乙女の味方は木の上に
「誰だ!!」
声がした頭上を青年が見回すと、大木の太い枝に、小柄な人が立っていた。
ミルクティーのような淡いブラウンの髪をポニーテールにし、大粒のエメラルドような大きな瞳を爛々と輝かせた、性別を感じさせない、中性的な美しい顔立ち。
服装も動きやすさを重視した、町人等が着る男物の服を着ているせいで、ますますもって、性別がわからない。
「おい、そこのお前!さっきから娘さんは婚約者が居るって言って嫌がってるじゃん。なのに彼女に諦めろとか、番になれとか、お前、バカなんじゃないの?」
そう話す声は、凛と澄んだ鈴の音のような、少女の声。
しかし、小さな愛らしい口からこぼれ落ちる言葉は、まるでヤンチャ少年のような口調だった。
「さっさとその、厭らしい腕から娘さんを離せ。そうしたら、無傷でブロフォンロトスに帰してあげてもいいよ?。」
大木とはいえ、木の枝の上で左手を腰に手をあて、ぐらつくことなく、少女は右手を竜族の青年に向けてビシッと指を指した。
そんな凛々しい少女が立つ大木の根元には、いつの間に現れたのか、銀色の髪に、少し垂れ目がちなアイスブルーの瞳。
不適に笑った顔は、甘い軟派な優男といったところだが、少女と同様に、まったく気配も感じさせずに大木に背を預け、腕を組んで立っていた
「お嬢はホントに高い所が好きだなぁ。あ、そうそう。知ってる?バカとけむ…ブッ!!」
大木に背を預け、腕を組んで立っていた青年に、少女が投げつけた小枝が顔にクリーンヒットし、青年は最後まで言葉を続けることが出来なかった。
「黙れ!ゼノ。僕はバカじゃない!それに、ヒーローは高い所から颯爽と飛び降りて、ピンチに陥ったヒロインを助けるものって、相場は決まってるの!」
「えっ…?お嬢それ、本気で言ってんの!?」
青年は目を見開いて驚き、
「うわ~。何、もしかして自分のことをヒーローとか思っちゃってるの?…。お嬢、痛い…それ痛い人過ぎるわ~。」
と、可哀想なものを見る目で、少女を見つめた。
「な、なんだその目は!可哀想なもの見るような目は止めろよ。クソッ、バカゼノのくせに生意気だぞ!」
少女にとってヒーローとは、か弱い女性を颯爽と現れ助けるものだと、木の上の少女は本気でそう思っている。
仕種や見た目と裏腹に、意外にも年頃の少女が持つような理想像に憧れていたのだ。
それなのに!ゼノの大馬鹿者は人を小馬鹿にしたようなこと言った。
お嬢は、怒りと、恥ずかしさとで、顔を真っ赤にして怒鳴ると、
「お嬢ってば、女の子がクソッとか言わないの。まったく、言葉遣いは残念だけど、相変わらずの可愛らしい乙女思考だねぇ。」
ニヤニヤとゼノは笑っていた。
「む~か~つ~く~!ゼノ、お前、僕のこと馬鹿にしてるんだろ!何が可愛いだ!そんなことコレっぽっちも思って無いくせに。クソ、ケンカ売ってるなら、買ってやるからここまで上がってこい!!」
そう怒鳴ると、
「失礼だなぁ。俺はいつでも、お嬢のことホントに可愛い女の子だと思ってるのになぁ。」
「ゼノ~!!お前のその口調が、嘘臭いんだよ!」
こうしてゼノと、枝の上の少女との、まるでじゃれあいのような言い合いを、娘達をそっちのけで、始めてしまった。
突然現れ、突如始まった二人のじゃれあいのような言い争いに、竜族の青年も連れ拐われそうになっている娘も、我を忘れて呆然と立ちつくしていたが、竜族の青年がまず、我にかえった。
「なんなんだ、貴様ら!何を野郎同士でイチャイチャしやがって気色悪いんだよ!下らないじゃれあいなら、家に帰ってからやりな、この餓鬼どもが!」
「や、野郎同士でって、失礼な!!どこからどう見ても僕は女だろ!お前の目腐ってんじゃないの?」
「そうだぞ~。お嬢ほど、可愛らしい乙女チックな思考の持ち主なんて、なかなか居ないぜ。」
「ゼノ、お前は黙ってろ!!」
またもや、始まりだした言い合いに、竜族の青年は苛立ちを露にし、
「お前ら、いい加減にしろ!!おい、木の上の餓鬼!お前どこからどう見ても、男だろう。お前の胸はどう見てもペタンコじゃねぇか。」
竜族の青年はフフンッと嘲笑い、明らかな侮辱の言葉をまだ頭上の少女に吐いた。
竜族の青年の言葉に、少女は自らの胸元に手をやる。
確かに、少女の胸は同じ年頃の少女の平均値よりも、ささやかな大きさの胸で、お嬢と呼ばれている少女はショックを受けたのか、俯き小刻みに震えている。
その姿に、調子に乗った青年は、さらに少女に
「むしろ、ペタンコどころか、抉れてるんじゃねぇの!」
と、ゲラゲラと笑った。
そんな、青年にゼノが、
「あ~あ、お嬢の逆鱗に触っちゃったよ、お前。」
と、心底憐れみの目を向けた。そして、
「死んじゃうかもよ?」
と、ニヤリと笑ったが、青年に向けられた目は、明らかな殺気で光っていた。
さっきまでの、軟派な雰囲気は綺麗に吹き飛び、今は殺気だけを身に纏っている。
豹変したゼノの殺気に、青年は思わず後退りをしていた。
そして、俯き泣いていると思っていた少女からも、ゼノの殺気がそよ風だとしたならば、少女の殺気は重く、押し潰さんばかりに溢れだしていた。
その、重苦しいまでの殺気に、顔色は青を通り越して、真っ白になり、青年はガタガタと震えだした。
しかし、青年に抱き抱えられたままの娘には、青年が何に怯え、震えているのか、娘にはまったく判らない。
木の上の少女は、青年の言葉に傷付き俯き泣いているように見えるし、ゼノと呼ばれている青年は、相変わらず笑顔のままだった。
(何が起きているの?)
青年と二人を、交互に見ていたら、震えていた青年の腕から力が抜け、娘はズルズルと地面に下ろされた。
娘を下ろし、身軽になった青年は、「うぎゃぁ~!!」
と、情けない悲鳴を上げながら、脱兎の如く逃げたした。
ヒラリと木から飛び降り、静かに娘の元に歩み寄ると、座り込んだままの娘に目線を合わせ、優しく頬に触れ、
「僕達を呼んでくれて、ありがとう。良く頑張ったね。」
と、ニッコリ微笑んだ。
そんな男前な仕草に、少女だと判っているのに頬が熱を持ち、赤くなるのが判った。
そんな自分に驚いていると、
触れていた娘の頬から指を離し、笑顔から一転、引き締まった表情で、
「ゼノ、娘さんを頼んだよ。」
と、少女はしなやかな猫科の獣のような足取りで、すでに見えなくなってしまっている獲物の背中を追いかけだし、ゼノのと呼ばれる青年は、「了解。」と片手を挙げて、少女を見送った。
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