乙女を呆然とさせるのは誰?
突然の嵐のような展開に、娘はしばらく呆然と座り込んだままだった。
竜族の青年に拐われ、もう駄目だと諦めかけ、助けを求めたら現れた二人。
ミルクティーの様な髪色をした、チャーミングで男前な少女と、銀色の髪に、軟派な雰囲気の青年。
「いつまでも、娘さんじゃ不便だから名前、教えてくれない?」
呆然と座り込んだままだった娘の側に、ゼノと呼ばれていた青年が、同じ目線になるように、しゃがんで話し掛けてきた。
「あ、マリア・ユフリーと申します。危ないところを助けていただき、ありがとうございました。」と、丁寧にお礼を述べる。
「マリアさんか~。ホントに、危ないところだったね。あのまま助けを求めてくれなかったら、俺達は、手が出せなかった。」
と、ニッコリ笑う。
「あの…何故助けられないんですか?」
あの時、確かに助けを求める言葉は発してなかったが、明らかに青年に対して拒絶の態度を示していたのに、どう違うのだろう。
不思議に思ったマリアは、ゼノに質問してみた。
「まぁ、詳しいことは話せないんだけど、大昔に、人間と竜族の偉い人達の間で、決められた事があるだ。繁殖期に、竜族の青年の求婚に対して、人間の娘が同意した場合のみ、ブロフォンロトスに連れ帰る事を許可するってね。但し、無理矢理連れ拐わる場合は、実力でもって阻止すると。そして、阻止するために組織されたのが、俺達なんだ。」
「そんな、組織かあったなんて知りませんでした…。」
「知らなくて当たり前。竜族の繁殖期の間だけの組織だから、知ってる人は少ない。宣伝してるわけじゃないしね。俺達の組織は噂程度の存在なんだよ。」
確かに、長老のお婆様に教えてもらった時も、半信半疑だった。何故なら、そんな話、聞いたこともなかったからだ。
「それでね、話を戻すけど、嫌がってる場合に助けられない理由ってのは、人間の娘さんは、竜族の青年の求婚を受け入れると、問答無用で世界に行くことになるわけだ。それって、どんなに愛し合ってても、いざ!となったら不安になることもあるじゃない?」
確かに、親兄弟もいない別世界に、たった一人というのは、かなり勇気がいる。
自分自身、王都で騎士を勤める婚約者と結婚したら、住み慣れた村を離れ彼と伴に王都にいくことになる。
気軽に帰ってこれる距離ではないし、王都という都会で住むことに、不安はないといったら嘘になる。
これが、家族の元に二度と戻れないとしたら…。それは不安どころか、恐怖かもしれない。
「確かに、私もそう思ってしまうかも…。」
マリアが、そう言うと、ゼノは「でしょ、でしょ?」眉をひそめる。
「だから、直前になって、怖いからやっぱり辞めた~!!ってなっちゃうことは良くあることなんだよねぇ。」
と、今度は心底困ったという顔をする。
「で、せっかく相思相愛になったっていうのに、一時の不安で諦めるのは勿体なくない?ある意味、運命的な出逢いだっていうのにさ。」
「まあ、確かにそんな気はします。だから、拒絶の態度だけでなく、助けを求める言葉が必要だと?」
「そう言うこと。実際、拒絶だけで助けたら、あの時邪魔をされなければ、愛しいあの人と幸せになれたかもしれないって、怒られることの方が多かったんだよね。」
と、がっくりと肩を落とす。
頑張って助けて、なんで助けたんだと怒られたらそれは、ガッカリもするだろう。
「あんな恐い目に遇っちゃったマリアさんには信じられない事かも知れないけど、竜族の男は、見た目は良いし、愛した女は死ぬまで愛し続けるんだよ。浮気なんて絶対にあり得ないしね。それに、無理強いなんて野蛮なこと、女性にするなんてあり得ない!」
「じゃあ、今回の様な事は珍しい事なんですか?」
ゼノの話を聞いていると、竜族の男達はただの無法者だと思ってきたのが、間違いだった気がしてきて、自分は特殊な例だったように思えてきた。
「そうだね。本来なら竜族の男は紳士的だから、嫌がる娘さんを連れ去るなんて真似は絶対にしないよ。自分の気持ちが、どれだけ本気なのかを一生懸命、相手に伝えて、判ってもらえるように頑張るんだよ。そりゃもう、必死だよ!こっちの世界に来るための資格を得るには、並々ならぬ苦労があるからね。」
と、眉を寄せた。そして、その後すぐに表情を曇らせ、
「けど困ったことに、人間にも悪い奴がいるように、竜族にも頭の悪い馬鹿共がいるんだよね。」
と、ため息をつく。
「今ごろ、その馬鹿一名は、お嬢にボッコボコにされてるんだろうなぁ…。」
と、ニヤリと笑う。
そのゼノの言葉に、ハッとする。
「ゼノさん、竜族の男を相手に、あんな可愛らしいお嬢さん一人で、大丈夫なんですか?私はもう大丈夫ですから、助けに行ってあげてください!」
慌てて、ゼノに助けに行くように促す。
そんな、マリアにゼノは一瞬、驚いたように目を見開き、次には笑いながら、
「大丈夫、大丈夫!マリアさんは優しいねぇ。お嬢は、ああ見えてメチャ強いんだよ。マリアさんをここに置き去りにして、お嬢の所に行ったりしたら、今度は俺がボコられる~。」
と、ブルブルと大きな体を震わせ、大袈裟に怯えてみせる。
でも、と食い下がるマリアに、
「ホントに大丈夫だから、心配しないで。」
とニッコリと笑いながら、心のなかで、
『本来のお嬢の姿が、見えないアイツに、お嬢が負けるなんてことは、あり得ないしね。』
と、付け加えた。
「ホント、マリアさんには申し訳ないって思ってる。一部の馬鹿共のせいで、恐い思いさせちゃって、ホントにゴメンね。」
しょんぼりと、大きな身体を縮めて謝る姿が、可愛らしくて、さっきまで恐怖も薄れ思わず笑ってしまった。
マリアの笑みに、ゼノは、
「やっぱり、女の子は笑顔が一番、素敵だね!そうやって笑って貰えることが、俺達には一番のご褒美だよ。」
と、ゼノは思わず、彼女の手を取り満面の笑顔でマリアを見た。
今まで、連れ拐われそうになっていた恐怖で、しっかりとゼノの顔を見ていなかったが、気持ちも落ち着き、心の余裕も出来てきたようで、いつの間にか、ゼノとキチンと目を合わせて話していることに気がついた。
ゼノの顔を見てみると、かなりの整った顔立ちで、しかも今は、その整った顔は満面の笑顔でマリアを見つめ、手まで握られていた。
思わず頬を赤くしてしまい、私ったら恋人がいるというのにと、そんな自分に驚いて、さらに頬を赤く染めて顔を伏せた。
『俺、今、最高に良いこと言ったんじゃね!』と
ゼノは自分の言葉に惚れ惚れしていた、まさにその時…
「こ~の、歩く不埒男が~!!」という言葉と共に、
ゼノの右側の顔側面に、激しい衝撃が襲い、ゼノは真横にぶっ飛んでいった。
それは、まさに一瞬の出来事で娘は、めったにない呆然としてしまうという状況に再び陥っていた。
地道に、投げ出さす、頑張ってまいります。