会長編05 最終
しばらく電車に揺られ、たどり着いた先は海がすぐ近くにある駅だった。
キラキラと太陽の光を浴びて光る海は綺麗で、ずっと見てみたいとさえ思ってしまう。
「うぁ、綺麗ですな!」
海を前にしてはしゃぐ私を見て、会長はフッと笑みを浮かべる。その笑みにまた心臓が跳ねた。
ドキドキしっぱなしで困る。時には会長もドキドキすればいいのに。そう思うのに会長がドキドキすることはあるのかと思い直す。
それに会長とこうやっていられるのは今日だけなんだ。今日だけは会長の隣でドキドキしとけばいいんだ。
「君がそんなに喜ぶなんて、誘ってよかった」
「誘われてよかったです」
本当に誘われてよかった。
こう思っては駄目だと思うのに思ってしまう。誘われたのが円城寺先輩じゃなくて、私でよかったと。
最低と言われるかもしれない。それでも私はそう思う。本当に私が誘われてよかったのだと。
だけど、同時に私ですみませんと思ってしまう。円城寺先輩は私よりもずっと小さい頃から会長の近くにいたというのに。
「私って最低ですよね……」
美しい海を見つめていたら、つい思っていたことが口に出ていた。
自分で言った言葉に驚きながら会長を見る。さっきまで一緒に海を見ていた彼は私の方を見て微笑んだ。
その笑みは昼の海には似つかないほど艶やかだった。
「今更、自覚したのか。君は前から酷くて最低だったはずだ。私の心を掻き乱す最低な子だ」
言ってることは酷いことなのに私はなぜか胸がドキドキと苦しくなる。それは会長が艶やかに微笑んでいる所為だ。その紫の瞳にいいようもない色を浮かべている所為じゃない。
会長は私のことをただ面白い子だと思っているだけなんだ。いつかは飽きる、そんな存在なんだ。
だから知っては駄目。恋しては駄目。求めたら駄目なんだ。
「会長……すき」
人は恋を知ると駄目になる。よく聞くような言葉は確かにその通りかもしれない。
私の口から漏れた本心は会長に聞こえていたはずだ。なぜなら、彼は普段は見ることはない驚いた表情を見せているのだから。
言うつもりはなかった。永遠に青春の思い出として心の中に閉じ込めておくつもりだった。
「す、すみませんでした!」
言ったことを今更後悔しても遅い。これはついポロッと口から出ちゃったものなんだ。もう一回ぐらい口に戻してもいいと思う。
海に来たのに、私は海を堪能する前に逃避行を図ろうとする。まずは会長の動きが止まっている間に彼の前から逃げることから始めてみよう。
回れ右してダッシュで逃げようとしたら、体が動かない。いや、動くは動くのだが体が重いのだ。
「言い逃げをするつもりか?」
恐る恐る会長を見ると、彼は私の腕を掴んでいて笑みを浮かべているではないか。それはもう楽しそうで嬉しそうに。
「えっと、さっきのは忘れてください」
「無理だと言ったら?」
「なんで、ですか……別に私に好かれてもいいことありませんじゃないですか」
パニックが起こっているので自分が何を言っているのか分からなくなってくる。
会長の顔も見れずに下を向くと、彼は私の頬を撫でて顎を掴む。上に顔を向かせて、会長は私の唇を塞いだ。
「んんー」
ここらへんに人がいなくて助かった。いや、もしかしたら会長はここに人があまり来ないことを知っていたのかもしれない。
海の眺めは綺麗だが、周りに小さい駅以外何もないから人が来ないここにあえて来たのかもしれない。
「かいちょ……」
唇が離れたと同時にキッと会長を睨み付ける。そうすれば、会長はいつもの魔王の笑みを浮かべた。
「私も君が好きだ」
「ふぇ?」
「私は東堂海砂が好きだと言ってるんだが?」
「えっ、え……えぇー!」
会長は私がただ面白いから一緒にいるのではないのか。飽きたら婚約者の円城寺先輩のところに行くのではないのか。
会長が私のことが好き?それが本当なら嬉しいことなのに、私は素直に喜べない。だって、そうしたら円城寺先輩はどうなるのだろうと。
「そんなに驚くことなのか?」
「だって、円城寺先輩はどうなるんですか!」
「はっ?」
今の会長の顔、何言ってんだコイツみたいな顔は初めて見た気がする。イケメンはどんな表情をしても似合うんだなと、どうでもいいことを考えていた。
「麗奈がどうかしたのか……まさか、セクハラされたのか?」
「えっ、違いますよ!」
「では、なんでそこで麗奈の名が出てくる?」
「だって、円城寺先輩は会長のことが好きじゃないんですかっ!」
自分でも何がなんだか分からない。会長も同じく何がなんだから分からないと言いたげな顔をしていた。
そしてしばらくの沈黙後、会長はケータイを取り出してどこかに電話をかける。
「麗奈、君は私のことが好きだったのか?」
電話の先は円城寺先輩らしい。わざわざ電話までして確かめるなんて、本当は円城寺先輩のことが好きなんじゃないのかと疑ってしまった。さっきの言葉は嘘なのだと落ち込んでしまう。
だが、聞こえてきた円城寺先輩の次の言葉で私は無性に恥ずかしくなり、その場から逃げ出したくなった。
「悠真のことは弟として好きよ。もしかして海砂さん何か誤解してたのかしら……私がこの前会った時に冗談を言ったから。でも冗談よって言ったはずよ」
あぁ、そうなんですか。冗談だったのですか。そういえば、あの言葉の後に何か言っていた気がしたが私は聞いてなかったんだ。
自分の誤解が恥ずかしすぎるし、嫉妬していたことにも恥ずかしい。そして、身勝手に落ち込んだりしてたことにも恥ずかしい。もう、これが恋をすると駄目になって周りが見えなくなるということか。
「私の親に君を紹介すれば麗奈とは婚約解消が出来る。私の親は意外にロマンチストで、愛する者同士で結婚するのが理想的だとか言っていてな」
ケータイを閉じてクックと笑いをこぼす会長に一言申し上げたい。
だったらなんで円城寺先輩と婚約してたんだよー!とそう言いたい。だけど、それはゲームを盛り上げる出演なんだろう?だから私は何も言わない。というか、何も言えなかった。
「会長は絶対にヘタレじゃないと私は思います!」
「それはよかった」
未だに魔王笑いをしている会長はどこからどう見てもヘタレになんか見えない。円城寺先輩はどこを見てヘタレというのか。
会長はまさしく腹黒俺様生徒会長様だ。
「で、私のことは会長と呼ぶなと言ってるはずだが?」
「うっ」
「それにまだ君からお礼を貰ってない」
「う、うっ」
お礼は君からのキスでいい。そう私の耳元で囁く声は低音色気たっぷりだった。
会長は本当に高校三年生なのだろうかと疑ってしまうほど色っぽい。こんなの反則だーと叫びたいが、叫ぶ前に唇を塞がれたのだった。




