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河童子  作者: 黒猫ミー助
10/12

◆10 高下屋敷琴




 …お聞かせ願えますか?琴さん?

 藪沢にそう問われた琴は、微笑んだ顔のまま黙っていた。

 その表情は、藪沢が話し始めた時から変わり無い。

 村に関する考察は、村民ならば言い返したくなる様な厭な話が幾つもあった。

 なのに、琴は『ニコニコ』しているだけ。

 怒りも怒鳴りもしない。

 淡々と問われたことに応えるだけ。

 彼女を見る美作の額には汗が滲んでいた。


 「…ええと…琴ちゃん…?

 うちの先生が、突拍子もない事を言ってごめ…」

 「とごろで先生、なして、おらに意見求めだのだが?

始めに返答は求めねぁーど言ってらったのに…」

 琴は美作を無視して、藪沢に問う。

 表情は相変わらず、声も相変わらず。

 美作は背中に冷たいものを感じた。


 「私の独り言だと言いました。

 なので、考察に対しては返答も感想も求めません。

 求めるのは『何故か?』なのですよ」

 「なしてどは?」

 琴はニコニコした顔のまま首を傾げた。


 「何故、今朝、集会所のガラス窓に手形を付けたのですか?貴女ですよね?

 鏡谷擂村の本当の長、高下屋敷琴様」

 藪沢の言葉に、美作は「えっ?」と反応して琴の顔を見た。

 「なんの事だが分がらねぁー。

 長?長は上屋敷のもんだ。

 手形はおらのやった事でねごあんす」

 琴は首を振って否定した。


 「今朝、琴さんに言われた場所に行ってきました。

 そこで偶然、上屋敷長左衛門さんにお遭いして、彼からお話を伺いました」

 藪沢はそう言って、長左衛門との会話の内容を琴に話した。


 「……ええど…それが?

 …鶏が盗まれだのが。それは災難だなはん。

 長左衛門の奴ぁ、上田が下田に金品渡してらど言ってらが、集会所の事はおらがやった事だどは言ってねぁーよね?」

 淡々と、藪沢に話を返す琴。


 「実は、帰る際に長左衛門さんは私達をずっと監視していたのです。

 かなり不審に思われたらしく、酷く警戒されまして。

 私達が丘を下り切るまで、全く動かず、目も離さず…」

 美作は、丘から帰る際、藪沢が何度か振り返っていたのを思い出した。


 「丘を下りた所、田んぼの畦道からは長左衛門さんの姿が見えなかったんです。高い藪に隠れてね。

 背の低い老人とは言え、頭の先さえ見えませんでした」

 「飽ぎで途中で帰ったのでゃーねぁーのだが?」

 藪沢は首を振った。

 「防風林の下枝の位置を、彼の立ち位置の目印にしてたのです。

 丁度、彼の頭上にあったので」

 琴は何も言わない。


 「藪は下枝すら隠しました。

 あれでは、かなり背の高い大人でも胸下も見えないでしょうね。

 ()()ではありません、()()も見えないのです。この家の裏からは」

 藪沢がそこまで言うと、琴は静かに目を伏せた。

 「何故、わざわざ嘘を?」

 琴は応えない。


 「長左衛門さんの所から鶏を盗んだのは琴さんでは?

 その鶏の血が、集会所の窓に着いた血ですよね?

 気温、湿度、血の固まり具合からすると、時間的にも使用された可能性の高い血液は、長左衛門さんの所の鶏の血です」

 長いような短い沈黙。

 黙っていた琴が、静かに息を吐いた。


 「見だ…言ったのは失敗だったがなぁ…

 そっかぁ…確がに道祖神が倒れだまんまだったな。

 道の藪刈すら出来ねぁーぐりゃー老いぼれだが…長左衛門…」

 酷く残念そうな言い方。

 ここで彼女は初めて表情を変えた。


 少し困った様な、少し悲しむ様な顔になる琴。

 美作は、ようやく琴が自分の知っている彼女に戻った気がした。



 下田 高下屋敷琴 ?歳


 う〜ん…嘘はやっぱし苦手だ


 確がに、えの裏がら見だ訳でねぁーね。

 だら、何処がら見だのがって?

 当然、あの道祖神のある藪道で直に見だのよ。

 あの位置がら見るど、藪は丁度腰の高さだったがらなぁ…

 失敗した。


 なしてそごさ居だのが?

 そごで何見だのが?

 先生は質問多いね。答えるのも疲れるのよ?

 簡単さ言うど、…食料が足りなぐなったせいだね。


 ああ…その前さ言い訳させで貰うども、手形付げだのは、ほんにおらでゃーねぁーのよ?

 おらは『鶏』を、あの子らにあげだだげ。


 あの子ら、鶏肉好ぎなんだ。

 …本当はな、うぢの鶏あげる予定だったんだ。

 余った鶏肉(ごはん)、あげる約束してらったんでな。

 だんだども、予定さ無がったお客様がいただべ?

 …未卯ぢゃんだね。


 未卯ぢゃんが意外どいっぱい食ったもので、あの子らにあげる鶏がなぐなってね。

 …責めでら訳でねぁーよ?残さず食ってけるのは嬉しい事だがらね。


 んだども、そのせいでお腹空がせで泣ぐものだがらね。

 仕方が無えがら、朝方に長左衛門の所がら『鶏』をお裾分げしてもらいにいったのさ。

 あの子らど一緒にね。

 あのえ、いっぱい鶏飼ってらがら。


 許可もらってねぁーがら盗みになるべが?

 んだども、許可もらいに行げば長左衛門は怯えで何するがわがんねぁーしね。

 …肝っ玉の小さな男だがらな、昔がら。

 んだがら、網破ってぢょいどくぴた捻って、少し持ぢ帰った。


 手形付げだのは、多分意図してねぁー事。

 肉、足りなぐなったワケ話したんだ。…未卯ぢゃん達のごとだね。

 そしたら、あの子等が稀人(まれびと)を見でみでと言ってね。

 未卯ぢゃん達が下田の集会所さ泊まってら事話したんだ。

 たぶん、それで覗ぎに言ったんでねぁーがな?

 この村で稀人は、ほんに珍しいがらね。


 …鶏でゃーば、生でも食うんだ。あの子だぢ。

 食った後、ちゃんと手洗わねぁーでガラス窓さ触れだんだべね。

 そのせいで、未卯ぢゃんにおっかねぁー思いさせだのは済まながったね。


 …掌の紋が無がったごどだっけが?

 普段あの子ら、河の中で暮らしてら。

 んだがら、手や足の皮がふやげでらんだ。

 力いれるど、すぐに剥げでベロベロになっちまう。

 鶏の皮剥がす時さ、手の皮も剥がれだんだべね。

 たぶん、その所為だべね。


 彼等おっかながんねぁーでけでけねぁーがな?

 ほんに幼え子供ど変わり無えんだ。

 ただ鶏肉好むだげ。

 河童子はおらだづ下田の大切な子供達だじゃ。



 治郎右衛門が先生さ河童子の伝承記して貰いだがったのも、観光さ来る人が増えで、定住してける人が居れば、おらだづが消えだ後も彼等の面倒見でける下田の住民が増えでける。

 過疎化、何どがしてな…そう願っただげなんだ。

 あの子ら…人ど接しねぁーど獣の様さ成ってしまうがらな…


 ただ、やっぱし長左衛門の餓鬼(がぎ)が邪魔するが…

 上田の連中がらすれば、自分達の負の歴史だがらね。

 本心はあの子らが居なぐなる事、願ってらしなぁ。

 …詮索されるど嫌だよねぇ。

 すまねぁーんだども、先生にはそごら辺上手ぐ隠して伝承記してぐれねぁーがね?


 …村長命令で公表させねぁーど?長左衛門の奴が怒ってらった?

 上屋敷(あいづ)が村長なのは名前だげだ。

 実権は高下屋敷(おらだづ)が握ってら。

 長左衛門の餓鬼には、こぢらがら言っておぐよ。


 どうが先生、変な記し方をして河童子達がおっかながられる様な事だげはしねぁーでくなんしぇ。

 めんこいめんこい子供達だじゃ。

 迫害される様な事だげは避げで。


 どうが、どうが…お願いします…




 

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