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桐島編03

 私は桐島先輩にお茶を自分にはオレンジジュースを買った。

 さっき桐島先輩が奪った飲み物は果たしてどっちでしょうか。正解はオレンジジュースの方です。残念、お茶ではありません。


 そんなくだらないことを考える私だが、決して余裕があるわけではない。それに逃げられる場面でもない。

 ベンチに座ったまま動けない私に、桐島先輩は甘いオレンジジュースを飲む。端から見れば普通の光景のように見えるのだが、私はそうは思わない。

 桐島先輩の絶対零度の笑みを見れば、きっと誰だって表情が凍り付くと思うのです。


「甘いなぁ」


 ストローを舌で遊びながらそう呟く。私を見て言ったので甘いのは私なのか、それともオレンジジュースなのか。

 もしも桐島先輩が言った言葉が私に向けてだったら詰めが甘いということなのだろうか。逃げるならちゃんと逃げろってことか。


「どうして、君はあの時に逃げちゃったのかな?」

「あー、その、あのですね」

「女の子がいて、俺が飲み物を飲んでたから?」

「そうですね…」

「ふーん、そう」


 いかにも興味無さそうにオレンジジュースを飲んでいる桐島先輩。あなたが聞いたのだろう!とつっこみたいが、そう言える勇気は私に残っていない。

 なので、心の中で叫ぼう。この隠れ腹黒が!本来のチャラ男でタラシの桐島先輩の方が優しいぞ!


「海砂ちゃん、可愛い」


 ふふっと笑みをこぼしながら、桐島先輩は私のあごを掴む。オレンジジュースを一口飲み、私に顔を近付けた。

 突然のことだったので私は避けることは出来なかった。

 唇と唇が合わさり、少し開いた隙間から甘い液体が入り込んでくる。その甘い液体がオレンジジュースだと分かると、急激に顔に熱が集まってきた。

 口に入ったオレンジジュースは唇を塞がれているため吐き出すことも出来ずに仕方なくゴクンと飲み干した。


「ねっ、甘いでしょ?」

「は……っ」


 唇を離され初めて呼吸が苦しかったことに気付いた。桐島先輩は私を窒息死させる気か。

 それに「甘いでしょ?」ではないだろう。もっと他に言うことはないのか。

 涙目でも私は桐島先輩を睨み付けた。そうすれば、やっぱり桐島先輩は照れたように視線を逸らす。


「ごめん、無理やりはいけなかったよね」


 視線を逸らしたままで桐島先輩は私に何かを差し出す。それは小さくロゴが入った紺色のハンカチだ。

 そのハンカチを何に使えというのか、首を傾げて私はただ差し出されるハンカチを見つめる。


「君は……本当に俺に世話を焼かせたいの?」

「えっ、どういうことですか?」

「ふふっ、ほら零れてる」


 桐島先輩が私の口元をハンカチで拭き始めて気付いた。少しだけオレンジジュースが口に入りきらずに零れていたのだ。

 全身の熱が顔に集まり、顔が発火するぐらい熱い。

 恥ずかしい。恥ずかしくて死にそうだ。元は桐島先輩があんなことをするからだと思う。ゲームではこんなキャラではなかったぞ。


「海砂ちゃん」

「な、なんですか…?」


 いつの間にか、腹黒桐島先輩は消え、普段の桐島先輩に戻っていた。居心地が何となく悪くて、視線をずらす。

 ハンカチを自身の手で握り締めているのが目に入ってきた。そのハンカチを桐島先輩の手から抜き取る。


「ハンカチは洗わせて下さい!」


 一瞬だけ桐島先輩はキョトンとした表情を見せ、すぐに噴き出した。小さく「初めて会った時みたいだね」と呟く。

 確かにそうかもしれない。あの時も桐島先輩のハンカチを奪って同じ言葉を言った気がした。

 あれから桐島先輩は私にとって不思議な先輩で優しい先輩なんだ。ゲームとか、そういうのは関係ない。桐島先輩は桐島先輩だ。


「でも、何ででしょうか?」

「ん、なにが?」


 不思議で優しい先輩なのに、ドキドキしてそれが心地いいなんてなぜなのか。

 その答えを知っていそうな桐島先輩は私の頬をそっと撫でた。


「ハンカチは洗って、そうして俺に会いに来て。俺は君から会いに来て貰ったら嬉しいから」

「どうしてですか?」


 私は答えを欲した。きっと桐島先輩は私が求めている答えを知っている。そうして、私に教えてくれるだろう。


「俺は君が好きだから。君に会いに来て貰いたい」


 好き。あぁ、そうか。この気持ちに言葉を付けると「好き」ということなのか。

 だから、私は図書館で隣に座られても手を握られても嬉しかったんだ。だから、遊園地に誘ってお化け屋敷に行き、普段は見られない姿を見たかったのかもしれない。

 それに桐島先輩が逆ナンされていたのが嫌だったのは嫉妬ということになる。


「私もどうやら、桐島先輩のこと好きになってたみたいです」

「みたいって…君はひどいなぁ」


 俺はこんなに好きなのに、と赤く染まった顔で言う桐島先輩だが嬉しそうに笑っていた。

 桐島先輩の顔がまた近付いてきた私は重大なことに気が付く。


「桐島先輩っ、ここって遊園地でした!」

「あっ」


 今思い出しましたという顔で桐島先輩は私から離れて、小さく照れ笑いをした。周りを確認する勇気がない私も桐島先輩に小さく笑う。

 そうして、目を合わせて盛大に二人で笑い出したのだった。


これで桐島編は終了です。次はおまけです。

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