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認めるのって難しい?

「わぁ~。朝早いのに凄い人だねぇ~」

「安く材料が手に入ればいいんだけど……。って言うか、はぐれないように気を付けてね」


 部屋に戻ると偶然にも起きていた葉平を誘って、使用人が良く使うという勝手口から外に出て、入り組んだ階段を幾つも降りるとすぐに城下にたどり着いた。

 何て言うのかしら、さすがは城下町と言うべき? まだ結構早い時間だと言うのに、街には大勢の人でごった返していた。

 たくさんの花を積んでいる手押しワゴンや、家の前に食料の入った籠を木箱の上に並べて売っている人や、綺麗な手織りの布売りや、卵何かを売る商売人があちらこちらにひしめき合っている。

 葉平とはぐれないように、手を繋いで人混みの中に入りながら目的の店を探し歩く。


「お母さん、何買うの?」

「うん? 豆と、あとパンに使えそうな材料がないかなぁと思って」

「ふぅ~ん」

「見つけたら教えてね」

「分かった」


 それにしても、本当にたくさんの店が並んでるなぁ。目的のものを探せるかしら……。

 あまりにひしめき合う店の多さに、豆を探しているつもりが色々と目移りしてしまう。あの布綺麗だなとか、あの服可愛いなとか、あの靴は履き心地がよさそうとか……。

 自由に使えるお金があれば、また楽しみ方も違うんだろうけど……。ま、王様から給与を貰ったら改めて好きなものを買いに来てみようかな。アクセサリーなんかも売ってるみたいだし。


「あ、お母さん! あっちに豆を沢山売ってるとこあるよ!」

「え? どこ?」


 気持ちが散漫になっている中、突如葉平に手を引かれて半ば強引に人混みを掻き分けるようにしてその店の前まで来ると、もの凄い数の豆がザルに入って量り売りをしている出店だった。

 

 おお。凄い。これは選び放題だわ。あ。小豆みたいなのもある。大豆っぽい豆もあるわ。

 目的の物はここで何とか揃えられそうね。


 それぞれ500グラムで5リレイってところかしら……。お城に何人の人が働いているのか分からないけど、2000グラムくらいあれば足りるわよね。

 ちょっと割高な気もするけど、今日はここで買うしかないわ。

 そんな事を考えながら、貰った30リレイでどれぐらいの割合で豆と材料を買うか考えている間に、葉平は私の傍で周りをきょろきょろとしていた。買う豆を決めてお会計をし始めたころになって、葉平が突然ぎゅっと私のスカートを掴んできた。


「何?」

「……」


 袋に入れてもらった豆を籠に入れながら不思議に思って振り返ると、葉平の視線の先にはフルーツを売っているお店の店番を任されているのであろう、葉平と同じくらいの女の子がいた。


「ん? あの子がどうしたの?」

「う、ううん。何でもない」


 ちょっと気の強そうな印象の、ストレートの黒髪の女の子なんだけど、お客さんとのやりとりを見ているととてもしっかりしているように見えた。

 その女の子から目をそらさずに「何でもない」と首を振る葉平の様子に、私は目を細める。


 ははぁ~ん。この感じ、さては……。


「可愛い子ね」

「う、うん」

「気になるの?」

「ん? いや、気になるって言うか……」


 途端にもじもじとし始める葉平の様子に、確信した。

 これって絶対、一目惚れってやつだわ。


「あんな感じの子が好きなのねぇ……」

「ち、ちげぇし! そんなんじゃねぇし!」


 突然でかくなる声に、私は思わずニヤニヤしてしまった。

 も~、照れること無いのに~。


 ニヤニヤが止まらない私に、顔を赤くして「ちげぇってば!」といつになく男の子らしい反応を見せる葉平を、相手の子も気づいたようでこちらを振り返った。


「あ。あの子、こっち見てるわよ」

「……っ!」


 私の言葉に、思わずパッと後ろを振り返った葉平と女の子の視線がかち合う。すると女の子はにっこり笑って返してくれるのに対し、葉平はぷいっとそっぽを向いてしまった。


「名前ぐらい聞いてきたら?」

「いいの! もういいんだってば! ほら、戻ろう!」


 顔を真っ赤にして強引に私の手を引っ張り、お城へ戻ろうとする葉平に、母は何だかじ~んとしてしまった。


 この子に早くも春が来たかぁ~。良きかな良きかな。

 これは度々買い物に来てあげないと駄目かもだなぁ~。ふっふっふ……。


 ニヤニヤがおさまらない私が、もう一度その子に視線を向けて手を振ると、女の子もまた笑顔で手を振り返してくれた。素直でとっても良い子に見えるなぁ。しっかりしてるのがまた良いわよね。


「ねぇ、葉平。また買い物に来ようね?」

「べ、別にいいけど」

「今の子、とっても良い子に見えたなぁ……」

「お、俺の事は別にいいの! それよりお母さんの彼氏の方が大事なんだからね!」


 おや。私に彼氏はおりませんよ、葉平さん。分かってるでしょうに……。


「お母さん彼氏いないけど」

「イズムスがなるかもしれないじゃん!」


 その名前を聞いた瞬間、パッと昨日の子犬のような彼の顔が浮かんだ。

 いやいや、彼氏にはならないでしょ。どう考えても年の差がありすぎるし身分だって違うし。


「ならないと思うけど? 明らかに年齢が違いすぎるし、そもそも子持ちのオバサンには女としての魅力なんか感じないと思うけどなぁ」

「そんな事ないかもしんないじゃん! イズムスだってお母さんとまた話したいって言ってたし! それにお母さんは可愛いよ!」


 あらあら。それはありがとう。でも何をそんなにムキになってるのかなぁ、もう。

 残念ながらお母さんはそんな色恋沙汰にうつつを抜かしていられるほど暇じゃないのよ。あの料理長と王様に認めてもらわなきゃいけないんだから。もしここで認められなかったら、仕事が無くなるかもしれないし、仕事が無くなれば住むところも食べていくことも出来なくなるんだし。


「生活が安定するまで、そういう気にはなれないわ。とにかく今はやらなきゃいけない事がたくさんあるの」


 あまりに現実的過ぎて、我ながらガッカリするような言葉だとは思うけど、それが事実なんだもの。

 葉平の為にも、生きていく為にも、私がしっかりしないと大変なことになるわ。

 しれっとその会話をかわすと、葉平はどこか納得いかないような顔をした。

 ……人間って、いつから素直じゃなくなるのかしらね。子供は素直に感情を表現できるのに、大人は隠すことや誤魔化す事ばっかり覚えちゃって。


「ほら、行こう。すぐに仕事に戻らなきゃ」


 そう言って葉平の手を握り締める私の胸は、どこかモヤッとしたものがあった。


 一人でいるより、本当はちゃんとまたパートナーを作った方が絶対に安定もするし、安心感も得られるのは分かり切ってる。ひいてはそれが葉平にとっても良いと言う事も……。またこうやって誤魔化したり目を背けることで、大人は素直じゃなくなるんだわ。そのくせ、人の事は応援したりお節介もするのに。

 私は繋いでいる葉平の手を、ぎゅっと握り締めた。




                       ******



「さぁて、作るわよ」 


 部屋に戻ってくると、葉平はまた中庭に行くと言って出て行ってしまった。

 私はそんな彼を見送って、豆を持って厨房に戻ってくると、フローラさんが「遅かったじゃなぁい! もう時間がないのよぉ!」と他のコックさんと共に慌ただしく動き回っていた。

 だから私も急いで作業場について、石窯に火をつけてから気合を入れて小麦粉たちと向き合った。


 すぐに焼き上げられる丸パンを先に作ってしまおう。朝食に出すと言っていたしね。

 それから新作のパンに取り掛かろう。


 大きな麻袋をドンと机の上に置いて出した小麦粉は、真っ白でサラサラ。とってもキメが細かくて、これは良いパンが出来そう!

 

 サザンディオから持ってきた酵母と塩と砂糖を丁寧に混ぜて、人肌に温めたミルクを少しずつ足しながら、私は無心になって生地を捏ね始めた。

 

 捏ねて寝かせて発酵させて、ガス抜きしてからまた捏ねて成形して二次発酵。

 ふんわり膨らんだら、それを手で綺麗に丸めて、側にあった鉄製のフライパンに似た入れ物に入れて蓋をして、石窯の中にそっと差し入れた。


 額に汗がにじむ。

 やっぱりこの作業一人でこなすのは、かなりハードだわ。


 何度も焼き加減を確認しながら焼き上げると、朝食時間にぎりぎり間に合うぐらいだった。

 いわゆる白パン。ふわふわに柔らかく焼き上がって、出来栄えは上場だわ。


「ふぅん、やるじゃない。でも、まだ毒見しなくちゃね」


 何とか焼き立ての丸パンを籠に盛り付けていると、フローラさんがそう言ってくる。

 その口ぶりからすると、間に合わないと思っていたんでしょうけど、そうはいかないんだから。


「どうぞ」


 そう言って籠から一つ取り出して差し出すと、フローラさんはこちらを見下すような眼で見ていたのに、受け取った瞬間、心底驚いたように目を見開いた。


「はぁああぁん! 何このふわっふわな感じ!? すっごい柔らかいわ!」

「白パンって言うんですよ。柔らかいので食べやすいと思います」

「このふわっふわな感触は、私の肌とおんなじね!」


 ……はい?


 思わず耳を疑うような言葉に、私はただ呆れるしかない。

 どっからどうみても浅黒い肌に、一応手入れはしているのだろうけれどガチムチで固そうな肌にしか見えませんよ。私には。

 呆れる私をよそに、フローラさんはしばらく目を輝かせて「可愛い」だの「もったいない」だの、まるで高校生の女の子みたいに頬を染めて騒いでいた。


 いいから早く食べなさいよ。そのために渡したんだから。


 じと~っと見ていると、それに気づいた彼はやっと白パンを口にした。

 口にした瞬間、また一層目をキラッキラに輝かせ、鼻息荒くこちらを振り返る。


「ほんのり甘くて、口に入れた瞬間溶けていくようだわ! 何なのこれ!」

「白パンです」

「私が今まで食べてきたのは一体何なの!?」

「パンですよね。ここでは普通の」

「やだぁ~! もう食べ終わっちゃったじゃな~い! 物足りなぁ~い!」

「……」

 

 どさくさに紛れてもう一個と籠に手を伸ばしてきたフローラさんから、私はひょいっと籠を避けた。


「駄目です。これは王様たちの朝食ですから」

「えぇ~! そんなぁ~。もう一個、もう一個でいいから! ね?!」


 子供みたいな事言わないでよ。それに、一番初めに会った時とはずいぶん態度が違うじゃない。

 ここまでコロッと変わるってことは、これだけで認めてくれたってことでいいのよね?


「料理長。それはつまり、私の腕を認めたって事でいいんですよね?」

「えっ?! あ、あらやだ。う、うぅ~ん……そ、そうね。もうちょっとってところかしら?」


 何それ。無理やり認めないみたいな言い方だなぁ。


 明らかに興奮冷めやらぬ様子を見せながら「まだまだよ。そうよ、まだまだなんだから!」って呟いている彼の姿を見ていると、ここにも素直じゃない大人がいると思うとだんだんおかしくなってきた。

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