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河童子  作者: 黒猫ミー助
11/12

◆11 姿




 …どうが、どうが…お願いします。

 そう言って、琴は三指をついた。


 深々と頭を下げる彼女の様子は、昨夜から今朝にかけての彼女とも、藪沢が考察を話していた時の彼女とも違った。

 子供を心配に思う母親の様だった。

 藪沢は彼女の話と態度に圧されて、黙って頷く事しか出来なかった。


 突拍子もない話に困惑する藪沢達は、お互いに顔を見合わせた。

 先に口を開いたのは美作だった。

 「先生…お暇しましょう…」

 そう言って彼女は腰を上げた。


 藪沢は頭を下げたままの琴に向き直り、口を開いた。

 「…直接の御礼も出来ずに立ち去る非礼、お詫びしていた事を治郎右衛門さんにお伝え願えますか?」

 「承った。どうかご安心くなんしぇませ」

 藪沢は琴に伝言をお願いすると、彼女は静かに顔を上げて承諾した。

 その時、藪沢達はギョッとして目を見張り、琴の顔をまじまじと見つめた。


 「顔が……」

 ポツリと漏らした美作の言葉に気付いて、琴は自分の顔に触れた。

 そして自分の腕を見ながら、ああ…と呟いた。


 今の琴の顔付きはとても幼く、瞳の虹彩が猫の様に縦に伸びていた。

 両腕は細く、二の腕には薄く鱗の模様が浮かび上がる。

 がっしりしていた筈の彼女の身体は華奢になり、十代前半の娘の様相。

 藪沢達は、思わず息を止めて覗き込んでしまった。


 「ああ…すまねぁー。…血の気が引いで姿が戻っただ。

 あの子らの事、こったら話したのは初めでだったがら、結構緊張したがらね。

 人の血が薄まり、あぢらの血の方が濃ぐなる時さ、まなぐつぎが戻ってしまうのだ」

 そう言いながら二、三度瞬きをする。

 すると顔も肌も元に戻り、身体つきもがっしりと太くなる。

 琴は、いつもの朗らかな母親姿の彼女に戻った。


 「これは記さねぁーで欲しいのだけれどね。

 実は、河童子は成長する事も出来るんだ。

 …らずもねぐ遅いどもね。

 おらは、こう見えでも上屋敷の長左衛門よりも、ずっとずうっと歳上なんだ。

 上屋敷のもんと下田の連中は知ってらよ。

 …下田の幾人がは、おらと同じだがらね。

 んだども…息子は知らね。

 …治三郎には、どうが内緒にしてででくなんしぇ。

 あの子は、普通の人どして生ぎで欲しいがらな…」

 琴は、そう言って再び頭を下げた。


 藪沢は静かに立ち上がり、頭を下げたままの琴に一礼して部屋を出た。

 「………じゃあね。琴ちゃん。…またね。

 ご飯、美味しかった。ありがとう」

 そう言って部屋を出る美作の後ろ姿を、琴は何も言わずに、平伏したまま見送った。



 藪沢達は集会所に戻り、荷物を纏めていた。

 リュックに機材を仕舞いながら、二人は高下屋敷家で見た事をぽつりぽつりと話した。


 「先生…」

 「彼女の話にはなんの根拠もない。

 鶏泥棒と血の手形を誤魔化す為の作り話だ」

 「でも琴ちゃんの顔…」

 「…君の見間違いだ」

 「先生も驚いていましたよね…?」

 「……」

 「長左衛門さんが琴様って言ったのを聞いて、琴ちゃんが村の長だと判断したんですよね?」

 「…そうだな」

 「彼女が河童子なら神の子だから…」

 「…伝承は実存してはならない…もし在れば…」

 「在れば…?」

 「…いや、よそう。話は此処までだ」

 「……」


 藪沢達が荷物を片付けて集会所の玄関を閉じた時、丁度背後にトラックが止まった。


 「おっ?先生、未卯ぢゃん、…何してらの?

 まさが…河童子の調査は終わったが?」

 高下屋敷治郎右衛門が、トラックの運転席から手を振りながら声を掛けてきた。


 「ええ…一通り聞ける事は聞いたので、今日中に帰って原稿に取り掛かろうかと思います。

 挨拶が後になり申し訳御座いません」

 藪沢は冷静さを装い、淡々と答えた。

 「ああ…もう帰るどいうのは寂しいなぁ。

 もう一晩ぐりゃー泊まってっても良いんだよ?」

 最初に逢った時と違い、警戒を解き、柔らかな笑顔で二人に接する治郎右衛門。


 「有り難いお誘いですが、あまり大学を空にすると生徒達が寂しがるので…」

 「それもそうだな。仕方ねぁーねぇ。

 どれ、この車で送ってあげるべー。

 何処までえぐのだが?」

 断るのも変だなと考え、藪沢は了承した。


 「ちょっ…私は何処に乗れば良いんですか!?」

 二人乗りの軽トラックを見て、美作は二人を呼び止めた。

 「ああ…荷台で我慢してくなんしぇ」「お前は荷台だ」

 治郎右衛門と藪沢の声が被る。

 美作は頬を膨らませて抗議したが、治郎右衛門がエンジンをかけると、慌てて荷台に跳び乗った。



 「こったなとごろで良いのがい?」

 治郎右衛門は、藪沢達が村に入って来た時に使用した登山道の出口まで来ると、エンジンを止めて二人を降ろした。

 太陽は昼を僅かに過ぎた位置。

 丁度、昨日二人が村に入って来た時と同じ時間帯だった。


 「相変わらず…綺麗…」

 美作は昨日と同じ位置に立ち、同じ景色を見下し、感嘆しながら呟いた。

 「ありがどごあんす。綺麗な光景だべ?

 …んだども、時代遅れな光景だ。」

 治郎右衛門も彼女と同じ方向を見ながら、しかし寂しそうに呟いた。


 「おららの代が居なぐなれば、この景色も河童子の事も、誰もが知んねぁーまま消えでってしまうのだ」

 治郎右衛門は溜息をついた。

 「若え者達は、皆、都会さ出でってしまう。

 田んぼ継ぐ者が居なぐなれば、川整える者も必要なぐなる。

 河童子達、()る者が消えでしまうのは辛えこった」

 彼は龍神川をじっと見つめながら瞳を潤ませていた。


 愚痴とも嘆きともいえる彼の言葉を聴いて、藪沢が口を開く。

 「…まだ、治三郎君が居ます。

 それに私の記す河童子伝承を知れば、うちの若い連中もこの村に来ますよ」

 空虚な言葉だなと思いながら、彼は治郎右衛門を慰めた。




 

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