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鬼の花嫁  作者: 露爛
2/5

第二話

「よ、嫁御殿?」

突然しおらしさのかけらも無くなった朝霧に、鬼神はうろたえた声を上げたが、朝霧はそんなものを無視して、鬼神の頬をがしりと捕まえると、紅も付いていないのに紅く鮮やかな唇に自分のそれを押し付けた。

自分を抱く鬼神の体が硬直したのが分かる。

だが、朝霧は鬼神を捕らえたまま離さなかった。

そして、朝霧は柔らかい唇に十分吸い付いてから、ゆっくりと唇を離した。

掴んだままの頬は熱を帯び、どうしたのかと見上げてみれば、頬を真っ赤に染めて激しく動揺している鬼神の姿が目に映った。

「鬼神様?」

可愛い………。

見た目に反したその初な反応に笑いそうになるのを堪えながら、朝霧は小首を傾げて鬼神を見つめた。

「………う、あ…」

気が動転しているのか、鬼神は意味を成さない音を出しただけだった。

「鬼神様?嫌でしたか?」

そうじゃないことは分かりきっていたが、あまりにも初々しい様子を見せる鬼神に、朝霧は少しいじめたくなってしまった。

自分より余程男らしいのに、何故か可愛い。

思わずつっつきたくなるというのはこういうことかと、朝霧は初めて知った。

なんだか、楽しくて癖になりそうだ。

「い、いや。そんなことは………」

「それなら良かった」

にこりと微笑めば、鬼神は困ったような表情を浮かべて、ふいと朝霧から視線を反らした。

「まだ迷いますか?」

「………ち、違うのだ。私は………人に触れたのは、父上以外は嫁御殿が初めてで………その、どうして良いのか分からないのだ」

「え?」

「この世に生を受けて十八年。私は人里離れた山奥で両親と暮らしてきた。だから、私は人を父以外は嫁御殿しか知らぬのだ」

「はぁ!?」

朝霧は驚いた。それはもう、本気で。

何にとは、勿論彼の年齢に、だ。

「じゅ、じゅうはちぃぃい!?」

八つも年下!!

この男前がまだそんな年だったとは………。

成長速度もきっと人とは違うのだろう。

「十八では駄目なのか?」

不安そうに見つめられ、朝霧はうっと言葉を詰まらせた。

その瞳があまりにも純粋で。無理矢理唇を強奪した己が、物凄く悪人に思えてくる。

相手は人では無いとはいえ、まだ十八。たくさんのものを見、知り、成長していく、まさにそんな時期にある。

自分が相手で本当にいいのか………?

「………」

じっと考え込むように黙り込んでしまった朝霧に、鬼神はさらに不安そうな顔をした。

「嫁御殿?」

朝霧の手が、思わず鬼神の頬に伸びる。

こんな表情を見せる彼を、愛しいと思い始めている自分がいることに気付かされる。

だが、

「………駄目ではありません。ですが、私は貴方よりも八つも年上ですよ?貴方ならもっと若くて可愛らしい妻を娶ることだってできるのに………」

朝霧の中で迷いが生じた。

きっと、狭い世界で生きてきたから、分からないだけ。知らないだけ。

世の中には朝霧よりも美しいものはたくさんある。

今は人が珍しく、朝霧に興味を持っているだけだ。

他を、世界を知ってしまえば、自分なんて薄れてしまうに違いない。

自分が邪魔になる時が来る。

「鬼神様にとって私は、初めて親以外でまともに話した人間だから、そのせいで私のことが気になるだけです。もう少し、世界を見て、考えてからでも………」

「嫁御殿は私と一緒にはなりたくないのだな」

「いえ、そんなつもりは………」

「だが、貴方が言う言葉は私を拒絶している。私は一目見て嫁御殿が気に入ったというのに。嫁御殿は私が嫌か?やはり、鬼は嫌か?化け物は恐ろしいか?」

苦しげに喘ぐように鬼神が言い募る。

「嫁御殿の前に私の伴侶にと選ばれた娘は、鬼の嫁になるのは嫌だと私の目の前で首を切った」

「……っ!!」

「人間の憎悪の感情やその気の篭った血や骸は、鬼にとって毒だ。過去二度の儀式の後、穢れに侵され動けなくなった私を、母は涙を流しながら看病してくださった。一度ならず二度までも母を悲しませてしまった自分が情けない。だから、もう同じことは繰り返したくないのだ。それに、鬼であっても拒まれれば傷つく。もう………傷つきたくない」

消え入りそうな悲痛な叫びに、彼の思いが色濃く滲む。

彼の思いが切ない。

自分のことだけで手一杯だった朝霧に、彼の気持ちまで慮る余裕は無かった。

ただ、世界の広さを知ってしまった彼に、飽きられることを恐れて。

彼のためと言いながら、本当は自分のための逃げ道をつくろうとしているだけだった。

それでも、そのことに気付いていながら、朝霧は試すような言葉を選んでしまう。

「貴方はまだ若い。きっとこれから貴方は、私よりも美しいものをたくさん知る。安易に私を選んだことを後悔するかもしれません。私は何よりそうなってしまうことが恐ろしいのです。それでもとおっしゃいますか?」

「鬼は愛情深い生き物だ。母がそう言っていた。一度愛したら一生その一人だけを愛する。相手を失ったら生きてはいけない。心弱い生き物だと」

鬼神はふわりと優しく微笑んで、朝霧の手を握った。

「私は貴方がいい。もう貴方でなければ駄目なのだ。私の命はもう貴方だけのものになった」

「鬼神様………」

「それでも、私の手を拒むのならば、今ここで私の心の臓を取り出し息の根を止めてくれ」

「え!?」

鬼神の恐ろしい言葉に朝霧はびくりと肩を揺らした。

「大丈夫。私一人が消えたところで契約は消えない」

「そ、そんな問題じゃないですっ。私には貴方を殺すことなんて出来ない。私は26年も生きていながら、こんなにも美しい生き物を知らずに生きてきた。本の虫で友人も少ないし、器量がいいわけでもない。昔可愛がった従姉妹殿にも騙されるし………。私は貴方に愛される自信が無いです」

段々何を言っているのか自分でもわけがわからなくなってきた。

ただただこんな女々しい自分が情けなくて、ぼろぼろと涙が零れてきた。

鬼神は朝霧の手を離し、今度は涙の流れる両頬をそっと挟み込んだ。

そして、戸惑いもせずに、流れ落ちる涙を嘗め取る。

その感触に、朝霧は驚いて目を見張った。

「父が言っていた『誰かを愛しいと想う気持ち』とは、こういうことを言うのだろうか?私は今、貴方を抱きしめたくて仕方が無い。駄目か?」

朝霧はまだぐすぐすと鼻を啜りながら、それでも真っ直ぐ鬼神を見つめた。

「駄目じゃ………ない、です」

「そうか。よかった」

そう言うと、朝霧の頬に触れていた手が、今度は背に回った。

ぎゅっと抱きしめられる感覚に、胸が高鳴る。まるで生娘にでもなった気分だ。

朝霧も現実であることを確かめるように、そっと鬼神の着物の端を申し訳程度に掴んでみた。

上等な生地の手触りだ。

だが、これだけでは物足りない。

もっと彼に、彼の肌の温もりも感じたいと、浅ましいほど彼を求めてしまう。

だが、とてもじゃないが、その欲求は口にできない。

「鬼神様………」

朝霧は助けを求めるように、潤んだ瞳で鬼神を見つめた。

「嫁御殿………すまない」

「え?………あっ」

鬼神の呻くような囁きに、首を傾げた朝霧だったが、突然、その場に押し倒され、さすがに戸惑った。

しかし、朝霧の薄い唇を割って熱い舌が入り込んできた途端、その熱に夢中になってしまい、そんな戸惑いも忘れ去ってしまった。

彼の太い首に自分の腕を回し、もっとというように強く引き寄せる。

「愛しい。愛しい嫁御殿」

「鬼神様。朝霧です。私の名を呼んでください」

「ああ。朝霧。美しい名だ」

鬼神が愛しげに朝霧の肌を撫でる。

「朝霧。私の朝霧。私の名も呼んでおくれ。紅葉くれはだ」

「くれ…は…?」

「そうだ。秋に焼けた葉と同じ名だ」

「ふふ。貴方にとても相応しい名だ。貴方の髪は、秋の野山のように美しい」

朝霧はうっすらと微笑を浮かべ、紅葉の赤髪を優しく梳いた。

「気に入ってくれたか?お前が私を少しでも好いてくれたのなら嬉しい」

「紅葉様………」

「紅葉で良い。朝霧。そなたを人の輪廻から外させてしまう代わりに、大切にすることを誓う」

朝霧の手を取り、そっと口付ける。

その瞳はずっと彼に付き纏っていた憂いも晴れ、とても、心から幸せそうな暖かな光をたたえていた。


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