先生編02
急いでアイスを食べ終えた私はサイフを取り出し、柳葉先生にお金を渡そうとする。それを柳葉先生は受け取らずに「奢りだ」と言い放つ。
私は柳葉先生に何もしてないので奢られるのは申し訳ない。そういう風に伝えると、彼は考える素振りをする。
「なら、今日は一日中付き合ってもらうかなぁ」
「え、それだけですか?」
「まぁな、それが大変なことだったりするんだ」
今日一日付き合ったらいいのか。一体どこに行こうとしているのだろうか。
首を傾げる私を他所に柳葉先生はベンチから立ち上がり「行くぞ」と声かける。それに頷いて付いて行くことにした。
しばらく歩くが、やっぱりどこに行くかが気になる。
「柳葉せんせー、どこに行くんですか」
「だから、先生はやめろ」
「じゃあ、なんて呼べばいいですか?」
「そうだな……」
あごを手で触りながら柳葉先生は呼び名を考える。
時間が経つと思い付いたのか、柳葉先生は私の方を見て優しく微笑みかけた。
「伊吹、だ。因みに様付けはするなよ」
「えぇー」
「えぇーじゃない。因みに呼び捨てか、君付けか、さん付けしか許さないからな」
なんだ、それなら「伊吹殿」も駄目じゃないか。しかも、その三択はなんだろうか。私が選べるのは一つしかないじゃないか。
私はわざとらしくため息を吐き出す。
「ため息を吐いたら幸せが逃げるって言ってなかったか?」
「それはせんせ……じゃない。伊吹さん限定ですよー」
「えっ……」
柳葉先生は驚いた表情をしながら私を見つめる。
私は何か変なことでもしただろうか。柳葉先生が言ったことを私は忠実に守っただけだと思う。
柳葉先生がそう言えって言ったんだろーという目で見るが、彼は顔を手で覆ってため息を吐き出していた。
「いや、本当に言うとは思わなかった」
なんだと、柳葉先生が言えと言ったから言ったのに。その言葉は何だよ。
キッと柳葉先生を睨み付けると「悪い悪い」と私の頭をぽんぽんと撫でる。だが、彼は本当に悪いとは 思ってないのだと思う。
「じゃあ、もう先生呼びでいいですか?」
「駄目だ。せっかくだからさっきのように呼んでくれ」
「えぇー、伊吹さんですか?」
「あぁ」
私は正直「伊吹さん」呼びは恥ずかしい。私と柳葉先生は教師と生徒なのに、その呼び方は凄く駄目な気がする。
それでも、柳葉先生が嬉しそうに笑っていたので私は今日だけの辛抱だと思い、恥ずかしさを飲み込む。
少しだけ赤くなってるであろう頬を隠すために視線を隣にいる柳葉先生から逸らし、前を見る。
「ところで、どこに行くんですか?」
「ん、そうだな。図書館に行こうと思っているんだ。授業の教材になりそうな本はないかと探そうと思ってな」
柳葉先生の担当教科は英語だ。私が世界で一番苦手な英語なのだ。
そんな英語の授業で使うものを選ぶ のを私に手伝わせるとか、どんな鬼畜なんだー。
「私は何も英語のこと分かりません!」
「まぁ、東堂は英語が苦手だからな。そんな東堂でも分かるものがあれば誰でも分かるから授業で使えそうなんだけどなぁ」
確かに私が分かるようならみんなも分かるだろう。そんだけ英語が苦手、いや嫌いなのだから。
だが、私はどんな分かりやすい本があっても分からないと思う自信がある。
「私は分かりやすい本があっても分からないと思います!」
「お前なぁ、自信満々に言うなよ」
そんな言い合いをしながら歩いていたら、駅前の公園から少し歩いたところにある図書館の前まで来ていた。
少し離れたところにも大きな図書館があるが、この図書館は小さいながらもマイナーな本がたくさんあり、マニアの人には人気なのだ。私もよくここで本を借りたりしている。勉強をするなら大きな図書館がいいのだが。
「よし、探すぞ」
「イエス、伊吹たいちょー!」
ビシッと敬礼をすると、柳葉先生は声を微かに上げて笑い出す。その笑みにどくんと心臓が鼓動したが、私は知らないふりをして柳葉先生に笑い返した。
図書館に入り、英語の教材になりそうな本を探す。
英語の本が思ったり多くて、探すのは本当に一苦労だ。
しかも、私には全く理解出来ないものばっかりある。だが、柳葉先生には魅力的なものなのだろう。さっきからいろんな本を真剣に読み、凄いハイスピードでページを捲ってる。流石は英語の教師だ。
当初の目的も忘れ、英語の本を無我夢中で読む柳葉先生の横顔を見つめながら、私は隣で自分でも分かる英語の本がないかを探し始める。こんなに柳葉先生を夢中にさせる英語というものは、し始めれば面白いのだろうと思ったからだ。
それに、真剣な表情で読む柳葉先生の横顔は格好いい。何かに夢中になる男性は格好いい。
ドキドキと鼓動が速くなるのを感じながら、私は数多くある英語の本の中で教材になりそうなやつを探す。それが、今の私に出来ることだと思いながら。
しばらくまったりとした時間が経つと、柳葉先生はハッと我に返り、私の方を見た。きっと、読んでいた本を読み終えたのだろう。
「悪い。夢中になっていた」
「いえ、柳葉先生の格好良さを見ていたんでいいですよ。それに英語の教材も見つけました!」
じゃじゃーんと教材になりそうな本を柳葉先生に渡すと、彼は礼を言いながらパラパラと中身を読む。そして、優しく微笑んだ。
「東堂、やれば出来るじゃないか。ありがとうな」
「いえいえ、アイス代ですから!」
本を長机に置き、私の頭を撫でる柳葉先生。彼は本当に嬉しそうだ。
だが、顔は嬉しそうに微笑んでいるのに柳葉先生は私に顔を近付けボソリと呟く。それがやけに低くて艶のある声だった。
「だが、東堂。俺は先生じゃないだろ?」
クスリと笑う柳葉先生は、いつもと違う大人の魅力を最大限に醸し出していた。