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一緒に死んでやり直そうと約束したのに、なぜか死に戻ったのは私だけでした

作者: 桜百合
掲載日:2026/07/05

お読みいただきありがとうございます。

いつもムーン先行なので、なろう先行で投稿するのはこれが初めてです。

至らぬ点もあるかと思いますが、最後までお読みいただけると嬉しいです。

「本当にいいのか? 覚悟はできているのか?」


「今さらそんなこと言わないで。覚悟なら、とっくにできているわ」


 マリアは幼馴染のアンソニーと向かい合うような形で、教会の祭壇の前に座り込んでいた。

 二人を取り囲むように地面には魔法陣が描かれている。

 マリアは愛しい男性と結ばれるために、秘術に手を出そうとしていたのだ。


 子爵家の娘であるマリアは、侯爵令息のアンソニーに幼い頃から恋をしていた。

 いつしか彼も同じ思いを抱いてくれていたことを知り、やがて幸せな未来を掴み取るのだと信じて疑わなかったが、そんな儚い希望はあっけなく消え去ることとなる。


 アンソニーの父であるオズワルド侯爵が、二人の結婚に難色を示したのだ。

 理由はいたって単純で、マリアとアンソニーの家格が釣り合っていないというもの。

 彼は見目麗しく、学業や武術にも秀でる優秀な侯爵家の跡継ぎだった。


 そんな彼ならば結婚相手はもちろん引く手あまたで、見合いの打診がひっきりなしに持ち込まれていると耳にしたことがある。

 大切な跡継ぎ息子が子爵家の娘であるマリアごときと結婚するのは、侯爵からすると面白くなかったのだろう。


 結局侯爵から結婚の許可を得ることができないまま年月だけが過ぎ、マリアは二十歳に、アンソニーは二十一歳となった。

 互いに結婚適齢期だというのに、こんな経緯があり婚約すら結ぶことは叶わなかったのだ。


 マリアの両親であるシュライン子爵夫妻は、娘とオズワルド侯爵令息との結婚をやめさせようとした。

 釣り合いの取れない相手に、無理に背伸びをして嫁ぐ必要はないと。

 相手の家から疎まれている状態で嫁ぐのは、針のむしろで苦痛しかないのだとマリアを説得した。

 しかし何度両親から諭されても初恋を諦めることができなかったのだ。


 そんなマリアのことをさらなる悲劇が襲う。

 オズワルド侯爵が勝手にアンソニーの婚約を決めてしまったのだ。

 相手は格上の公爵令嬢で、かねてより彼に思いを寄せていたらしい。

 アンソニーの隣にはいつもマリアがいたため叶わぬ想いだと諦めていたところを、侯爵からまさかの婚約の了承が得られたのだと舞踏会で話していたことを覚えている。


 アンソニーは父に強く抗議したが、その意見が聞き入れられるはずがない。

 あれよあれよという間に話が進められ、半年後には結婚式を挙げるという手筈となってしまった。

 そして、もしもマリア側がこの婚約を破談にさせるような真似をするならば、シュライン子爵家との関わりを今後一切絶つだろうと宣言もされてしまったのである。

 オズワルド侯爵家は社交界でもかなり強い力を持つ一族であり、そんな侯爵家から断絶宣言をされてしまってはマリアの実家は社交界での居場所を失ってしまうだろう。

 いくらアンソニーのことを愛していても、実家の面々に迷惑をかけるような真似をすることはできなかったのだ。


 マリアは悲嘆に暮れた。

 そんな時、「秘術で共に死に戻ろう」とアンソニーから提案されたのだ。


 この国では代々言い伝えられている伝説がある。

 それは「魔法陣に入り自ら命を絶つと、死に戻って人生をやり直すことができる」というもの。

 この魔術を使い、マリアはアンソニーと共に死に戻って人生をやり直すことを決意したのだ。


「この毒を飲めば……すぐ眠るように死ねるのね?」


「ああ、そう聞いている。そうしたら次に目覚めた時には……」


「四年前に王城で開かれた舞踏会の、少し前に死に戻っているはずよ」


 命を断つ際に思い浮かべた時期に死に戻ることができると、以前目にした書物には書いてあった。

 まだアンソニーの婚約が決まっておらず、オズワルド侯爵もマリアたちの関係に深く関わっていなかった四年前。

 この国では正式に婚約を結んでしまうと、よほどの理由がない限りそれを破棄することはできない。

 だからアンソニーが婚約を結んでしまう前に、なんとしても手を打つしかないのだ。


「その舞踏会で、王子殿下に僕たちの関係をお伝えしよう。そして王家から結婚の許可を得ることができれば……」


 アンソニーとこの国の第一王子は学友で、舞踏会でも必ず挨拶を交わす仲だ。

 彼に頼み込み、国王へ自分たちの結婚を直訴するしか手はない。


 マリアはアンソニーが手にしていた小瓶の中から、白く小さな毒薬の粒を一つ摘まんで取り出す。

 魔法陣を有効化させるための術はすでに唱え終えており、その証拠に周囲が僅かに光り始めていた。

 あとはこの毒を口に含んで絶命すれば、術の完了となる。


 マリアはアンソニーの方を見つめ、どちらからともなく頷き合う。

 そしてそれを合図に、毒薬を口に入れてごくりと飲み込んだ。

 わずかな苦み以外は何も感じられないが、喉を通り体内へと取り込まれていく。

 やがて視界がぼやけ始め、猛烈な眠気に襲われた。


 ──眠るように死ねるというのは、本当なのね。


 そんなことを考えながらアンソニーの方を見ようとしたが、ぼやけた視界ではよく彼の姿を捉えることはできなかった。

 そのうち視界だけでなく意識も遠のき始め、マリアはそのまま魔法陣の中に倒れ込むようにして絶命したのである。


 ◇


 やがて計画通り目を覚ましたマリアは、同じく死に戻り一度目の人生の記憶を宿したアンソニーがやってくるのを待っていた。

 しかし、いくら待っても彼がやってくることはなかったのだ。


「お嬢様、そろそろ夕食の時間ですよ」


「でもルカ、アンソニーがまだ来ないのよ。約束しているのに……」


 マリアの護衛を務めるルカが、早く食堂へ向かうようにと急かしてくる。

 もちろん彼に死に戻りの事実を伝えるような真似はしていない。


「今日はさすがにもういらっしゃらないのでは? 日も落ち始めていますし」


「わかったわ……」


 きっとちょっとした手違いで、アンソニーと死に戻るタイミングがずれてしまったのかもしれない。

 そう思ったマリアは、翌日からもひたすらに彼の到着を待った。

 しかし待てど暮らせど、アンソニーが姿を現すことはなかった。

 痺れを切らしたマリアは、オズワルド侯爵家に彼との面会を申し入れることを決めたのだ。


「マリア? 突然どうしたんだ、次に会う約束は三日後だろう?」


 呑気な顔でアンソニーが告げた言葉。

 その言葉で彼は未だ死に戻っていないことを確信した。

 今目の前にいる彼は、共に秘術に手を出した時の記憶を持たない昔のアンソニーなのだと。


 どうして彼は死に戻らなかったのだろうか?

 魔法陣や唱えた呪文に何か抜けがあったのだろうか。

 理由はわからなかったが、作戦が失敗したことだけは明らかだった。


「あら……ごめんなさい、約束を勘違いしていたみたいね。今日は帰るわね」


 マリアは真実を話すことはせず、早々に侯爵邸をあとにした。

 素知らぬ顔をしてアンソニーと何事もなかったかのように接するほど、強い心を持ち合わせてはいなかったからだ。

 そしてその日以降、マリアはアンソニーと距離を置くことにした。

 彼とどれほど仲を深めたところで、やがてやってくる悲劇を思い出せば意味がないからだ。

 これから先どうすればいいのか、いくら考えても答えは出ない。


 日々を悶々と過ごすマリアの支えとなってくれたのは、他でもない護衛騎士のルカだった。

 彼は決して口数の多い男ではないが、いつだってマリアの話を聞く時の顔は真剣そのものだ。

 彼とたわいもない話をしている時間だけが、マリアを唯一未来への不安から救い出してくれた。


 しかしそんな心穏やかな時間は長くは続かないもの。

 ルカが突如王家の騎士団に所属することとなったのだ。

 一度目の人生でもそのような話が出たことは覚えているが、当時ルカはそれを断っていた。


 今回も断るかと思いきや、その話を受け入れたのだという事実に驚く。

 マリアが死に戻ってから以前とは違う行動を取ったことで、周囲の者たちの人生にも影響を及ぼしてしまったのだろうか。


「ねえルカ、どうして突然騎士団に行こうと思ったの?」


 前は行かなかったのに、なんて愚かなことを口にはしない。

 しかしどうしても理由が知りたかった。

 幼い頃身寄りを無くしたところを、遠縁であるシュライン子爵に引き取られたルカは、幼い頃からマリアと共に時間を過ごしてきた。

 子爵令嬢に専属の護衛騎士がつくのは珍しいが、あまり友達もおらず一人寂しそうにしていたマリアを心配した父の計らいでもあったのだろう。


 四つ年上のルカは自分にとって優しい兄のような、時には友人のような存在で、彼にならなんでも悩みを打ち明けることができたのだ。

 そんなルカを突然失ってしまうのは、想像以上に悲しい出来事だった。


「……お嬢様をお守りするためです」


「私を?」


「おそばにいなくとも、私はいつもあなたのことを思っています」


 ルカはそれだけ言い残し、騎士団へと旅立っていった。

 次に会えるのは果たしていつになるだろうか。

 彼がそのまま騎士団に所属し続けることを選べば、もう会うことはないのかもしれない。

 その選択を拒む権利などマリアには無いのだが、どうしようもなく虚無感に襲われた。


 ルカが去ってから気づいたこと、それは思っていた以上に自分の中で彼の存在は大きかったのだということだ。

 いつも当たり前のように隣にいた存在が消え、心にぽっかりと穴が空いたようだった。


 ──そういえば、アンソニーと秘術を実行しようと決めた時も……。


 ルカにだけはその真実を話そうかと、最後まで悩み考えたのだ。

 しかし最終的にそれを行動に移すことはなかった。

 自室の机の上に事情をしたためた彼宛ての手紙を残してきたのだが、あちらの世界の彼は果たしてそれを目にしただろうか?

 今となってはわからない。

 だが幼い頃から支えてくれた護衛騎士に、悲しい思いをさせているのかもしれないという事実だけは心苦しかった。


 ◇


 マリアがこの世界に死に戻ってから、三年の月日が経った。

 結局死に戻ったあの時のアンソニーがマリアの前に姿を現すことはなかったが、彼はこの世界でもマリアのことを愛してくれた。

 いや、むしろあの時以上かもしれない。

 彼から距離を置いたことが関係しているのかわからないが、アンソニーがマリアに執着していることは間違いなかった。

 その証拠に、日に日に彼の求愛は執拗になっていく。


 だが、なぜか以前のような情熱を彼に向けることのできない自分がいた。

 とはいえ、せっかく彼と結ばれる日を夢見て死に戻ったのだ。

 自分たちの婚約を認めてもらえるように王家へ直訴しようとアンソニーに提案してみたが、彼の反応はマリアが期待していたものではなかった。


『焦ってはいけないよマリア、今はまだ時期尚早だ。まずは父の説得を試みよう』


 これがアンソニーの返事だ。

 どれだけ時間をかけてもオズワルド侯爵の気が変わることなく、むしろ頑なに拒絶される一方だというのに。


 そして案の定事態が好転することはなく、再びアンソニーは例の公爵令嬢と婚約を結んでしまったのだ。

 この結末はわかりきっていたこととはいえ、一体自分は何のために死に戻ったのかとやるせなくなる。


 やがてアンソニーは一度目の時と同じように、秘術に手を出さないかと提案してきた。

 共に死に戻り、今度こそ結ばれるように人生をやり直そうと。

 以前のマリアならばその提案を泣いて喜んだだろう。

 しかし今はもう違う。

 そこまでしても、結局同じことの繰り返しになることがわかったからだ。

 なにより自分の中で、アンソニーへの気持ちが変化したことが大きいのかもしれない。


 ──死んでまで追いかけるほどの思いは、もう……。


 決して報われることのない恋を、何度も自らの命を犠牲にしてまで追いかけ続けることに何の意味があるのだろうか。

 そのたびにルカや両親をはじめとする大切な者たちを悲しませることになる。


 考えた末に、マリアはアンソニーの提案を断ることにした。

 これですべて終わらせ、自分は初恋をきっぱりと捨て去り新しい人生を歩もうと決めたのだ。


「私……あなたへの気持ちはもう諦めることにするわ。あなたは婚約者の方と幸せになって構わないのよ」


「なんだってマリア!? どうしてそんなひどいことを!」


 しかし意外にもアンソニーは引き下がらなかった。


「まさか僕以外に誰か想いを寄せるやつができたのか? 確かに最近の君は、物憂げで様子がおかしかった!」


 子爵家を訪問したアンソニーに自らの決意を告げたマリアは、突如激昂したその姿に戸惑いを隠せない。


「アンソニー、どうしたの一体……あなたらしくないわ」


 いつもとまるで様子の違う彼に戸惑いながら、マリアは部屋を出て行こうと入り口の扉の方へ向かう。

 しかしその手を強く捉えられてしまったのだ。


「君は昔からずっと、僕のことが好きだったんじゃないのか?」


「好きよ、ずっと好きだったわあなたのことが」


 なんとか彼を落ち着かせようと、必死に宥めるかのように同じ言葉を繰り返す。


「ではなぜ共に死んでくれない? 君の僕への気持ちはその程度のものなのか?」


「や、離してアンソニー! 私たちは結ばれない運命だったのよ!」


 前回の人生にはなかった出来事のため、何が正解なのかマリア自身にもわからないのだ。

 じりじりと体の距離が近くなり、アンソニーの恐ろしい表情がはっきりと目に入る。


「君が別の男と一緒になるなんて許さない」


「いや、やめて! ルカっ! ルカ助けてっ!」


 マリアはなぜか、今はもういないかつての護衛騎士の名を呼んだ。

 彼の姿が頭に浮かび、どうしようもなく会いたくなった。

 そして気づいたのだ。

 自分はいつのまにかルカに恋をしていたのかもしれないと。

 いなくなってみて初めて、その存在の大きさを思い知ったのだと。


 自分のことをあれほど大切に思い守ろうとしてくれる男性は、ルカ以外いない。

 結局アンソニーは口だけで、マリアとの関係を前に進める努力もしなければ、大切な女性を守ろうとする意識も足りなかったのだということを思い知った。

 盲目だった一度目の人生では気づくことのできなかった事実に、ようやく思い至ることができたというわけだ。


「この期に及んで他の男の名前を呼ぶなんて、いい度胸だな」


「アンソニーっ、何をっ……やめて……」


 突然アンソニーがマリアの体を抱きすくめる。


「ここで今君を抱いてしまえば、君は永遠に別の男の元へは嫁げないだろう?」


 彼の考えていることがわかり、サアッと血の気が引いた。

 恐ろしさで手足に力が入らず、無意識のうちにガクガクと震え始める。

 マリアは必死に抵抗するが、男性の力に叶うはずもなく……結局引きずられるようにして寝台に押し倒されてしまった。


「いや、やめて! アンソニー!」


 彼の手がマリアのドレスの胸元にかかろうとした瞬間……入り口の扉が勢いよく開いた。

 そして一人の男性が部屋の中へと駆け込んできたかと思えば、マリアを組み敷いていたはずのアンソニーが勢いよく吹き飛んでいく。

 マリアが恐る恐る寝台の上で体を起こして床を見下ろすと、意識を失った彼の頬は真っ赤に腫れ上がり、口元には出血もみられた。


「あ、アンソニー……?」


 一体なぜ彼は血を流しているのだろうか?

 突然のことに頭が回らず唖然としていると、頭上から注がれたのは懐かしい声だった。


「お嬢様。ただいま戻りました」


 その声の主を間違えるはずはない。

 マリアはハッとして声の方へと視線を向ける。

 寝台の横に立っていたのは、つい先ほど自分が恋心を抱いていることに気づいたばかりの男性だった。


「る、ルカ……ルカなの? どうしてここにっ」


 最後まで言葉を紡ぐことができなかったのは、ルカによって抱きしめられたからだ。


「ご無事でよかったっ……」


 その声はどこか涙ぐんでいるように思える。


「ルカ……よく顔を見せて、ルカ」


 震える手でルカの黒髪や頬に触れ、そっと顔を上げさせる。

 以前よりも精悍な顔つきの彼が、涙を滲ませた青い瞳でこちらを見つめた。


「お嬢様……」


「どうしてここにいるの? 騎士団に所属したのでは……」


 彼はもう戻ってこないと思っていた。

 もう会うことは叶わないと、そう思っていたというのに。


「騎士団を退団して、再びあなたのおそばにいるべく戻ってきたのです」


「え……」


「私はあなたが好きだ。マリア様……どうかその愛を私にいただけないでしょうか」


 耳元で囁かれた甘い求愛の台詞。

 嬉しさと戸惑いと、よくわからない感情が入り乱れる。

 しかし続けて彼が発した言葉は、マリアをさらに驚かせた。


「なぜあのような真似を……あんな男のために……あなたのお命をあんな奴のために捧げる必要はなかったんです!」


「待って、ルカ……今なんて……」


 あんな男、というのはアンソニーのことだろう。

 しかしどうしてルカがあの日のことを知っているのだろうか。

 マリアの問いかけに、彼は寂しそうな笑みを浮かべた。


「私もあなたと同じように、死に戻りの人生を送ってきたからですよ」


「えっ……」


 思わず息を呑んだ。

 ルカが何を言っているのかわからず、頭の中が真っ白になっていく。


「あの男はあなたと結婚するつもりなどなかった。最初からあなたと死ぬつもりなんてなかったんだ」


 そして彼は、驚きの真実を語ってくれたのだ。




『嘘だ……お嬢様! マリア様!』


 あの日、ルカはマリアのいる教会へと全速力で馬を走らせた。

 屋敷にいるはずの主の姿がなく、机の上に置かれた手紙を読んだからだ。

 そこにはこれまでの礼にくわえ、勝手に命を断つことへの懺悔がしたためられていた。


 ──あんなやつのためにっ……お嬢様っ……。


 アンソニーが婚約者の公爵令嬢と親密な関係を築いていることを、ルカは知っていた。

 マリアの前では不本意な婚約だと息巻いていたアンソニーであったが、実はいつしか令嬢の美しさと莫大な資産の虜となっていたのである。

 マリアと結婚したいと考えていたのは最初だけで、結局父の反対を押し切ってまで結婚したいと思うほどの熱量は持ち合わせていなかったのだろう。


 ルカはその事実を何度もマリアに伝えようと思った。

 しかし彼女はアンソニーにぞっこんで、今何かを言ったところで自分よりも彼の方を信じてしまうに違いない。

 マリアの愛する男性を貶すような行いをして、彼女に嫌われたくなかった。

 そんな弱さが邪魔をして、ルカはただそばでマリアの恋路を見守ることしかできなかったのだ。


 時間が経ってアンソニーが公爵令嬢と正式に結婚してしまえば、マリアの熱もいつしか消え去るに違いない。

 そうしたら父であるシュライン子爵の決めた男性と、幸せな家庭を築いていってほしい。


 ルカは長年ずっと、マリアに狂おしいほどの恋心を抱いていた。

 彼女の美しさ、優しさ、気高さ、全てが自分を魅了する。

 マリアを包み込む落ち着いた空気感がただただ好きだった。

 そばにいることができるだけで幸せだったため、騎士団への入団の誘いも断ったのだ。

 絶対にマリアのそばを離れたくはなかった。


 とはいえ自分はしがない護衛騎士で、子爵令嬢のマリアと釣り合うはずがなく結婚などもってのほかだろう。

 だからルカはマリアとの結婚を望んでいるわけではなかった。

 自分は生涯独身を貫き、最愛の女性が幸せになるところを遠くから見守ることができたら……それがルカの願いだったのである。


 しかし現実は残酷だ。

 まさかマリアが命を投げ出してもいいと思うほどに、恋に身を焦がしているとは思わなかった。

 死に戻って幸せな結末を掴み取ることができればいいが、アンソニーの裏切りを知っている以上その秘術がうまくいかないだろうということがルカにはわかる。

 だからマリアからの手紙を見つけた時、死ぬほど焦り馬に飛び乗ったのだ。


 そしてやっとの思いで到着した教会では、恐れていた光景が目の前に広がっていた。

 魔法陣の中に残されていたのは事切れたマリア一人だけ。

 そしてアンソニーがまさにその場から立ち去ろうとしているところだった。


 あの男は彼女を一人寂しく死なせたのかと、怒りで全身が打ち震えそうになる。

 気づけばアンソニーのことを斬りつけ、その命を奪っていた。

 マリアと共に死に戻ることは許せなかっため、もちろんその遺体は魔法陣の外に置いたままだ。


 そしてルカは考えたのである。

 自分がマリアの後を追おうと。

 彼女を報われない苦しみの中から救い出すことができるのは自分だけだ。


 魔法陣の中に入り、先ほどの剣で自らの心臓を一突きにすると、マリアに覆い被さるようにして命を絶った。

 そして無事に死に戻ることができたルカは、再びマリアの護衛騎士として今度こそあの悲劇を繰り返さないように行動することを決意したのである。



「そんな……あなたは自ら命を……?」


 事の顛末を聞かされたマリアは、震える手でルカの頬を再び撫でる。

 あの時アンソニーが命を絶たなかったという事実を聞いた時、さほど驚かない自分がいた。

 いつになっても死に戻らず昔のままの彼を見ているとそんな気がしていたし、先ほどの出来事でかつての恋心は地に落ちてしまったのだから。


「お嬢様のいない世界など、色がない世界に生きるのと同じこと。それに比べたら死んだ方がマシだと思いました」


「ルカ……」


「忘れないでください、あなたのことを大切に思う者は大勢いるのだと。皆あなたを愛しているのですよマリア様」


 どんな思いで彼は剣を自分に突き刺したのだろうか。

 当時のルカのことを思うだけで、涙が止まらなくなる。


「ルカっ……ごめんなさいっ……ごめん、なさい……」


 こぼれ落ちる涙をものともせずに、マリアはまるで子どものように泣きながら謝罪を繰り返した。

 間違った恋にうつつを抜かしたせいで、本当に大事なものを見失っていたのかもしれない。

 すると今度はルカが、ぽろぽろとこぼれ落ちるマリアの涙を指で拭ってくれた。


「でも……なぜ騎士団に入ったの? ずっと私のそばにいたいと前は言ってくれていたのに」


 ひとしきり涙を流し、少し落ち着いたところでそんな問いをルカにぶつける。

 どうしてわざわざ自分から離れるような真似をしたのかわからなかったからだ。


「強くなりたかったのです。以前の自分では、あなたのそばに居続けることは叶わなかった」


 ルカが言うには、騎士団で剣術の腕前を磨いたのだという。

 確かに言われてみれば、その体は以前とは比べ物にならないほど鍛え上げられていた。

 そして真面目な練習態度で周囲の信頼を得ることにも成功し、戦いで功績を上げたことで男爵ではあるが爵位を賜ることができそうなのだとか。


「今の私ならば、マリア様に愛を乞うことができる……そう思ったのです。あの男があなたに何かしようとしても、守って差し上げることができる」


 実際に彼はアンソニーからマリアのことを守ってくれたのだ。


「まさかあいつがあのような暴挙に出るとは思ってもいませんでしたが……本当に肝が冷えました」


「私も驚いたわ……アンソニーはあんなことをするような人ではないと思っていたから」


「お嬢様のこちらの世界での行動が、なんらかの歪みを引き起こしたのかもしれませんね」


「そうなのかもしれないわね……」


「なんにせよ、あなたがご無事でよかった。だがもっと早くこの部屋を訪れていれば……怖い思いをさせてしまい申し訳ございません」


 マリアは必死に首を横に振ることでその言葉を否定する。

 すると突然抱き合っていた体をルカが離したかと思えば、そのまま彼は床に跪いた。


「マリア様。どうか私と結婚していただけませんか。必ずあなたを守ります。幸せにすると誓います」


 真っ直ぐにこちらを見据えて告げられた求婚の台詞に、思わずマリアは涙ぐんだ。

 嗚咽で言葉が出て来ず、何度も頷くことで求婚を受けることを伝える。


「ああ、マリア様……マリア……愛しています」


 ルカはゆっくりと立ち上がると、マリアを優しく抱きしめて口づけてくれた。



 あれからアンソニーはルカの監視の元で侯爵家に送り届けられ、これ以上マリアに関わらないように念書を書かされた。

 何かあれば王家にこのことを報告すると伝えると、公爵家との婚約が破棄になることを恐れるオズワルド侯爵家側が反論してくることもなかった。

 

 どうやらこの世界でのアンソニーは、本気でマリアのことを愛していたらしい。

 無事に公爵令嬢との結婚は整いそうだが、愛のない結婚を控えた彼はすでに鬱鬱とした日々を過ごしていると聞く。


 だがもしあの時マリアが二度目の死に戻りを了承したところで、いざ毒薬を目の前にしたアンソニーがすんでのところで決意を翻して逃げ出さないとも限らない。

 もうかつてのような美しい幻想が崩れ落ちた今、マリアがその誘惑に乗ることは二度とないのだ。


 念願叶ってマリアから求婚の了承を受けたルカは、その後すぐシュライン子爵夫妻に結婚の許可を求めた。

 見違えるように立派になって帰ってきたかつての護衛騎士を前に、断る理由などないだろう。

 とんとん拍子に婚約が結ばれ、結婚式を目前に控えている。


「マリア様……お父上がお呼びです」


 中庭で読書に耽っていたマリアの元を、ルカが訪れる。


「もう、マリアでいいと言っているのに。あなたは私の旦那様になるのでしょう?」


 マリアはぎゅっとルカに抱きつくと、唇を尖らせて抗議する。

 婚約してからしばらく経つというのに、ルカは未だにマリアのことを呼び捨てにするのが苦手なようだ。


「未だに信じられないのです。あなたが私の腕の中にいる……こんなに幸せでいいのかと」


「あの時の報われなかった私たちを、これからもっともっと幸せにしてあげましょう?」


「マリアさ……マリア」


 慌てて呼び方を変えたルカが可愛くて、愛おしさが募る。


「愛してるわ、ルカ」


 マリアからの言葉にルカは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにフッと微笑んだ。


「愛しています……マリア」

 







 

最後までお読みいただきありがとうございました!

よろしければ評価をいただけると嬉しいです。


この作品は死に戻りがテーマですが、アルファポリスから発売中の書籍「もう二度と、あなたの妻には〜」とは少し雰囲気が違うお話かなと思います。

(こちらも現在コミカライズ連載中なのでぜひ…!)

二人の甘いシーンももう少し書きたいなーなんて思ったのですが、なろう初心者のため加減がわからず……そのうちRを足してムーンにも投稿予定です。

勢いで書き上げたため至らぬ点もあったかとは思いますが、お読みいただきありがとうございました。

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