桐島編02
さて今日は遊園地にやってきました。念願の遊園地です。
遊園地ぐらいではしゃぐな子どもではあるまいしと思っている人はきっとここにはいない。なにせ、私がはしゃいでいるのだからな!
「じゃあ、何を最初に乗ろうか?」
「これがいいです!」
ピシッと指でパンフレットに載っているお化け屋敷のところを差す。その瞬間に桐島先輩の顔が固まったのを私は見てしまった。
彼、桐島奏汰は金髪ピアスの見た目チャラ男のタラシだが、その外見に見合わず実体がないものが怖いのだ。そう、幽霊が怖い。
「本当に行きたいの?」
「行きたいです!」
確かめるように私を見た瞳が語っている。「止めようか」と語っていた。
桐島先輩が可哀想だからという理由で止めるほど私は優しくない。この遊園地に来たのだってお化け屋敷のためだ。
「夏といえば、お化け屋敷でしょう!」
「元気だね……海砂ちゃんは」
「そういう桐島先輩は元気がないですね」
「まぁ、そうかも」
諦めた目をしている桐島先輩に少しばかりやりすぎた気がしたが私はどうしてもお化け屋敷に行きたいんだ。
らんらんというような気分でお化け屋敷に向けて歩き出した。ふと思い出したことがあったので振り返る。
「夜近くの方がいいですかね?」
「うん、今行こうか」
私の言葉に反応した桐島先輩は私の手を取り、歩き出した。向かう先はお化け屋敷だ。
私を見てにっこりと笑うが目は笑ってなかった。ゾクッとなぜか鳥肌が立つ。
桐島先輩のいけない何かを開いてしまった気がした。
お化け屋敷はテレビ効果のおかげか、他のものよりも人が多く並んでいた。
列に並びながら人の絶叫が聞こえてくるのでそれを聞いたり、途中でリタイアして戻ってきている人を見たりしていた。
列に並んでいる人は同性の友だちよりカップルで来ている人が多い。彼女の大半は「こわーい」と言いながら彼氏と手を繋いでいる。
ふと私は自分の手を見てしまった。歩いていた時には繋がっていた手は今は繋がってない。少しだけ触れてみたいなと桐島先輩の手を見つめた。だが、すぐにそれはないだろう、彼女でもないしと思い改めた。
「海砂ちゃん、手を繋ごうか」
そう言ってきたのは順番が私たちに回ってきた時だった。
驚きで顔を上げると、桐島先輩は笑みを浮かべながら私の返答も聞かずに強引に手を繋ぐ。
「え、桐島先輩!」
「ほら、行くよ」
入り口に向けて歩き出す桐島先輩は幽霊を怖がっていた人には見えない。私は怖くなかったが凄く桐島先輩が頼もしく見えた。
そう、見えただけだったんだ。
「うぉお……っ」
いきなり寝ていたゾンビが立ち上がって追いかけてきたり、歩いていたら突然に足を触られたり、ぬるっとした何かが天井から落ちてきたり、全て桐島先輩が一人でかかっていた。普通は二人を追いかけるはずのゾンビ役もなぜか反応がいい桐島先輩の方を確実に狙っていたし。何かとお化け屋敷というものに狙われているのではないかと思ってしまう。
繋がれていた手を頼もしいと思った過去に戻りたい。だが、ここで桐島先輩が驚かなくなったら嫌だなぁと思う。幽霊を怖がってこそ、桐島先輩だ。
「海砂ちゃんは怖くないの?」
「私は好きですよー、お化け屋敷!」
「頼もしいね……」
ふぅと息を吐く桐島先輩はかなりお疲れのようだ。
桐島先輩に大丈夫ですよーと言う代わりにギュッと手を握れば、暗闇で顔は見えないが微笑んでいた気がした。
やっとお化け屋敷を抜け出した頃には桐島先輩はぐったりしていた。
その辺のベンチで桐島先輩を休ませ、私は飲み物を買いに行く。行く前に桐島先輩は申し訳無さそうにしていたが、元々は私が嫌がる桐島先輩を無理やり連れて行ったんだ。こういうことをするのは当たり前だと思う。
二人分の飲み物を買って桐島先輩が休んでいるベンチに戻る。そこで私はあるものを目撃した。
ベンチで休んでいる桐島先輩に話しかける可愛い二人の女性。これはいわゆる逆ナンというものだろうか。
しかもあろうことか、二人の女性から桐島先輩は飲み物を貰っているではないか。
その光景を見て胸がチクッと痛んだのを誤魔化すように笑った。
「なんだ、別にいらなかったじゃん」
何となくあそこのベンチに帰れなくて、その場を後にする。
これからどうしようと桐島先輩の所から離れたベンチに座り、空を見上げる。太陽はまだ高いままだ。
「桐島先輩にメールして…帰ろうかな」
私が誘ったのに先に帰るのは駄目な気がするが、あの子たち可愛かったし。私があの子たちに誘われたら一緒に遊んでしまう。
私はこんなにネガティブじゃない!とパシッと頬を叩いた時だった。
「ねぇ、どこに帰る気なの?」
「ふぇ!」
目の前に陰が出来たなと思ったら、ポンッと頭に何かが乗る。上を見上げれば、桐島先輩がにっこりと微笑んでいらしている。頭に乗った何かは桐島先輩の手だと分かった。
「き、きりしま…せんぱい」
桐島先輩の笑っているが笑っていない微笑みで背中にたらりと汗が流れ落ちた。
両手に持っている飲み物を投げつけて逃げ出したい気持ちになるが、それをしたらしたで後が今よりも怖いことになりそうだ。
「海砂ちゃんは本当に世話が焼けるね。俺がいないと何も出来ないんじゃないかな?」
手に持っていた飲み物の一つを桐島先輩は奪い、ストローに口を付け、妖艶に微笑んだ。
普段は怒らない人を怒らせると怖いというだろう?きっと桐島先輩はそういう人だ。
凄く嫌な予感しかしないのはなぜなのだろうか。暑い季節のはずなのに私だけ極寒の地にいる気がした。