先生編 おまけ
高校を卒業して三月の終わり頃に学校に行き、そこで柳葉先生と想いが通じ合ったのはいいのだが、私には悩みがあります。それは柳葉先生は爽やか教師ではないことに気付いたのだ。
なにせ、卒業したとはいえ教え子に手を出した挙句に、まだ在学中に唇まで奪われているんだ。それってアリか!とツッコミを是非とも入れたい。
それにゲームの時でも生徒に手を出しているんだ。爽やか教師ではない。
まだ例を挙げるとすれば、在学中のあの出来事で引っ掻き回されたかと思ったら三年間何もなくて卒業したらいきなりとか、あの人絶対に俺様だろ!
「どうして今頃になってそれに気付くんだー」
テーブルに頭を押し付け嘆いていたら、その頭を慣れた手付きで撫でる人物がいた。顔を見なくても分かる。その人物こそ、私がさっきまで考えていた柳葉先生なのだから。
頭を撫でられることは好きなのだが今はそういう気分じゃない。頭を撫でている手を叩き、キッと睨み付ける。
「どうかしたのか?」
「……なんもない、です」
ツンッと今度は愛想なくそっぽを向くと何を思ったのか、柳葉先生は後ろから私を抱き上げる。そのまま、自分がソファに座って膝の上に私を乗っけた。しかも向かい合わせるような形でだ。
因みに私と柳葉先生が現在いるところは柳葉先生自身の家である。ということは私に逃げ場はないということになる。
「何がそんなに不満なんだ。何か、俺の態度が駄目だったか?」
いい大人がそんな懇願したような目で私を見ないでほしい。柳葉先生の高校三年間の態度で怒っているのに絆されそうだ。
「海砂」
「……っ」
色気を含んだ低い声にゾクッと体が憎たらしいほど反応する。
目の前にいる柳葉先生は微かに微笑む。それが危険だと本能的に察するがその前に逃げられないようにされているので何も出来なかった。
あごを掴まれ、無理やり奪う感じで唇と唇が合わさる。
「ん、せんせ……」
「先生じゃないだろ?」
伊吹だ。そう囁く声は三年間教師として見てきた彼じゃない。今の彼はあの時に私にキスをしてきた彼のようだ。
爽やかなんかじゃない。彼が爽やかだったら、世の中のみなさまは爽やかだ。
「何を考えているのか知らないが、俺の名前を呼んでくれ」
今の状況に付いていけずに現実逃避していたら、柳葉先生がギュッと私を抱き締める。
耳元で囁かれる声はいろいろと破壊力があり、私はつい柳葉先生の服を握りしめてしまった。
「海砂」
「うっ、いぶきさん?」
名前を呼んでと言われて呼ぶのがどんなに恥ずかしいことなのか分かってしまった。
あごを掴んでいた手が離れていたので俯いて名前を呼ぶと、はぁとため息を吐かれる。なんでため息?と思って顔を上げたら、唇を再度塞がれた。
「んん、いぶき……」
「はぁ……可愛いな」
しばらく経って唇が離れると物足りなさがこみ上げてくる。ジッと柳葉先生を見つめたら、彼は爽やかな外見のくせに色気しかない笑みを浮かべた。
どくんどくんと心臓が激しく高鳴るのを感じる。私を抱き締めている彼にも聞こえていそうだ。
「色気ありすぎなんですよ」
柳葉先生の笑みにドキドキさせられっぱなしだったからそう言ってみる。彼は笑みを浮かべたまま、私の頭をよしよしと撫でるだけだった。
もう、こうなると認めるしかない。私は彼がどんな性格でもいいのだと、私を大切にしてくれる気持ちだけでいいのだと。だって、私はそんな彼に惚れたのだから。
「また子ども扱い」
彼から頭を撫でてもらうのは好きだが、それを悟られないようにボソッと不満を呟く。それを私は早々に後悔することになるなんて知らなかったのだ。
「大人扱いしてほしいのか?」
クスッと笑う柳葉先生は全世界の女子を魅了させるほどの色気を醸し出していた。
もう一度言っておくが、ここは柳葉先生の家であって、私は彼の膝の上にいる。逃げられない状況だ。
「だから言っただろ。俺が逃げられないんじゃない、お前が逃げられないんだ」
あぁ、確かにそうかもしれない。だけど、それは同時に彼も逃げられないということになることを彼は知らないのだろうか。
いや、きっと知っている。けれど、彼は私が逃げられないという。もういいのに、私は既に認めているから。
「先生がロリコン教師でも私は伊吹さんが好きですよ!」
「……お前」
いい雰囲気が台無しだ。小さく呟いた彼の言葉は私の耳にはっきり聞こえていたが、私はあえてスルーした。これは彼に仕返しをしたんだ。いろいろのお返しだ。
だけど、それだけでは返しきれないものをある。そのお返しに私は自分から彼にキスをする。
それにとびっきりの想いを込めて。