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言葉と微睡み

作者: 春野 椿
掲載日:2025/10/02

日常系です。


2025/10/03 一部表現を修正しました。

「僕はね、思うんですよ。言語化、言語化ってね、いったい言語化ってなんだい。だが、まぁいいとしよう。言語化まではいい。まだ、わかる。でもさ、『言語化がうまい』ってのは堪らない。辛抱ならないんだ。なぜって? だって、そうだろう? 他人の言葉に(あやか)って、そうだ、自分だってまさに(おんな)じことを考えてたんだぜ、って寸法でしょう。そんなの思考の強奪だよ。盗人(ぬすっと)さ。つまり、何も考えてないんだ。うまいって言い方も嫌だね。下品だ。どうしてそんなに上から目線なのかしら。せめて、『言語化がお上手でございます』とでもいえばいいのではないか。いやいや、これも良くない。なんだか馬鹿にしてる。やっぱり、言語化って表現が良くないんです。大体、この頃は借り物の言葉が多すぎる。どうしてもっと自分の言葉で会話をしないんでしょうね。しかし、思えば、古来の、平安貴族は漢詩を引用して会話していたというね。もしかしたら、『言語化がうまい』は僕たちのDNAに刻まれた呪いの類なのかもしれないね」


云々、普段は真面目でおとなしい旦那は、酒が入ったかと思うと、世間に対する愚痴と、どこからか仕入れてきた蘊蓄(うんちく)と、わたしにはすっかりわからない創作の話ばかり。


仕事が(はかど)らないのでしょう。


「もう、そのくらいになさってはどうですか」


「嫌だ、僕はもう少し呑みたいんだ」


旦那は真っ赤な顔を(しか)めて、お猪口(ちょこ)を差し出します。


「大体、君は僕のことを愛しているのかね」


「はいはい、愛していますよ」


「ほら、また、愛してるだなんて。そんな借り物の言葉じゃ伝わらないよ」


まぁ!愛しているのかと聞いてきたのは旦那の方なのに。


まともにやり取りするのも、だんだんと馬鹿らしくなってきます。


しかし、夜も更け、ふたり、床に就くと、旦那は擦り寄ってきて「悪かった、僕はそんなつもりじゃなかったんだ」と、この調子です。


旦那の頭を抱いてやると、彼はわたしの胸にしがみついて、メソメソと泣きながら、


「僕は堪らないんです。寂しくて寂しくて仕方がない」


なんだか、わたしの胸にも悲しみが溢れてきたような気がしました。


いったい何が彼をそこまで追い詰めてしまうのでしょうか。


しかし、やがて、彼の小さな寝息が聞こえ始めると、一転、愛しさやいじらしさ、慈しみといった気持ちが

ごちゃまぜになって胸に迫ってきました。


「愛しています」


すっかり眠ってしまった旦那の頭に滴らせた言葉は、深い眠りの底に、微睡みと共に落ちていきました。


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