるだけでも疲れてしまうし、正直困る。

持ってきてくれる服はとても可愛いし、背の低いあたしのためにわざわざ作ってきてくれるのだ。それはとてもありがたいし、感謝している。

でも、それが毎回毎回フリフリなまさに女の子の服!というようなものだと、流石に着るのを躊躇ってしまう。

小さくて顔も可愛いんだから女の子しなくちゃ!と言われるが、あたしだってたまにはかっこいい服だって着たい。

それに、あまりにもフリルが沢山付いたような服だと、戦闘に支障をきたす。死因:服 とか本当にやめてほしい。

そんなことになる前にと、言い方は悪いが駄々を捏ねるように頼み込んでなんとか普通の服を作って貰った。

だから、今のあたしの服は全体的に黒で、その中の少しばかりの紫のラインが目立つ。

しかしそこは流石コメットさん、リボンを縫い付けてくれたりといらない気遣いをしてくれる。全くもって油断ならない人である。


頭の中で様々な思いを巡らせながら、フレンチトーストを食べ終わる。

ミルクを啜っていると、ふと隣から視線を感じた。横を見ると、片手にカップを持ったままのルディがあたしをじっと見ている。


「……なに」

「ううん、なんでもないよ。」


顔を前に戻すと、コメットさんがあたしとルディをニコニコと笑いながら微笑ましそうに眺めている。

あたしは恥ずかしくなって、近くにあるルディの足を勢いよく踏みつけた。


「いたっ!?」


隣から響いた悲鳴は聞こえなかったフリをした。




あたしたちは家から出て、近くの森にいる。

オルブライト家でお世話になっているお礼に、あたしは一週間に二度ほどこの森に来て、木の実を採って持ち帰ったり自分の武器を持っていって猪や鹿や兎を獲っている。

最初は一人だけで狩りに行こうとしたけれど、それをルディが一人じゃ危険だと言って付いてき始めてからもう数年になる。


「あっ!ねぇねぇ、」

「ちょっ耳元でうるさっ…なによ?」

「ほら、あそこ…」


ルディが指差す方向に目を向けると、そこには一匹の獅子がいた。


「………っ!」


獅子はあたしたちに気づいていないのか、明後日の方向を向いて呑気に欠伸をしている。

ここから獅子へはそれなりの距離があるが、音に敏感な獅子があたしたちに気づかないのは珍しい。

獅子の身体を包む毛は光を浴び、金色に光って見えた。ウン百年前から、百獣の王として伝わっている獅子。……美しい容貌に、思わず息を呑んだ。

しかしその金色の毛は、夢に出たあの女を思い起こさせる。何年経っても忘れない、忘れられなどしない忌々しいあの女。

だんだん頭に血が上ってきて、それを霧散させるように頭を振った。こんなことで、心を乱してはいられない。


「カ、カレンちゃんっ」


隣でルディが突然、小声で焦ったような声を出した。

視線の先を追ってみると、先程まで陽の光を浴びて気持ちよさそうに欠伸をしていた獅子が、殺気丸出しでこっちを見ている。

獅子はそのまま、スルッと立ち上がった。その動作はとても滑らかで、一種の踊りを見ているように感じたくらい。


―――ガァッ―――!!


思わず嘆息していると、獅子が咆哮した。

それは森中に響き轟き、鼓膜をびりびりと震わせる。獅子は、涎をだらだらと地面に垂らしながら、唸りを上げて今にも襲い掛かってこようと姿勢を低くしている。

横で剣を抱えて顔面蒼白になったルディが、ヒッと小さく悲鳴を上げる。

あたしはただ持ってぶらさげているだけだった杖を、ぎゅっと握った。

言いようのない焦燥感に、一歩足を引いた時だった。



「地に縫い付けし苦しみの茨!<クヴァールドルン>!」



女性の声で何かの呪文が唱えられたあと、背後から真っ直ぐに、鋭利な棘が生えた茨が物凄い速さで抜けていった。

茨の先端は獅子を捕らえ、そのまま蔦巻きにしていく。

ドォン、と重い音がして獅子は地に押さえつけられ、成す術もなく横倒しになった。

それを呆気にとられながら眺めていると、後ろからパキリと枝を踏む音が聞こえた。

ハッとなって勢いよく振り返れば、そこにいたのは―――


「コメット、さん……」

「……危なかったわね」


ルディの母、コメットさんだった。

ルディはコメットさんの姿を見ると、安心したように詰めていた息をゆっくり吐いた。


「ありがとう、お母さん」

「ルディも、怪我がないようでよかったわ」


コメットさんはルディの茶色の頭をふわりと優しく撫でる。


(……―――――。)


嬉しそうに目元を緩ませるルディを見て、ちくりと胸が痛む。

下を向けば、血管が浮き出るほど杖を強く握り締めた自分の手。

少し先では獅子が体に蔦を食い込ませのた打ち回り、苦痛に喘いでいる。

あたしは母子から目を背けた。この感情が爆発してしまわないうちに。


「……さて。もう暗くなってきたし、二人とも帰りましょう」

「でもお母さん、まだ僕達木の実も兎も猪も何も獲ってないよ?」

「いいの。お母さんはあなた達のその気持ちだけで十分嬉しいわ。それに今日は父さんが外に出てるから大丈夫よ」

「すみません、コメットさん……」

「何を謝るの。さ、帰りましょ」


コメットさんは未だ暴れ徐々に傷ついていっている獅子を一瞥すると、あたしとルディの背中を押して家へと促す。

……守られてばっかりで、あたしの力は役立たない。さっきだって、震えてるだけで、何もできなかった。悔しくて悔しくて、たまらない。

役に立たないなら、この杖だって持っている意味もないのに。


もっと、強くなりたい。コメットさんも、ルディも、ロゴスさんも守れるくらい、強く。


この話は前話から何百年ほど経った話です。

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