会長編02
スーパーから家までの15分間を呪いたくなる。
近場と思っていた距離は今は遠くに感じる。一人でランラン気分で帰れるのに、やけに緊張した空気で帰っているのは隣に会長がいるからだ。
それに会長の両手にはスーパーのレジ袋を持っている。あの会長がスーパーのレジ袋を持っているんだ。
似合わない。似合わなすぎる。それでも笑わないのは会長が呟いた「罰ゲーム」という言葉があるからだ。
「君は本当に失礼だな。今にも笑い出したいと顔に現れている」
「ふぇ!」
そんな顔していたのか。我ながら本当に失礼だ。
いや、でも会長がレジ袋を持っているというのに笑わなくて何に笑うというのだろうか。
例えば、これが会長以外のイケメンが持っていたとしよう。桐島先輩や柳葉先生が持っていたとしても気にならない。会長だから気になるのだ。
「会長がレジ袋を持っているなんて新鮮ですから!」
「……君にとって私は一体どういう存在なのだろうか」
「俺様腹黒生徒会長様?」
家柄がいい会長ならレジ袋を持つこともないだろうし、もしも持つとなっても人に持たせそうな気がする。
「これを持ってもらおうか」とかレジ袋をお付きの人に渡すところを見てみたいとか思ってしまう。
「私に対する君の印象はどうやら最悪のようだな」
「えっ?」
会長の言葉に首を傾げる。私は別に最悪とか言っていない。言ったのは「俺様腹黒生徒会長様」だ。それのどこに「最悪」という言葉が入っているのだろうか。
首を傾げている私を会長は何を思ったのか、立ち止まってジッと凝視してきた。
因みに、ここはスーパーから家に帰る道の真ん中だ。そんなところで規格外なイケメンが一般の女子を凝視していたら嫌でも目立つ。
それでも、誰も私達を見ないのは私がいつも通っている道には人があまり通らないからだ。それに今は私達以外誰もいない。
「会長?」
「君は私のことをどう思っているんだ?」
「えっ、だから俺様腹黒生徒会長ですけど」
「……それは印象が最悪というわけではないのだろう。なら、どういうことなんだ?」
コテッと私と同じように首を傾げる会長に萌え死ぬところだった。
時々、会長は本来の性格と違ったことをし始めるから注意しなくてはいけないことを忘れていた。
ギャップ萌えがある会長。ギャップ萌えがあるから会長は注意。頭の中で何度も反復させ、刻み付ける。そのため、彼の質問をスルーしていた。
「海砂」
「うぉお!」
耳元で艶のある声で名前を呼ばれ、ゾクッと体が跳ねて色気が微塵も感じられない叫びを上げてしまった。
こんな叫び声なんて女子じゃない。会長も幻滅しただろうなと思いながら、なぜかすぐ近くに来ていた会長を見る。
「へ?」
我が目を疑ったのは仕方が無い。なにせ、会長は笑っているのだから。
いつもの魔王笑みじゃない。子どもが無邪気に笑うかのように微笑んでいらっしゃる。
どくん、どくん、と心臓が高鳴った。それと同時に息が出来なくなるぐらい苦しくなる。
「君はいつでも私を楽しませてくれる」
会長は脅威だ。私にとって危険人物だ。
なぜ、そういう風に思っているのかというと彼は私の事故とはいえファーストキスの相手だったりする。いや、違う。それ以前に私は会長が好きだったんだ。
ここは元は乙女ゲームの世界だ。その乙女ゲームを私は前世でしていたのだ。その中で一番好きだったキャラが会長である。
だから会長は危険なのである。こういう笑みを見てしまうと好きになってしまうから危険なんだ。
「会長の笑いのツボが浅いだけですよー」
「それでも、私は君に楽しませてもらっている」
そんな風に笑って、そんなことを言わないでほしい。
ドキドキと鼓動する心臓を落ち着かせるために深く息を吸って吐き出した。
「レジ袋を持ってる時にそんなこと言われても、ですね」
目線を逸らしながら呟いた言葉に会長がさっきまでの笑みとは違う笑みを浮かべたなんて、会長を見てなかった私には気付くことはなかった。
「なら、レジ袋を持ってない時ならいいのか」
「持っているとか持っていないとかは関係ないんですよー!」
「言っていることがさっきと違うのだが?」
それは仕方が無いことだ。私は会長の言葉が駄目だったのだから。あの言葉は危険で会長の存在も危険だ。
駄目だ。ドキドキしたら駄目で、好きになっても駄目だ。
ここは現実であってゲームの世界ではない。会長には婚約者がいて、その婚約者が会長ことを家族としか見てなくても駄目なんだ。
私が会長を好きになっても報われない。
「いいんですよ!」
「君は酷い子だな」
酷くて結構だ。そのまま幻滅すればいいんだ。そうして、私に絡もうとしなけばいいんだ。
そう思うのに、心が痛い。ズキンズキンと痛み出す。
それに気付かないふりをして、私は家までの残り数分の道のりを歩き出した。それに会長は何も言わずに私の後ろを付いてくる。
本当は会長は微かに笑みを浮かべて小さく「酷くて失礼な子だ。それでも手に入れたいと思ってしまう私は馬鹿なのだろうな」と呟いていたのだが、私はそれにも気付くことはなかった。




