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鬼の花嫁  作者: 露爛
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第四話

「これは、なかなか綺麗な嫁だ」

「よかった。紅葉が私のように神を神とも思わないような傍若無人な男に苦労させられるようなことがなくて………」

何か聞こえる。

眠りと現実の狭間で、朝霧は誰かが自分の側で会話を交わすのをぼんやりと聞いた。

だが、紅葉に求められ散々愛された体は、朝霧本人の言うことすら聞かず、瞼も重く上がらない。

朝霧はうつらうつらとしたまま、聞くとはなしに聞こえてくる会話に耳を傾けた。

「何を言う。俺の何処が不満だと言うのだ。俺のようにこんなにも伴侶を一途に愛し、大切にする男は滅多にいないぞ。床でも毎晩十分に満足させてやってるだろうが」

「お前様のそういう所が嫌だと言っているのだっ。だいたい………」

興奮してきたのか段々と大きくなる声に、朝霧はさすがに目を開けた。

目をしばたかせ、ちらりと視線を巡らせば、紅葉と朝霧の眠る布団の横に座り込む男が二人。

いや、正確にはそのうち一人は鬼であった。

紅葉と良く似た角が、鬼の頭上で輝いている。

だが、燃えるような色彩を持つ紅葉とは異なり、この鬼は処女雪ような純白の鬼だった。

繊細なつくりの鬼はしかし、ぷりぷりと怒りながら、自分の隣に座っている男に向かって文句を垂れている。

男の方はと言えば、そんな鬼の様子を何処か楽しそうに見つめていた。

この二人はいったい………?

「???」

「おっ。やっと起きたようだな」

人間の男の方が先に朝霧の覚醒に気付き、朝霧に向かってにかりと男らしい笑みを向けてきた。

「はじめまして、嫁御殿。俺はお前さんの舅だ。俺のことは気兼ねなくお父様と呼んでくれ」

「え?お、お父様………?」

突然のことに頭がついていかず、朝霧は男の言葉をオウム返しに返した。

「ははっ。素直で可愛い嫁だ!!」

男は豪快に笑う。

そんな男を押しのけ、鬼が朝霧を見た。

その瞳は曇り空というには随分と透き通った灰色だ。

「嫁御殿。私は白永はくえい。それの親だ」

白永がそれと言って紅葉を見遣る。

その紅葉は、これだけ近くで騒いでいるというのに、あどけない寝顔をさらし、まだ眠っている。

白永は嘆息した。

「まったく誰に似たのやら………ほんに寝ぎたない息子だ」

「え?あ…舅?…お父様?…息子…って、ええ!?お父様、お母様!?」

やっと状況が飲み込めた朝霧が、がばりと身を起こす。

だが、自分が何も身につけていないことに気付き、気まずげに布団をたくし上げた。

「こ、こんな恰好で申し訳ありませんっ」

「はははっ。我が息子ながら随分と精力旺盛のようだな!!」

男の…いや義父の言葉に、朝霧は真っ赤になった。

「これ。四郎!!嫁いびりなんぞするな。逃げられでもしたらどうするつもりだ!!」

「虐めてなんてないさ。なぁ、嫁御殿」

「は、はぁ………」

「嫁御殿。こやつのたわけた言葉は聞かずとも良いぞ」

言いながら白永は側に投げ出されていた朝霧の着物を拾い上げ、わざわざ自ら朝霧の側に寄り、肩に被せてくれた。

義母に世話を焼かれ、朝霧は恐縮する。

ん?この鬼も男性に見えるのは気のせいだろうか?

はて?紅葉はどのように生まれたのだ?

「して、嫁御殿。名はなんというのだ?」

朝霧のすぐ側に腰を下ろし、白永は興味津々といった様子で尋ねてきた。

白永の問いに、自分がまだ名も名乗っていなかったことに気がつき、朝霧は慌てて二人に頭を下げた。

「あっ。これは申し訳ありません。私は朝霧と申します。現当主の甥にあたる者です」

「朝霧か。綺麗な名だな」

朝霧の無礼を気にした様子もなく、白永がにこりと微笑む。紅葉とはまた違った美しい鬼だ。

「当主の甥か。随分本筋に近い所からつれてきたのだな」

「え?」

四郎の感心したような声に朝霧は不思議そうに首を傾げた。

「俺の時はまだ村だったからな。村の中で調度良さそうなのを見繕って花嫁にしてた」

「そうだったんですか。でも、前回も男の花嫁だったんですね。あ。花婿ですかね。お父様の場合」

そう言いながら、朝霧は少し探るように義父・四郎を見た。

26の男で花嫁とか言われてる自分が言うのも何だが、確かに二人は似合いではあるものの、花嫁と言ったら、普通娘を差し出さないだろうか?

いったいどうやって彼に決めたのだろう?

朝霧が不思議に思って尋ねると、四郎は、わははと笑いながら手を振った。

「いやいや。そんなわけなかろうが。本当は俺の妹が花嫁になるはずだったんだ」

「ええっ?」

あっけらかんと言ってのける四郎に、朝霧は驚きの声を上げた。

なんだか自分と同じような展開な気が………

「その時、妹には好いてる男がいてな。神だなんだと言ってるがきっとどこぞかの悪い妖怪だろうと思って、そんなもんは俺がぶちのめして、こんな悪習は俺が終わらしてやろうと、家にあったなたを持って妹の代わりに籠に入ったんだ」

うわー。自分とは大違いだ。

しかも鉈って………

「ぶった切ってやろうと待ち構えてたんだが、こいつを一目見た瞬間、俺はこいつに惚れてしまってなぁ。そんなことすっかり抜け落ちちまった」

わはは。と、再び豪快に笑う四郎を、白永がキッと睨み付ける。

「あ、あの時は驚いたぞ!!蓋を開けた途端襲い掛かられるし、自分の顔のすぐ横に鉈が突き刺さったかと思えば、いきなり…いきなりぃ…」

白永がわなわなと震える。

白石の頬にはうっすらと朱が挿している。

「抱かれちゃったし?」

にやにやと笑いながら、四郎が白永の細腰を抱き寄せる。

白永は「やめろ!」と言ってもがくが、腕の力は緩まない。

それに、朝霧の目から見たら、二人がいちゃついているようにしか見えない。

自分は見せ付けられているのだろうか………?

「煩い!私は情緒のないやつは嫌いだっ」

「俺以外の、だろ?」

「知るか!!」

朝霧は目の前で繰り広げられる夫婦漫才を暫く呆然と見つめていたが、気がつけば、厭味なくぽろりと言葉が零れ出た。

「仲が宜しいですねぇ………」

二人の動きがぴたりと止まる。

だが、次の瞬間には、四郎はさも愉快そうに笑いだし、白永は真っ赤になった。

「ち、違うっ!!何を言っているんだ朝霧!!」

「違わないだろう。人前でいちゃついたことなんてなかったから、照れているだけだから気にしないでくれ。朝霧」

「………はぁ」

朝霧の曖昧な返事を余所に、二人はまた何か言い争いのようなものを始める。

といっても、白永が一方的に怒っていて、四郎はにやにやと余裕の笑みを浮かべて、白永の言葉を軽く受け流しながら、時折茶々を入れてからかっては、白永がさらに怒るということを繰り返している。

ただ、そこに陰惨な雰囲気はなく、四郎の瞳は愛しげに白永を見つめており、白永も本気で怒っているわけではなく、照れ隠しに近いものがあり、夫婦のコミュニケーションの一貫といった様子だ。

何と言うか………賑やかな人達だ。

朝霧はちらりと横で眠る紅葉を見た。

こんな二人に育てられたから、純粋で素直な気性の持ち主になったのだろうか?

朝霧はくすりと笑んで、手触りの良い紅蓮の髪を優しくすいた。

「………んんっ」

紅葉がくすぐったそうに身をよじる。

ぴくりと瞼が震え、何度かしばたいたあと、まだ焦点の定まらない様子の深紅の瞳が、ぼんやりと朝霧を見つめた。

そして、朝霧の存在を認めると、にこりととろけるような笑みを浮かべて微笑んだ。

「………朝霧」

幸せで仕方がないといった様がありありとわかる声音で呼ばれ、朝霧の表情も自然と緩む。

「おはようございます。やっと目が覚めましたか?紅葉」

するりと頬を撫でれば、その手を取られ、優しく指先に口づけられる。

「おうおう。見せ付けてくれるねぇ、お二人さん」

四郎の茶化す声に朝霧ははっと我に帰る。

これじゃ、自分達だって目の前の夫婦となんらかわらない。

朝霧はぼっと頬を朱く染めた。

紅葉も驚いた様子でこちらを見ていた両親を見る。

「父上っ。母上っ。何故ここに!?」

「お前がなかなか嫁を見せに来ないから、わざわざこちらから来てやったんじゃないか」

「だからってわざわざ………」

「やっと良き伴侶が見つかってよかったな紅葉」

戸惑う紅葉の様子なんぞ気にもとめず、白永が嬉しそうに息子を見た。

過去の契約の失敗のせいもあるのだろう。白永の喜びは一塩のようである。

自分に伴侶が出来たことを、心から喜んでくれている母の様子に、紅葉も少し照れ臭さも混じった幸せそうな表情を見せた。

「はい。母上」

「朝霧。息子を宜しく頼む」

「はい」

真摯な瞳でひたと見据えられ、朝霧も姿勢を正して頷いた。

始まりは予想だにしていなかった展開で恐怖に怯えたが、優しく誠実な鬼の心に触れ、彼の伴侶になることを自らの意志で決めた。

本来なら出会うことすらなかったかもしれない彼との偶然の巡り会わせを嬉しく思う。

自分を嵌めた従姉妹にも感謝したいくらいだ。

自分はこの鬼と生きていく。

この鬼とならば、きっと幸せになれる。

「紅葉。愛しています」

朝霧はそっと愛しい鬼の耳元に囁いた。


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