赤毛3兄弟
公開情報=地上世界と地下世界=
地下には沢山の資源がある。宝庫だとも言える。しかしすでに地下は掌握されていたようなものだった。地上において人類は生態系の頂点に居座っていたが、地下世界を含めるとまったく違っていた。地下世界は妖魔の頂点とする生態系だ。地下は地上と異なり空が無い。けれども遠く高い天井には光を反射する細かい石が幾つもあり、内太陽の光を反射した光景は満点の星のようだ。驚いたことに、地下にも朝と昼と夜があった。内太陽と呼ばれる光源球が高くに浮かんでいて、熱ももっている。植物は大きく育ち、動物たちも大きく成長を遂げていた。地下水がたまった所は湖を形成し、魚が泳ぐ。しかし魚も大きく凶暴だ。
一晩で、夏から冬に変わった。この日、ドブラコッチ村は異様な寒さだった。明らかに異常気象だったけれど、都市部から遠く離れたこの小さな村では、このことがニュースに取り上げられることはなかった。
「レイレン、雪だ! 雪が降ってる!」
新雪が積もった村の広場で、犬が喜ぶように少年は転げ回っていた。レイレンは家の戸を開け、小さな歩幅で慣れない雪を踏んだ。「わぁ」とレイレンは声を上げた。砂や水とも違う不思議な心地よさだった。これが雪というものらしい。
「チイちゃん、これ、食べられるのかなぁ?」
「多分!」
チイタはそう言ってふわふわの雪を口の中に詰め込んだ。途端に頭のなかがキーンとなって、雪を背にバフッと倒れた。「チイちゃん?」心配そうに妹のレイレンが歩み寄る。妹の顔が目の前に現れ、今度は驚かしてやろうと雪を目の前で舞い上げた。「うわっ」と声を上げるなり、レイレンは負けまいと雪を手でかき集めた。それから互いに雪を何度も投げ合った。
「ふぎっ」
視界が一瞬真っ暗になった。どこからか飛んできた雪玉がチイタの顔面に命中したのだ。手で雪を拭うと、家の屋根の上から兄のフォッサが雪玉を握っているのが見えた。「馬鹿兄貴!」顔を真っ赤にしてチイタは雪玉を作った。それで勢いよく投げつけるのだが、屋根上のフォッサには当たらなかった。失速したチイタの雪玉は無残にも空中で粉々にくだけ散った。するとフォッサは、声が届くように口元に手をそえて大声を出した。
「チイタ! 屋根の雪おろし手伝えよ」
「嫌だね!」
「じゃあ、家の前の雪をかけ」
「はいはい、私がやるよー」
反抗するチイタの後ろでレイレンが手を振った。よく見れば屋根には土掘り用の大きいスコップが雪に突き刺してある。半分ほど雪が落とされているということは、早朝からフォッサが雪おろしをしていたということだろう。妹のレイレンは、スコップをとりに家へ戻って行く。素直に手伝いをすると言えば良かったのに、チイタはそうしなかった。兄はあんなに遠くから投げた雪玉を命中させたのに、チイタの雪玉はかすりもしなかった。いつも兄の上をいっていたいと思うのに、いつもチイタは下にいた。
「やーい! 馬鹿兄貴!」
「こら!」
「うわああああ――」ズボッ
母親だった。チイタは仰天して顔面から雪に突っ込んだ。小さなお尻だけが突き出た情けのない格好に、怒った顔をしていた母は思わず吹き出した。
「なにやってんの、ほら、ちゃんと立ちなさい」
「ちゃ、ちゃみぃぃぃぃ!」雪の冷たさを一瞬にして体験した気分だった。しばらくガクガク震えて寒いアピールをしていたが、母は同情もせずにきっぱりと言い放つ。
「いい? チイタ。力で勝てないからって愚痴ばかり言ってはダメよ」
「ばかりじゃない!」
「じゃあ、馬鹿なんて言わないの」
「アイツは馬鹿――いってぇぇえ!」
母のげんこつはいつも以上に痛かった。説教されているのに兄も妹も知らんふりを決め込んでいるのが、さらに気に食わないと思った。
「ちぇ……なんで俺ばっかり」
「はい、もうおしまい。一緒に雪をかきましょう」
母はパンと手を叩いて気持ちの切り替えをした。説教はもう終わり、いつも母はサバサバしている。ネチネチ怒る誰かさんとは違ってマシだと思った。
「ねぇ、母さん。何で雪が降ってるの? いつもは降らないだろ?」
チイタは雪を踏みながら尋ねた。
「あら、初めて見るのにどうしてこれが雪だとわかったの?」
「馬鹿にするな! 雪くらい……知ってる。いや、そうじゃなくて! 俺は何で雪が降るのか聞いてんだ」
プンプンして言うと、母は「チイタは物知りだもんね?」と笑ってくれた。
「なんで降るのか……」
母に聞けばなんでも教えてくれると思っていた。いつもなら数秒もしないうちに答えてくれるのに、今日は慎重な顔をしたままじっくり何かを考えていた。少しの間言葉を待っていると、母が思い付いたように口を開いた。
「それはねぇ……きっと妖魔の仕業よ」
「また妖魔? もう聞き飽きた。妖魔なんている訳ないって! だって見たことないし」
「チイちゃん前見たって言ってた」
「おえっ? い、言ってねーよ!」
いつの間にかレイレンも隣に来て聞いていた。
「そうねぇ、お母さんはあるよ。でもね、妖魔には良い妖魔と悪い妖魔がいるの」
「ふーん」
「普段妖魔たちは地下世界――ダリッドモンダンと言われる所にいるんだけど、たまに悪さをしに地上へ上がって来てしまうの」
チイタは話の途中で雪玉を作り始め、レイレンは真剣に母の話を聞いていた。
「その上がってきた妖魔たちがこうして雪を降らせたり、あっちこっちで災いをもたらしているのかもしれないわね。まぁ、臆病な妖魔は人間に姿を見せようとしないけれど、そうでない妖魔もきっと――沢山いると思うわ」
よく母がする妖魔の話。母が言うにはここは地上世界で、この真下には広い地下世界ダリッドモンダンが広がっているのだそうだ。ダリッドモンダンは妖魔の支配する領域で、何の力も持たない普通の人間が行くのは危険だと言われている。
「へぇー、でも私見たことないからぜんぜんわかんないよ」
大きな黒目をパチクリさせながらレイレンは眉を上下に動かした。
「遭わない方がいいのよ」
「でも……親父は毎日見てるんだろ?」
雪玉を手で強く握りながら、母と視線を合わせずに言った。チイタはさっきよりもずっと硬くなった雪玉を眺め、寒さで赤くなった手のひらでそれを転がした。
「そうね……」
母は降り積もった雪を見つめながら、口を閉じた。父親は名の知れた討伐隊の隊長で、ダリッドモンダンでの調査を請け負ったり、地上での妖魔を討伐したりしている。地下世界へ行ける通路は限られていて、その1つが世界最大の都市フェミオールに存在する。地上と地下を行き来する父は忙しく、村に戻って来ることは滅多にない。
具体的に妖魔とは何なのか――。妖魔とは邪悪な魔の力を持つ特殊な生き物たちのことを言い、地下世界ダリッドモンダンを支配する者たちでもある。妖魔には種類があり、理性をもった類人間の妖魔(人妖)と、ただ人間を襲うことだけの欲望しかもたない妖魔(悪妖)とに分かれる。しかしこれはあくまで大まかな分類であって、妖魔の種類は細分化している。
具体的に討伐隊とは何なのか――。簡単に言えば、人間の恐怖の対象である危険な存在の生き物、妖魔を排除する役割を担う人々のことだ。彼らは特別な訓練を受けて、妖魔に対応できるだけの力を身につける。常に死と隣り合わせの仕事なので、志願員のほとんどは自己の身体能力に自信のある者ばかりだ。
「……お父さんは妖魔を相手に戦ってる。それってすごく誇らしいことだけれど、大変なことよ。ねぇ、チイタ……あなたは討伐隊に入りたいと思ったことある?」
「なんだよ、あるわけねぇよ!」
ずばりと言い放つ息子に、母は虚をつかれたように驚いた。チイタはどうして母が驚くのかわからなかった。
「そう……なら、良かったわ」
「?」
「お母さん! 私も討伐隊には入れるの?」
「あなたはだめよ。こわーい男の人たちがたっくさん……いるのよ。それでも入りたい?」
「えー、私怖いの嫌!」
素直に意思表示したレイレンは、苦いものを食べたかのような顔をしてみせた。レイレンは母に抱きつき、すっかり甘えていた。
「よーし、雪をかきましょう! さっ、レイレンも。赤毛の3兄弟くん? 終わったら美味しいスープがあるからね」
母は屋根の上にいる一番年上の兄、フォッサにも呼びかけた。赤毛の息子たちはそれぞれスコップを持って慣れない雪をかきはじめた。
「いやだぁあああ~」
「わがまま言わないの。また雪が降ってきたわ……」
母は悩ましげに外の様子を見ている。ドブラコッチ村は雪の降らない温暖な地域なので、雪を想定しての備えは一切なかった。雪かきを終えて家の中に入るも、台所の火を熾すだけで精一杯だった。
「チイちゃんうるさい」
薄いシーツにくるまりながら絵本を読むレイレンは、泣き喚く兄にはっきり言った。家のなかはまるで真冬の洞窟のように恐ろしく寒い。
「俺は走りたいんだぁ!」
「今日ばかりは我慢しなさい。もしかしたら危ない妖魔がすぐ近くまで来ているかもしれないのよ?」
涙と鼻水で顔を濡らしながらエプロンにしがみつくチイタに、母は半分呆れ顔だった。チイタがこうも外にでて走りたがるのは、生まれ持っての体質が大きかった。普通生まれたばかりの赤ん坊は走ることができないのだが、チイタだけは違った。生まれてすぐにキャキャキャキャ言いながら走り回るのだ。その時は目が点になった。走りたいのはこの子の本能であり、人間の「眠たい」「食べたい」と同じ欲望なのだ――と、母は考えるようにしている。
「いやだいやだいやだぁああ!」
紛糾し、足をジタバタする。ハンモッグに寝転がりながらテレビを見る兄のフォッサはイライラしているのか何度も溜息を漏らす。
「だいたいチイタ、あなた何で半袖なの。皆温かい格好をしているのに、今シーツを探してくるから待っていなさい」
「……少しだけだ! 1分でもいいから! 走んなきゃ死んじまうぅぅぅぅ……」
家の地下倉庫にシーツを取りに行く母の背中に、犬のように吠えた。いつも外に出て駆けまわっているというのに、雪のせいで外にも出れない。
「少しくらい我慢しろよ。だいたい、走らないくらいで死なないだろ」
「なんだとぉ!」歯をむき出して大声を上げる。
「ねぇ、チイちゃん。どうしてチイちゃんは走るのが好きなの?」
「……」
絵本のページを丁寧にめくりながら、妹のレイレンは尋ねた。意外な質問だったのか、じれていたチイタの表情は一瞬固まった。
「ねぇ、どうしてー?」
「知るか! 走りたいから走りたいんだ」
「ぷっ。答えになってねぇよ……」ハンモッグの上からフォッサが失笑する。
「なにが可笑しいんだ」
走りたい。ただそれだけのことなのに、周りは冷たかった。
「そう言えばチイタ、お前さ……この村で快速のチイタとか言われてたよな。お前、走るの速すぎて……不気味がられてたぜ」
「快速の……」
鼻水をすすりながら兄の言葉を半信半疑で聞き、驚いた。そして、あだ名なんかよりも後の言葉の方がずしりと重く感じた。――不・気・味・が・ら・れ・て・い・た。すっかり意気消沈してしまった。
「信じねぇぞ……なんで不気味なんだよ」
兄と弟の間にピリピリした空気が流れ始める。
「噂だ。真に受けんなよ」
「あぁぁぁぁぁぁあ! もういい!」
いきなりの叫び声を上げに、チイタ以外は思わず耳を塞いだ。
「おい、母さんに叱られるぞ」
「チイちゃん!」
後ろで2人の声が聞こえたが、チイタはそれを無視して吹雪く外に飛び出した。思い切り扉を閉めると、そこは別世界のようだった。朝、皆で雪をかいたはずの道は、いつの間にか新雪が積もっていた。横殴りの凍てつくような吹雪が全身を包みこんだ。一気に体温をもっていかれたが、一面白の世界に走りたい欲望がぐんぐん後押しされた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお」
そこからはもう無我夢中で走っていた。走れば走るほど、気持ちが落ち着いていく。嫌なことを言ったフォッサのことも、綺麗さっぱり忘れてしまいたかった。最大級の雄叫びも、吹雪のなかではもみ消されてしまった。
積もったばかりの雪を蹴散らしながら、村の広場まで数秒で辿りついた。のんびり歩いても15分はかかる距離の場所だ。勢いよく駆け抜けたのに、今日は妙に後味が悪い。心の底から気持ちいいと感じられず、走ることへの疑問すら覚えた。
以前から人目を気にせず走り回ってきたが、日がたつにつれて周りの目が冷たく感じられるのだ。チイタが走れば村人たちは怪訝な顔をするし、少し距離をおかれる。今まで深く考えたことはなかったが、フォッサが言っていたことが本当なら――
「……うぅ。ううぅ」
自分は不気味な子なのかもしれない。そう自覚した瞬間に、一気に心が凍りついてしまったような気がした。走る速度は日に日に進化している気がするし、衰える気配はまったくしなかった。チイタは自分の足と手を交互に見た。兄や妹と違わない人間の手足――それなのに、どうして自分だけが恐ろしく速く走れるのか? それが、自分と他者との差異だと思った。
「わぁぁぁぁあああああああ……うぁあああぁぁ!」
チイタは激しく泣いた。ここで泣いても、誰にも迷惑をかけない。
急に1人ぼっちになった気がした。この寒さのせいで、余計に追いつめられる。そんな時、いきなり後ろからふわっとした何かが被さってきた。
「?」
思わず振り向こうとしたら、今度は大きな両手がチイタを包んだ。一体誰なのかわからなかったけれど、手のぬくもりは暖かかった。ひっくひっくと泣きじゃくるチイタを背後の誰かが振り返らせた。
「……母さんっ」
走って来たのか、母は息を切らしながら微笑みかけた。その瞬間、心の底から安心を覚えた。エプロン姿のままで、急いで来たのが目に見えてわかる。しばらく息子の顔を見たまま、母は無言だった。その目は、自分の息子が確かにここにいるということを確かめているかのようにも見えた。顔を真っ赤に腫らしたチイタに、母はゆっくりと言った。
「吹雪は危険よ。さぁ、戻りましょう」
「嫌だ!」
「もしかして、フォッサとまた喧嘩でもしたの?」
喧嘩ではない。嫌味を言われたのだ。チイタは目前でしゃがみ込み、視線を合わせる母に訴えるように話した。
「兄貴が俺のこと不気味だって、村の人たちも……皆、そう思ってるんだって、言ってた! 俺は走るのが好きなだけなのに! ……どうして……」
「あんたは足の速い、自慢の息子」
「……」
それは、今まで言われたことのない初めての言葉だった。
「たとえ、それが人間離れしていても。恥じることは一切ないのよ。でも、今日だけは我慢して欲しかった。なにか危険な空気がしたもの――」
「!」
突然強い風が吹き始めた。一気に舞い上がる雪がまるで砂嵐のようになり、視界はさっきと比べものにならないくらい悪くなった。辛うじて今見えるのは互いの顔だけとなった。
「チイタ……傍にいなさい」
ぐいっと引っ張り、母は腕のなかにチイタを入れた。恐ろしい唸りをあげる吹雪に恐怖を感じた。今、下手に動いたら、吹き飛ばされてしまいそうな勢いだ。母はチイタを腕のなかに入れたまま、最大限身を縮めて風の抵抗を和らげようとしていた。
「母さん……苦しい!」
母の腕の力が強いので、チイタは息苦しくなった。ふと顔をのぞいてみると、母は目で「大丈夫」と語りかけてくれた。母が大丈夫だと言うなら、絶対に大丈夫だ。チイタは自分の絶対の自信と信頼を正しいと思いこんだ。
吹雪はいつ止むのだろうか――腕の中でひたすら止むのを待ち続けていたが、なかなか吹雪は止まなかった。それどころか、一向に酷さは増していった。気温も体験したことのないような寒さと冷たさに、痛みまで感じ始める。
「怖いよ……」
不安がつい口から漏れ、チイタは気が付いた。風がピタリと止んだのだ。閉じていた目を薄っすら開けると、ちゃんと辺りが見えた。不思議だったが、今のうちに家に戻れる。母はまだこのことに気付いていないようだ。チイタは教えてあげようと母の腕をつついた。
チイタにかかっていた体重がゼロになった。
「……母さん?」
母は背中からふかふかの雪に倒れた。目はひらいたまま、顔色だけが死んだように青白かった。チイタが視線を合わせようとしても、母は空の彼方を見つめたまま、動かない。
「吹雪、止んだよ」
いつもならすぐに「帰りましょうね」と言って手をつないでくれるのに、手をつないでくれない。瞬きをしない。起き上がらない。――笑わない。
母は死んでいた。
「母……さん?」
止まっていた涙が大粒となって溢れだす。歯を食いしばっても堪えようのない涙が流れ続けた。なぜ、突然母が死んだのかわからなかった。どうしたらよいのか分からずにいると、遠くから赤毛の2人――フォッサとレイレンが歩いてくるのが見えた。異変に気付いたのか、血相を変えてフォッサが走り出した。数分後、やって来たフォッサとレイレンは死んでしまった母を見た。
「なにがあったんだよ……! 答えろ――何があったんだ!」
フォッサは弟の首を掴んで怒鳴った。レイレンは母に抱きついたまま泣き続けている。まさに最悪の状況だった。
「いきなり吹雪になって、止むのを待ってたらこうなったんだよ!」
「……本当なのか」
「俺、嘘なんて言ってねぇ!」
しばし、沈黙した。フォッサは母が死んだ事実を受け入れられずに立っていた。泣きもせずに。思えば、泣いているのはチイタとレイレンだけだった。
「しぶとい子どもだねぇ」
「?」
3人は母の傍に寄ったまま、声のした方を凝視した。外には兄弟以外人もいなかったというのに、それは忽然と姿を現した。
「お前、なにもんだよ」
フォッサが前に出て警戒した声色を出した。
黒装束に身を隠した、怪しげな老婆だった。灰色でしわのある顔は、100歳を超えた人間のようだった。無論、善人ではないと察しがつく。
「しかし……本当だったようだ。赤毛の人間には妙な力が宿っているとかいう話……。おぉ、可哀想に。お前たちの母親は死んでしまったのか! 弱い人間だから仕方がない。それに比べ、お前たちは妖魔に耐えた。褒めてやろう」
「う、うるせぇ! お前が殺したんだろ! 許さねえぇええええ!」
「チイタ!」
フォッサは無防備に殴りかかろうと走り出したチイタを止めにかかったが、あまりの速さに間に合わなかった。
「この、野郎!!!」
「のぉ?」
メリメリと拳が食い込む音とともに、老婆は怯んだ。
「嘘だろ!?」フォッサの目は驚きのあまり、飛び出した。
「小僧! なんて速いのだ――」
「あっ! ずるいぞ、降りてきやがれぇぇええ!」
いつの間にか木の上に移動した老婆に、さすがのチイタも走って行くことができなかった。
「ふん。いいことを教えてやろうじゃないか。この村で生き残ったのはお前たち3人だけだよ」
あまりの衝撃にチタは顔を強張らせた。それはフォッサもレイレンも同じだった。
「そして――そうしたのはこの私さ」
「お前、妖魔なのか……」
妖魔という言葉に老婆は顔を歪めた。
「妖魔は総称さ。私は人妖だ」
「そんなのどうだっていい……どうしてこんなことするんだ」
「それはね……お前たちが厄介な存在だからだよ。本当は生まれる前に消し去ってしまおうと思っていたんだが、変わり者たちがお前たちを観察したがってねぇ……でも私は御免だ! もう我慢できない! お前たちが大人になる前にこうして始末しに来たのさ!」
老婆が不敵な笑みを浮かべ、大きく黒い手を露わにした瞬間――その手から生み出された黒い煙がこの場を包み込んだ。同時に吹雪が3人を襲い、それが老婆の仕業だとすぐにわかった。
「きゃああ!」レイレンが悲鳴をあげながら母に覆いかぶさる。
「……チイタ、レイレン! 逃げよう」
黒い煙と吹雪のせいで、視界は悪い。フォッサは弟と妹の手を掴んで言った。
「でも……母さんを殺したやつだぞ!」
手を掴まれたチイタは鬼の形相で叫ぶ。
「今の俺たちはあの妖魔に勝てない。こんなところで我がまま言うな――チイタ!」
兄の気迫に気圧されたのか、チイタは歯を食いしばったまま黙った。掴まれた手が痛かった。こうしている間にも風はビュービュー吹き荒み、どこからか老婆の笑い声が混じって聞こえる。あの老婆は本気で3人を殺すつもりらしい。吹雪が止んだ瞬間に、どんな恐ろしい攻撃がやってくるのか、容易には想像がつかなかった。
「お母さんを置いて行くの? そんなの嫌だよぉ……」
「……」
フォッサは2人の手をしっかりと掴み、考えていた。
逃げるって、どこに? 母さんを置いて行くのか? 親父は何故来ない?
「親父……ぶん殴ってやる」
「……兄貴?」
フォッサの目に怒りが沸々と湧いてきたを見て、自然とレイレンも押し黙ってしまった。今、どうするべきなのか――フォッサが頭を悩ませた時、頭上で何かが切れる音がした。反射的に上を見ると……
「あ……」
黒い稲妻が空から落ちた。
ドッゴーン!
3人は言葉を交わす間も無く稲妻に直撃した。