売れない女芸人も異世界ならスベらない!?〜殿下のお気に入りの『おもしれー女』になりました〜
※同タイトルの全3話の連載を、短編に編集したものです。
「この忌まわしき異教徒が!」
「フリージア姫にかけた呪いを解きやがれ!」
人々の罵声が飛び交う中、ナミコは処刑台の上にいた。
後ろ手に縛られた状態で、二人の衛兵に後ろから剣を突きつけられ、床に膝をついている。
目の前にそびえ立つ断頭台に吊り下げられた、鈍く光る巨大な刃物を見上げながら、涙を流す。
「私は誰かを笑顔にしたかっただけなのに、どうしてこんなことに⋯⋯」
そう呟くナミコの顔には、絶望の色が浮かんでいる――――かどうかは、よく分からなかった。
何せ、現在の彼女の顔には、白塗りパンダメイクが施されている。
何故このような状況になっているのかと言うと⋯⋯
――さかのぼる事、三時間前。
無名のピン芸人、瀬川菜美子、24歳はショッピングモール内の吹き抜けにあるステージに立っていた。
シュール系のネタを得意とする彼女は、フリップ芸から歌ネタまで幅広い芸を身に着けている。
芸名はスーパーナミコ。略してスーナミ。
イベントのパンフレットによると、スーパーファミコンみたいな響きが気に入ったから、この芸名を選んだとのこと。
そんな彼女がひと度ステージに立てば、一気に客の注目が集まる。
その理由は彼女の見た目の奇抜さにあった。
艶のある黒髪を高い位置でツインお団子ヘアにし、顔を真っ白く塗りたくり、目の周りは眉から頬骨辺りまで黒く塗られている。
鼻の頭には黒い丸が描かれ、唇に乗せられたドギツい赤の口紅が、更に人々の目を引く。
極めつけには額に書かれた『笹』の文字。
黒のスラックスに白シャツ、黒ネクタイを着用するほどの徹底したパンダっぷり。
他の追随を許さない出で立ちに、人々は笑わずにいられるはずがなかった。
「ショートコント! パンダの名前っぽいセリフ!」
ナミコは右手を上げ、芸の始まりを告げる。
「チリンチリン〜! ヘイヘイ! タラタラ歩いてっと、こっちはプンプンやで〜!」
自転車にまたがり、ベルを鳴らすようなジェスチャーをするナミコ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
その余りにも独特な世界観に、静まり返る観客たち。
この空気に耐えられなくなったのか、一人また一人とステージの周囲から立ち去って行く。
ナミコの見た目の面白さから、ネタへの期待も一気に高まっていたであろう、この状況。
残念ながら結果は振るわなかったようだ。
「そんなにつまらなかったかな⋯⋯?」
ナミコは、項垂れながらステージを後にする。
「ふっ」
「次は無いな⋯⋯」
舞台袖に控えていたスタッフたちにさえも、鼻で笑われてしまったのだった。
「はぁ〜」
大きな溜め息をつきながら、トボトボと歩くナミコ。
前を見ていなかったから、目の前に垂れ下がる細長い何かに気がつかず、顔に当たってしまう。
「きゃっ! なにこれ!」
芸人とは言え、年頃の女の子。
その声とリアクションは可愛らしいものだ。
ただし、今の彼女の顔面は白塗りパンダである。
ナミコは恐る恐るその細長い何かに触れ、正体を探る。
「これって、もしかして⋯⋯」
それはまるで、神社で鈴を鳴らすための縄――鈴緒のようだ。
ショッピングモールの人気の無い職員用通路の天井から、なぜそのような物がぶら下がっているのか。
「何だかよく分からないけど、この縄が私の人生を大きく変える。そんな予感がする」
ナミコはその不思議な縄から、何かを感じ取ったらしい。
期待に目を輝かせながら、縄を両手で掴み、激しく揺らす。
すると、天井から銀色に輝く大きな何かが降ってきた。
その物体は加速しながら、ナミコの頭上に激突する。
――ガーン
それは、芸人なら一度は頭に降ってきて欲しい夢のアイテム――金ダライだった。
◆
意識を失ったナミコが次に目を覚ました場所は、何処かの街の暗い路地裏だった。
「痛い⋯⋯」
顔をしかめながら、頭を押さえるナミコ。
「え? ここはどこ? さっきまで私は、ショッピングモールにいたのに」
すぐに異変に気づいた彼女は、ゆっくりと立ち上がり、壁を伝いながら人の気配がする方へと歩みを進める。
路地裏を抜け、表通りに出ると、レンガ造りの建物が立ち並ぶ、商店街のような場所に出た。
道の左右に、等間隔に設置された街灯からは、何かの花の紋章が描かれた旗が吊られている。
「分かった。ここは、私が子供の頃大好きだった『花咲く宮殿の眠り姫』の物語の世界⋯⋯」
ナミコは風に揺れる旗を見上げながら呟く。
「きっと、金ダライに頭をぶつけたお陰で、この世界に来られたのね」
ナミコは童心に返ったかのように、スキップ混じりで商店街を散策し始めた。
その時――
「キャー! 変質者よ!」
エプロン姿の女性が、買い物かごを片手に叫ぶ。
「あれは⋯⋯フリージア姫に眠りの呪いをかけた異教徒じゃないか?」
「まさか、イベリス王子が目覚めの花を探しに、遠征に発たれた直後に現れるとは」
わらわらと集まってきた人々は、あっという間に丸腰のナミコを取り押さえた。
「ちょっと! いきなり、なんなんですか! 待ってください! 私は怪しい者ではありません!」
「その白い顔! 黒い目元! 赤い唇! 何処からどう見ても怪しいだろうが!」
「衛兵たちを呼んできたぞ!」
無実を訴えるナミコの叫びも虚しく、あれよあれよと言う間に、地下牢に連行されて尋問を受ける羽目になった。
「お前は何者だ!」
衛兵は目の前の机を勢い良くバンっと叩き、ナミコを威嚇する。
「私はナミコです。頭を強く打って、目が覚めたら、ここに居て⋯⋯」
縄でぐるぐる巻きにされ、椅子に固定されているナミコは、弱々しい声で語る。
もちろんその顔は、白塗りパンダのままである。
「フリージア様に呪いをかけたのは、お前たちだな?」
「今すぐ呪いを解け! 他の仲間はどこにいる!?」
口々にナミコを問い詰める衛兵たち。
「そんなこと聞かれても、何も知らないんです⋯⋯」
ナミコは正直に答えるも、この状況でその言葉を信じる者はいない。
「陛下から、刑執行のご指示が下った! 見せしめのためにも、ド派手に処刑せよとのことだ」
一人の衛兵が早足で地下牢に入って来る。
「ド派手な処刑!? それってどんなのよ? 嫌! 逃がして! 私は何もしていないのに!」
その言葉に恐ろしくなったのか、ナミコは身体をねじって、激しく抵抗する。
「こら! 大人しくしろ!」
「地獄で罪を償うんだな」
衛兵たちは誰一人としてナミコの言葉を信用せず、彼女は処刑台に連れて行かれることとなった。
処刑台のある広場は、噂を聞きつけた見物人で溢れていた。
処刑台の側には、国王陛下が椅子に腰掛けており、ナミコのことを憎しみの籠もった目で睨みつけている。
「忌まわしき異教徒よ。最期に何か言い残すことは」
陛下の温情により、最期の言葉を残す時間を与えられたナミコは、自身の半生を思い返していた。
「私の人生、ここまでか⋯⋯短かったな⋯⋯思い起こせば、お笑い一筋の人生だった。私が芸人になろうと思ったきっかけは、本当に些細な出来事だったの。中学二年生の文化祭の時、全校生徒の前でスピーチをしようと、マイクの前に立ってお辞儀をしたら、思いっきりマイクにおでこをぶつけてしまって⋯⋯『やだ! やっちゃった! 超恥ずかしい!』 そう思ったんだけど、予想外に生徒も先生たちも大爆笑で⋯⋯その瞬間、あぁ、こうやって誰かを笑わせられる事って、幸せなことだなぁって思ったの。それなのに、こんな風に観衆の前で、首を斬られることになるなんて⋯⋯」
大粒の涙を流しながら語るナミコ。
目の周りの黒い塗料が涙に溶けて、白い頬を伝う様は、お化けも逃げ出すほどの恐ろしさである。
「⋯⋯⋯⋯待てよ。そうか。私のお笑いの師匠『こんにちは染谷(略して、こんそめ)』とお酒を飲む度に、しつこく何度も聞かされた。『バカにされたってええ。笑われたってええ。そこに人々の笑顔があればな』って」
師匠の教えを胸に、ナミコは決心したように立ち上がる。
すると、不思議なことに、ナミコを拘束していた縄がするりと解けて、床に落ちた。
「何!?」
「縄をほどきやがった!」
騒ぐ衛兵たちを片手で制止するナミコ。
そして、彼女はどこからかフリップを取り出し、芸を始めた。
「ショートコント! こんな王様は嫌だ!」
そこからは彼女の独壇場だった。
「金髪金眼のお目々キラキラ系の王様かと思ったら、金髪近眼やった! 光ってんのは眼鏡かいな!」
突然現れたフリップには、この国の国王の似顔絵が描かれていた。
絵の中の国王は、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけている。
「あら素敵な王冠ですねぇ! と思いきや、ワックスでピンピンに立てた金髪の地毛やった! 重力に逆らうスタイリング! どこの整髪料ですかぁ!?」
髪の毛を逆立てた国王のイラストを見せながら、腹の底から声を出すナミコ。
「ぷっ」
「くはっ!」
どうやら衛兵たちにはウケている様子。
そのことに気を良くしたのか、ナミコはフリップを投げ捨て、処刑台の上を彷徨き始めた。
「輝く未来〜! 掴みたい! ホールド・ミー・タイト!」
歌姫が舞い降りて来たかのような、美しい歌声だった。
ナミコにとっては、この処刑台でさえも、ステージに他ならない。
今までのお笑いライブでは、こんなにも大勢の人が集まる状況はなかったというのと、死が目前に迫っている恐怖で放出されたアドレナリンによって、ナミコのテンションは最高潮に達している。
「お粗末な結末さえも、お前らにとっては、些末なこと。斬首刑なんてカッケー? けどそこに主義主張はねぇYO、誰か私を救ってくれぇYO! 可哀想、ダイナソー、ガオー!」
ラップネタを披露し、二足歩行の恐竜のモノマネをしながら、処刑台をどしんどしんと練り歩くナミコ。
「ははは! 何だあれは!」
「パパ! 見て〜! 恐竜だよ〜!」
処刑を見物に来ていた人々は、いつからか笑顔になり、ナミコの芸に夢中になっていた。
「もっとやれ〜!」
「いいぞ、いいぞ〜!」
聴衆から聞こえてくる笑い声と拍手。
いつからか処刑台前の広場は、熱気に包まれていた。
その様子に戸惑う国王と衛兵たち。
しかし、彼らも先ほどから小刻みに震えており、国王に至っては、自身の太ももをつねって、必死に笑うのを堪えている様子。
すっかりノッてきたナミコが、次のネタに移ろうとしていたその時。
「父上! ただいま戻りました! この騒ぎはいったい⋯⋯」
そこに現れたのは、精悍な顔つきの長身の若者。
この国の王子⋯⋯イベリスだ。
妹のフリージア姫を眠りから覚ますために、目覚めの花を探しに旅立った彼は、異教徒が現れたことを聞きつけ、大急ぎで帰って来たのだ。
金髪金眼の見目麗しい王子様は、相撲取りのように四股を踏もうとしているナミコの前にひざまずいた。
「貴女はこの国を笑いで満たし、救って下さる神の使いなのですね。だって僕は、こんなにも愉快な女性を見たことがない」
イベリス王子は、ナミコの手を取り甲にキスをする。
それもそのはず。
この国の人々は、みな紳士淑女であり、人前でギャグを披露するような人物は何処にも居ないからだ。
「なんだって! この御方は、神の使い!?」
「あの伝説の⋯⋯」
「これだけ面白いんだ。間違いない!」
「こんなにも民が笑っている所を今まで見た事があるか!?」
衛兵たちは、王子の言葉に納得した様子。
「そうか、イベリスよ。お主の言う通りじゃ。ナミコ様⋯⋯この度のご無礼をお許し下さい⋯⋯」
国王はナミコの前にひざまずき、謝罪した。
「早速ではありますが、貴女のお力をお借り出来ないでしょうか? 貴女なら、どんな者でも笑顔にできると言い伝えられていますから」
イベリス王子は、戸惑うナミコの手を引き、宮殿へと向かった。
◆
宮殿内の奥深く、人目につかない場所に王女の部屋はあった。
天蓋付きベッドに横たわる金髪の美少女。
彼女は不幸なことに、わずか六歳の時に呪いをかけられて以来、十二年もの間、眠り続けている。
両親である国王と王妃、兄のイベリス王子もその事を憂いていた。
しかし、実は彼女には秘密があった。
「姫様、それでは失礼いたします」
一人の侍女が、フリージアの世話を終えて退室した。
すると⋯⋯
「やったー! 中々出ていかないから困ったわ」
フリージアは、いそいそとベッドから起き上がった。
「はぁ〜眠ってるフリって最高よね! 社交界とか、政略結婚とか、色々とめんどくさいし!」
そう。フリージア姫の眠りの呪いは自然と解けており、今となっては仮病のようなものだったのだ。
侍女がいない隙に本を読んだり、お菓子をつまみ食いしたり⋯⋯
気ままに寛いでいると、ノックの音がした。
フリージア姫は、慌てて布団に潜り込み、眠ったフリをする。
「ここがフリージアの部屋だ」
ナミコの手を引き、イベリス王子が入ってくる。
「私はただのお笑い芸人で、神の使いとかでは無いんですけど⋯⋯」
処刑台での興奮状態から覚めてしまったのか、すっかり落ち着いた様子のナミコ。
「仮にそうだとしても、貴女はいつも通りにしてくれれば良いんだ。どうか貴女の力で、この子を目覚めさせて欲しい」
その言葉にフリージア姫の眉毛がピクリと動いた。
彼女が目覚める事は、この悠々自適な暮らしの終わりを意味する。
内心穏やかでは無いはずだ。
けれども、そんな事情を知らないナミコは、得意のラップネタを始めた。
「姫よ、目覚めよ、寝坊はだめよ。一度きりの青春、過ぎ去るのは一瞬、それも結構、コケコッコー!!」
ナミコは両手を翼の様に羽ばたかせ、鶏の鳴き声を真似しながら大声で叫ぶ。
すると、フリージア姫の身体が驚いたように、ビクッと跳ねた。
「あはは! 効いているようだ!」
イベリス王子はお腹を抱えて笑いながら、事の成り行きを見守っている。
「そうですか⋯⋯では、最後の手段です。使えるものは何でも使えと言うのが、師匠の教えですから」
ナミコはおもむろにフリージア姫の寝床に近づく。
そして、あろうことか、親指と人差し指を使って、姫の両目をこじ開けた。
「どうも〜! パンダの眠眠です! 打破〜!」
フリージア姫の目の前には、ナミコの顔があった。
白塗りパンダの目から、墨汁のような涙が流れた形跡のある、恐ろしい姿だ。
「ギャーー!! 出たぁーー!!」
フリージア姫は、大慌てでベッドから飛び出そうとして、床に転がり落ちてしまった。
「フリージア! 目覚めたんだね! 良かった!」
満面の笑みのイベリス王子に対して、少し不満げなフリージア姫。
フリージア姫の引きこもり生活は、本人の意図しない形で幕を下ろし、その日の夜は盛大な宴が開かれることとなった。
ナミコは丁重にもてなされ、最高級のステーキや大きな海老など、滅多にありつけない料理をお腹いっぱいになるまで楽しんだ。
そして、宴の途中⋯⋯
「ナミコ、話があるんだ」
真剣な面持ちのイベリス王子に連れ出されたのは、美しい花が咲き乱れる宮殿を見渡せるバルコニー。
「それで、お話と言うのは⋯⋯」
幼い頃大好きだった物語の登場人物を目の前にし、もじもじするナミコ。
「ナミコ、僕は君とのこの出会いを運命だと思うんだ。君は以前から僕の事を知ってくれていたんだよね。そして、この世界に来て、フリージアを救ってくれた」
柵にもたれ、夜空を見上げていたイベリス王子は、ナミコに向き直り、宝物を扱うように、そっと彼女の手を取る。
「僕は女性に対して、面白いと感じたのは生まれて初めてだったんだ。それに、君ほど饒舌な女性を見たことがない。きっとそれは、君が誰よりも聡明だからなんだろうね。どうやら僕は、そんな君に恋をしてしまったらしい」
イベリス王子は、ナミコを愛おしそうに見つめる。
「そんな。私なんて、普段は全然面白くないし、スタイルも良くないし、顔だって可愛くないし、王子様となんて、全然釣り合わないから⋯⋯」
俯くナミコの頬に、イベリス王子は手を添えた。
その手には、メイク落としシートが握られている。
「そんなことないよ。ナミコは世界一可愛いよ」
イベリス王子は丁寧な手つきで、ナミコの白塗りパンダを拭い取っていく。
するりするりと染料が落ち、いとも簡単にナミコの素顔が露わになった。
「ほら、こんなにも可愛らしい顔をしているじゃないか」
イベリス王子は、ナミコの頬にキスをする。
ナミコは王子様からの求愛と同じ位、このメイク落としシートの有能さに驚いたのだった。
お付き合い頂き、ありがとうございました!
普段は主に幸せな異世界恋愛もの(中〜長編)を書いております。
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