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河童子  作者: 黒猫ミー助
12/12

◆12 河の童子達





 「先生、しんみりさせですまながったな。

 どうが気つけで帰ってくなんしぇ。

 治三郎の事も宜しくお願いします」

 治郎右衛門はトラックの窓から大きく手を振りながら、来た道を帰っていった。


 「さて…行くか」

 藪沢は背負い袋をヨイショっと持ち上げて、村に入って来た道を逆に辿る。

 山道を歩きながら、琴の言った事をどの様に受け止めるべきかと考え込んでいた。

 しばらく歩いていた時、ふと違和感を感じて振り返る。

 村に来る時、とても煩かった美作が一言も発していない事に気が付いたのだ。


 藪沢は眉を顰めて彼女に声を掛けた。

 「珍しく静かだな…」

 彼女は顔を上げて、微妙な微笑みで応えた。

 「…琴さんの事を考えているのか?」

 藪沢の問いに、彼女は応えない。


 「…一種の幻覚だ。」

 何が…とは言わずに、藪沢は独り言の様に呟いた。

 「自分のやったイタズラが発覚したので、作り話で誤魔化したんだ。

 そう、彼女の話に没入し過ぎた結果の幻覚…だな」

 まるで自分に言い聞かせる様に、独りごちる藪沢。


 「…先生、あのね…」

 いつも元気な美作が、珍しく小さい声で話し出した。

 「琴ちゃんの事もね…私も……

 一瞬だったから幻覚だったかも…?とは…思っていたんだけどさ…

 河童子を信じさせる為の…作り話、かなぁ…?って………」

 言葉を細かく区切りながら、ぽつりぽつりと喋る。

 聴こえるかどうかが微妙なくらいの小声で。


 途切れた話を続けないまま黙々と進み、峠を越えた辺りで美作は再び口を開いた。

 「あのね…先生………」

 か細く発せられた美作の声は、か細過ぎて藪沢は聞き逃しそうになった。


 「ん…何か言ったか?」

 藪沢は振り返って美作を見る。

 俯いた彼女の顔がよく見えない。

 「…どうしたんだ…?」

 藪沢が尋ねると、美作はほとんど聞こえないくらいの小声で話し始めた。


 「さっき、治郎右衛門さんと先生の話を聞きながら、変だな…と思ってたの…」

 美作は、二人の別れの会話を邪魔しない様に気を遣っていたので、あの場では口を出さなかったそうだ。

 「琴ちゃんの…話を聞いた時にも、違和感があったの」

 藪沢は美作が僅かに震えているのに気付いた。


 「琴ちゃん、過疎がどうとかって話してたでしょ?

 先生達もさっき…若い人が出て行くから村が無くなる…とか…」

 あの時、彼女は二人が何を言っているのだろう?と、思っていたらしい。


 「村に入った時さ…先生、いっぱい写真を撮っていたでしょ?

 その時、楽しそうに水遊びする子供達を撮影してるのかな…と思ったの」

 藪沢は昨日の事を思い出して、え…?と声を漏らした。


 「だってさ…先生…

 …あの川…小さな子供達がいっぱい居て、皆で楽しそうに水遊びしていたでしょう…?

 だから私てっきり、先生が子供達の写真を撮ってるのかなと…」

 彼女は村に到着した時、随分と子供の多い村なんだなぁ、今時珍しい…と思って感心していたらしい。


 藪沢は眉を顰めて彼女を見た。

 顔色まで変えて、迫真の演技…なのだろうか?とも考えた。

 だが、嘘を吐いている様には見えない。


 「だから私…気持ち良さそうだなぁ、私()水浴びしたいな…って言ったの…覚えてます?」

 藪沢は、美作があの時、何を呟いていたのかを思い出した。


 藪沢は、周囲の景観と地図をあわせる為の資料用に写真を撮っただけ。

 人が写り込むと資料としては使えない。

 だから、何度も目視で人が写り込まない様に確認しながら撮影したのだ。

 なので、彼女の言葉に僅かな違和感を覚えつつ、いつもの下らない独り言だと思って無視していたのだ。


 「なのに、さっき二人とも…子供達が見えていないみたいに話すんだもの…私を怖がらせようとしているのかな…って…。

 でも、最後までドッキリでした…とか言わないし…

 それで私、よく考えたらさ…

 今時、水遊びする時に白い浴衣を着る子なんて…」

 彼女は震えながら、早口でまくし立てる様に喋り出した。


 「治郎右衛門さんが帰って、先生がリュック背負って背を向けた時、つい私、川の方を見てしまったんです」

 美作は唾を飲み込み、無理に押し出す様に声を発した。


 「子供達、皆…私を見ながら手を振ってたんです…。

 あんなに離れて居たのに…向こうからは山の木々に隠れて私達の姿はほとんど見えない筈なのに…。

 そして、皆、笑ってたんですよ…?

 顔も見えない位に遠い筈なのに、何故か私、彼等が笑っている事が判って…」

 美作は、その時になってようやく、自分が見ていたモノが人ではなかったのだと気が付いたそうだ。


 それからは怖くて後ろを振り向けず、ただ黙々と藪沢の背中を追ったのだと、美作はボソボソと話した。


 「…恐らく、水面の光が乱反射して子供に見えたのだ…」

 藪沢は、自分でも苦しいと思う様な言い訳だった。

 美作の虚言である可能性も考えたが、血の気の引いた彼女の顔を見て、嘘ではないと思った。


 「先生…河の子供達が見間違いだと…、疲れから来る見間違いなのだと…。

 幻覚なのだ。琴さんも、子供達も…。

 私は自分に言い聞かせながら此処まで歩いて来ました。…でも…」

 そう言って彼女は言葉を止めた。


 遠くの方から、少し季節外れのツクツクボウシの声が流れて聴こえる。

 風が吹き、葉の擦れる音が聴こえる。

 だけれど、それだけ。

 何故か、周囲から虫の声が聴こえない。

 鬱蒼と茂る森の真ん中に居るにも関わらず。

 張り詰めた空気の、静寂音が頭の芯に聴こえて来る。


 「…この『音』は…幻聴なのですか?」

 美作が言葉にすると、藪沢にも()()聴こ()えた。


 藪沢達の十数メートル後方。

 ツクツクボウシの声が途切れた合間。

 とても小さな音だった。


 …パキ…カサ…カサ…ピチャン…ポタポタ………


 その音を聴いた時、濡れた子供のイメージが頭に浮かび上がった。

 まるで、先程まで水遊びしていた子供が急いで川から這い上がり、濡れた素足のまま二人の後ろについて来て、小枝を踏み折った様な…。


 藪沢は反射的に音の方を見てしまった。

 其処には、先程自分達が横を通り過ぎた杉の巨木。

 その巨木の陰に、(ナニ)かが居た。


 その存在を認識した瞬間、藪沢は美作の手を引いて走り出した。

 下りの山道を、二人は一度も休むこと無く、息も絶え絶えに駆け抜けた。

 ハイキングコースの入り口に着くまで、二人は一度も止まらず、振り返らなかった。



 自分達の車を目にし、幹線道路を走る車の排気ガスを吸い込み、二人はようやく背後を振り返る事が出来た。

 そして其処に何も居ない事を確認し、二人は息を吐いた。


 「あれが上田の…島司さんの…言っていた…」

 「ええ、先生…私も感じました…

 …あれは…琴ちゃんとは全く違う…生き物…」

 「…あれは…とても良くないモノだ…」


 二人は鏡谷擂村に繋がるハイキングコースの入り口を見つめながら、その場にしゃがみ込んだ。


 まだ夕方にもなっていない時間帯なのに、村に繋がる山道はいつもより薄暗く感じる。

 光を飲み込んで離さない真っ暗な森の奥からは、今もまだ水の滴る音が聴こえてくる。

 そんな妄想に囚われたまま、二人は各々の車に乗り込んでエンジンをかけた。


 藪沢は、頭の中に響く水音を幻聴と断じ、エンジンの振動音に耳を傾ける。

 背中に伝う冷たいモノを感じながら、大学(現実)へと繋がる道筋を頼りに、無心で車を走らせた。



 後に続くは、稀人を慕う濡れた足音がぺたぺたと。


 どんど はれ


 

子供達の白い浴衣=襦袢です。

白装束ではありません。着物の下着です。


昔の子供達には水着が無いから仕方ないのです。

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