◆3 河童子伝承歌
「河童子?もしかして河童の事ですか?」
藪沢の言葉に対して、美作は露骨に眉をひそめた。
その目には、河童なんてありふれた伝承を今更調べてどうするの?という心の声が滲み出ていた。
「河童ではないよ。河童子だ。
皿も無ければクチバシも無い。肌の色も人と変わらない。…水掻きはどうだか分からんが。
人と同じ服を着て、人と同じ言葉を喋る
背格好は子供。大体、5歳〜12歳くらいらしい
人と同じ様に笑い、人と同じ様に泣く…そうだ」
美作は首を傾げた。
「…それって、普通の子供って言いません?」
それこそ伝承ですら無いじゃないか。こんな田舎まで何を調べに来たんだ…と、言外に非難した。
ここ迄の説明だけなら当然の疑問だろう。
「外側は…そうらしい。…うん、ただの子供だ」
藪沢は、彼らが人とは違う理由を説明した。
「彼らは死なない。そして成長しない…らしい。
治三郎くんから聴いた話ではな」
「え…?それって不老不死!?」
美作は口を押さえて目を丸くした。
「あくまで、治三郎くんが親や親戚から聞いた話では…だ。
そこら辺の齟齬の調査と、別視点からの河童子伝承についての聞き込み。それと、河童子の起源についての手掛かりを探る。
それが、私がこの村に来た理由だ」
藪沢は、高下屋敷治三郎から聞いた『鏡谷擂河童子伝承歌』を彼女に歌って聴かせた。
◆
むがし、蛇神いがっだど。
おおぐのたみがのうなった。おおぐの田畑があれはでだ。
んだがら、おぞれでさざげだど。蛇神ごのむ、とぶ鳥ど。
蛇神 鳥さまんぞぐし、ふただびふがぐ眠ったど。
上はぐ出したえの者ば、末代までをただえだど。
目出度え目出度え、へびがみの。
祝えや祝え、ぐのえをば。
だけんどぐ出したえの者ば、あと鳥なぐしてかなじんだ。
えのなぎごえをわづらへば、蛇神、鳥さかえしだど。
もどり鳥ば巣にもどり、えのものよろごぶ祝い酒。
目出度え目出度え、りゅうじんの。
祝えや祝え、かわのごの。
んだども上ばもどり鳥、おぞれでふるえでおごっだど。
ぐを出させだ上のえば、上のえらにめいじだど。
ひそがにころじてしまえどさ。かわさしずめでしづめよど。
あはれだあはれだ、へびがみの。
悲しい悲しい、ぐのえをば。
だげんど鳥さしずめでも、鳥さぎょうにはもどりぐる。
しずめられだそのままに。しづめられだそのままに。
上のえらばおそれだど、ぐをさ神とあがめだど。
目出度え目出度え、りゅうじんの。
祝えや祝え、かわのごを。
◆
「以上が、河童子伝承歌だそうだ」
藪沢は、節を付けて一気に歌った。
美作は目をまん丸くして拍手をしている。
「はぁ…先生、意外と歌が上手いんですねぇ…」
彼女は的外れな感想を述べた。
「それが民俗学を学んだ者としての感想かね?
他に言及する事は無いのかね?」
藪沢は呆れて、普段、生徒達に問う様に美作に尋ねた。
「……すいません。
ちょっとばかり方言がキツくて…
いくつか…いえ、結構聴き取れないところが…」
美作は横を向いて頬を掻く。
「何度か出てきた『ぐ』とか『え』とか…何ですか?」
面倒くさくなり、放り出そうかとも考えた藪沢だったが、今後の事を考えて解説だけはしてやろうと口を開いた。
「『ぐ』とは恐らく『供』、供物の事だろう。つまり、生贄だな。
『え』は、こちらの方言で『家』の事だ」
「と、なると…『ぐ』の『え』は……
うぇ…やっぱり嫌な歌だったわ…」
轢かれたヒキガエルの様な声を出す美作。
「蛇とは日本各地にある弁財天の話と同じ様に川の事…蛇神は川の神と考えてよろしいのですか?」
「そうだ。
この村では龍神川の事を、別名、蛇神様と呼ぶらしい」
「つまり、蛇神がいがっだ…とは、龍神川の氾濫でしょうか?」
藪沢は、生徒の答えを吟味する教師の様な態度で頷いた。
「鳥は…恐らく『供』にされた『跡取り』…子供の事だろうな。
もどり鳥とは…多分だが、生きて戻った子供の事だと推測する」
藪沢は少し自信無さげに付け足した。
「供…生贄にされた子供が生きて戻る事があるんですか?」
美作は、非難の眼差しを何故か藪沢に向けた。
藪沢は彼女の視線を無視しながら、自分の考えを述べる。
「恐らくだがな。
手足の縛りが緩ければ、水中で解ける事もあるだろう」
「それで、生きて戻った子供を…」
「上の者…つまり村の権力者達が再び川に沈めた」
…のだろうな。と、藪沢は補足した。
「何故!?何故、生きて帰ったら殺されるんですか!」
「それは、生贄だからだ。
生贄は死んで初めて『儀式の贄』となる。
生きて戻れば、『儀式』が失敗したという事になるからな」
感情的になり、伝承歌に入れ込む美作と、極めて落ち着いて淡々と語る藪沢。
「歌の名が『河童子伝承歌』である事から、この『もどり鳥』が、『帰ってきた子供=河童子=死なずの子供』…なのではないか?…と、治三郎くんは考えていた様だ」
「そんな…可哀想な…」
半べそになり、鼻をすする美作。
「あくまで伝承だ。
事実なんて半分も無い…と考えた方が良い。
あまり感傷的になるな。外側から冷静に見なさい」
藪沢は溜息をついた。
「先生は、河童子は本当に居たと思いますか?」
美作は涙を拭いながら藪沢に尋ねた。
「私は、それを調べに来たのだよ」
藪沢はそう言うと、機材の入ったリュックを肩に掛けた。
靴を履いて出掛ける準備をしていると、美作も慌てて立ち上がる。
彼女は、泥で汚れたパンプスに強引に足を突っ込み、藪沢には後れまいとして、先に扉に手を掛けた。
「村中を歩く事になるぞ?」
藪沢は美作に確認する。
「これでも私は元ゼミ生。まだ衰えてはいませんよ」
そう言って敷居を大きく跨ぎ、彼女は一歩目を踏み出した。
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