先生編01
夏休みは素敵だ。一日中遊べるし、長くまで寝られるし、快適だと思う。
宿題さえなければ、もっといい夏休みなのに。
「もうむりだー、私にはこの宿題が分からない」
何の宿題で躓いているのかというと、それは英語だ。英語というものは全く理解出来ない。なんでみんなが英語を出来るのか不思議でたまらない。
ふぅと息を吐き出し、私は部屋の窓から外を見た。日差しがじりじりと照りつけている外は窓越しで見ても暑そうだ。
「アイス食べたい」
無意識に呟いた言葉は現実味を帯び、段々と食べたくなってくる。濃厚なミルクのアイスを食べたい。
そういえば、駅前に夏限定で美味しいと評判のアイスが売られていた気がする。
よし、そこで買おう。そう意気込み、私は急いで出かける準備をする。
駅までは近くなのでサイフだけ持って行くので出かける準備はそこまでしなくてよかった。
駅前に着き、アイスを購入しようとする。
夏休みでしかも夏限定とあって人がかなり並んでいる。最後尾に並び、アイスのメニューを見たり、流れゆく人をボケーッと見ていた。
そこに一際目立つ一人の男性がこちらの方に歩いて来ている。暗めの茶髪を掻き上げながら、そのイケメンは私の方を見た。
ぱちりと目が合うと、イケメンは驚いたように目を見開く。そう、そのイケメンは私の知っている人である。
彼の名は、柳葉伊吹。私のクラスの担任の先生である。
「おっ、東堂じゃないか」
「柳葉先生、こんにちはです」
アイスの列に並んでいた私に近付きながら、私に向かって片手を上げる。
目の前まで来たらぺこりとお辞儀をすると、柳葉先生は困ったように笑った。
「学校の外で先生はやめてくれ。なんか、恥ずかしいしな」
確かに学校の外で柳葉先生みたいな先生が生徒から「先生っ!」と言われていたら注目を浴びるだろう。もう既に注目はされているが。
私は柳葉先生の言葉に頷く。
「じゃあ、柳葉さまでいいですか?」
「おい、東堂……そっちの方がないだろ」
柳葉さま、結構似合うと思ったのだけど柳葉先生にはお気になさらなかったようだ。柳葉さまが駄目ならば、呼び名は残り一つしかない。
私は勢いよくその呼び名は言ってみる。
「伊吹さまっ」
「はっ?」
「伊吹さまは伊吹さまですもんね!」
何言ってんだコイツ、みたいな顔をしている柳葉先生にありったけの笑顔を作り「伊吹さま」呼びをもう一度する。
やっと現状を理解した柳葉先生は、はぁと息を吐き出し、私の頭に手を置く。そのまま、ぐりぐりと私の髪の毛をぐしゃぐしゃに乱した。
「なにするんですか!」
「お前が変なこと言うからだろ。なんだよ、伊吹さまって」
柳葉先生は「伊吹さま」呼びも気に入らなかったみたいだ。
じゃあ、何がいいんだよーと叫びたい気分だが、近くにいる人たちが私たちをチラチラ見てくるので叫ぶのはやめた。それにもうすぐアイスが手に入るしな。
「仕方がないので、伊吹さま呼びはやめておいてあげましょう」
「なんでお前は物言いが上からなんだ……」
呆れたような諦めたような声色で言葉を発する柳葉先生だが、私はそんなのは気にしない。今はもう目の前まできているアイスを手に入れることしか考えてないのだ。
そして、ついに私の順番まで回ってきたのだ。私は瞬時に「ミルクで!」と言うと、なぜか柳葉先生が「ミルクと抹茶を一つずつ」と言い直す。
柳葉先生も食べたかったのかな?と思いながらサイフを取り出すと、その前に柳葉先生がお金を払っていた。お金を払って、店員からアイスを受け取る柳葉先生。
どこかに歩き出したので付いて行くとアイスを渡され、人があまり通らない駅のすぐ近くの公園の隅っこに移動した。
そこのベンチに座り、私は渡されたアイスを食べながら不思議に思いながら柳葉先生を見る。
「あそこは人目があるからな」
その言葉の意味がふと分かってくる。
柳葉先生は学校の先生だ。その先生が生徒と一緒にいるところを見られるとよくないだろう。だから、こんなところに移動したのだと分かる。
「まぁ、俺がお前と二人きりになりたかったのかもな」
「ふぇ!」
「……冗談だ」
柳葉先生が変なことを言うからアイスを落としそうになったじゃないか。そんな目で見つめると彼は笑みを浮かべる。
その笑みは教師が生徒に見せる笑みじゃない。こんな大人の色気を醸し出している教師は教師じゃない。
柳葉先生が自分用に買ったはずの抹茶アイスが溶けて指にこぼれ落ちる。その指に付いたアイスを彼は舐めとった。
「せんせー、エロいです!」
見惚れたら駄目だと思った私は、柳葉先生に向かって自分は何とも思ってないというように言葉を発する。だが、柳葉先生は私の考えているすら知っているかのようにクスッと笑う。
「先生じゃないだろ?」
どくん、と心臓が高鳴って一瞬だけ硬直してしまう。その隙に柳葉先生はアイスを持っている方の私の手を掴み、私のミルク味のアイスにかぶりついた。
私のミルクがー、と思うのと同時にお金払ってないなと頭の中で考える。それが今の現状を逃避しようと頭が勝手にそう考えさせているのかもしれないことであっても、私はそう考えた。
「甘いな。抹茶もミルクも」
ぺろっと唇に付いたアイスを舌で舐め、私を真っ直ぐ見つめる。
その瞳に囚われないように私は視線を逸らし、急いで自分のアイスを食べた。私が食べている姿を柳葉先生は抹茶アイスを食べながら見つめていたことをスルーして、私は急いで食べたのだった。