表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/41

強烈キャラな料理長は油断なりません

 翌日。私はふぅっと長い溜息を吐く。

 厨房の扉の前で目を閉じて、緊張してる気持ちを落ち着かせた。


 まだ早朝だから、寝てる葉平を部屋に残して私は厨房の前に立っていた。

 この扉を抜けたら、私にとって新しい戦いが始まるんだわ。不安がないと言ったら嘘になるけど、ここで怖気づいている場合じゃないもの。これは生きる為に大事な第一段階。そうよ。女性がほとんどいない厨房に入るのは、いわば戦場に出向くのと同じ。


 ……これは戦いよ! どんな仕打ちを食らおうとも負けないわ!!


 そんな気持ちで、でも第一印象は大切に満面の笑みを顔に称えて勢いよく扉を押し開けた。


「おは……っ」

「あぁ~ん! やっと来たわぁ! いらっしゃぁい! も~、昨日から待ってたんだからぁ~!」


 ……ん?


 挨拶を食い気味に遮られた私は、開いた扉を何も言わずにそっと閉じる。そして閉じた扉を前に凍り付いた笑顔で、さっき目の前に飛び込んできた状況に冷や汗を流した。


 んんん~……? 何かオカシイぞ。私は今何を見たんだろうか……? また異次元にでもさ迷いこんだのかしら……。それとも間違えて何か禁断の扉を開いちゃった? でも、そんなもの王宮にあるかしら。


 今一度周りを見回してから、扉を見上げてみる。


 うん、間違いなく厨房よね。中からは良い匂いがしているし、見間違いじゃなければさっき鍋やフライパンや食材も沢山見えたもの。いわゆる、アブナイ道具は何もなかったはず。


「……今のは幻覚だったのかしら」


 もう一度、今度は恐る恐る扉を開くと、さっき遠くに見た大柄なごついひげ面のコック服を着た男の人が、目の前に立ちはだかってこちらを見下ろしていた。しかも手には出刃包丁を握って……。


「ひぇっ!?」


 遠くにいた時は良く分からなかったけど、この距離で見ると凄い迫力で……。

 そのあまりの迫力と驚きで言葉に詰まってしまった。


 何?! 何なの?! さっきと言い今と言い、凄い怖いんですけど?!


 ビクついている私をよそに、大柄な男性は包丁を握ったままの顔の前で手を組んで体をくねらせて見せた。


「やだぁ~もう! ごめんねぇ驚かせちゃったかしらん? 大丈夫! ビビる事無いのよ?」

「……」


 いや、ごめんなさい。ビビります。

 あなたのあまりのキャラの濃さにビビりまくります。


「アタシぃ、ここの料理長を任されてるフローラって言うの。ヨロシクね!」


 明らかなオジサンキャラの……フローラさんはバチンとウインクして見せた。


 うわぁ……。リアルなの初めて見た……強烈……。しかも綺麗じゃない方……。マツエクでもしてるのかってぐらい、ばっさばさな睫毛は自前なのかしら……。


「あぁん、でもアタシ女には興味ないの。ごめんなさいねぇ」


 でしょうね。


 それで女に興味あったら引いてしまうわ……。いや、これは男でも引くかもしれないけど……。

 って言うか、別にそんな事聞いてませんが。


「え、ええっと……。今日からこちらでお世話になります、フタバです」


 ぎこちなく挨拶をすると、フローラさんはその大きな巨体を揺らして私の肩をワシッと掴んだ。


 ひえぇえぇぇ~! だから怖いってばぁあぁ~!


 青ざめて固まる私の様子なんかちっとも気にならないんでしょうね。フローラさんはばっさばさ睫毛で、バチンともう一度ウインクして見せた。


「ええ、聞いてるわ! サザンディオのフタバでしょ? あなた、変わってるけど美味しいパンを作るんですってね? お手並み拝見だわぁ。アタシ、パンには結構うるさいのよ。覚悟してね!」


 もう苦笑いと冷や汗しか出てこない。

 チラッと奥にいる他のコックさんたちを見れば、皆下を向いてぎこちない雰囲気をだしている。

 私はもう一度フローラさんを見上げると、にっこり笑っているはずなのに目が全然笑ってないことに気づいた。


 お手並み拝見って言葉が、すでに挑戦的なのは感じたけど……。油断すると足元掬われるに違いないわ。きっと彼……いや彼女? は女の心を変に知ってるだけに、いびり方も陰湿な気がするし……。


「よ、よろしくお願いします……」

「あなたの作業場に案内するわ。こっちよ」


 フローラさんに連れられて厨房に入ると、他のコックさん達を横目に一番奥の隅に置かれた作業台に連れてこられた。小麦粉の入った大きな麻袋が山のように積まれていて、基本的なパンに使う材料は揃えられている。しかも石窯付。


「ここがあなたの作業場よ。必要な道具は揃えておいてあげたわ」

「……」


 やたら得意げに言うフローラさんの物言いが少し鼻につくけど、確かに申し分ない品揃えだと思う。小麦粉も、さすがお城と言うだけあって上質なものを使っているようだし。


「ありがとうございます。皆さんの為にも美味しいパンを作らせていただきます」


 その圧倒的なキャラの濃さに圧倒されたけれど、強烈なフローラさんになんか負けてられないわ。

 彼は私の事絶対馬鹿にしてる。女のくせに王様を唸らせるようなパンが作れるはずがないって。


 メイド達といいフローラさんといい、どいつもこいつも……。絶対、女のくせにとか言わせないんだから!!


「新しいパンを考えているので、材料を集めてきます。試作品を作ったら食べてもらってもかまいませんか?」

「えぇ、もちろんよ。王様に出すものだもの。しっかり毒見はさせてもらうわよ」


 毒って……随分な言い草ね。でも、確かに考え方によったら、一国の王様に何かあったら駄目だもの。当然と言えば当然の事よね。


 私は傍にあった籠を取り、フローラさんを見上げる。


「ブドウとミルクと、それから豆や砂糖と塩がある場所はどこですか? 出来れば鶏肉や野菜も欲しいんですけど……」

「え? あなた、パンを作るんでしょう? なんで鶏肉と野菜がいるの?」

「ですから、新しいパンを作るんです」


 色々あるにはあるのよね。ブドウパンはサザンディオでも人気だったからそれも作るとして、あとは鶏肉のトマト煮を包んだ総菜パンもいいかなって。

 本当は照り焼きチキンが作りたいんだけど、その為には醤油がないと話にならないし、作るにしても時間がかかるし……。

 

 小豆みたいな豆があるなら餡子を作ってあんバターパンもいいなぁ。甘く煮たサツマイモを入れたサツマイモブレッドもいい。


 どれも自分が好きなパンばかりだけど、自分が好きだからこそ食べたいし食べたいから作りたい。

 私が好んで食べるパンは葉平も美味しいって食べてくれるから、作り甲斐もあるってものよね。


「ふぅん……。何を作るのか知らないけれど、残念だわ。今丁度豆を切らしちゃってるのよね。城下まで買い付けに行かないと」

「分かりました。じゃあ私行ってきます」

「あら、そう? じゃ、これでヨロシクね! もし足りないものがあるなら買ってくるといいわ」


 そう言って30リレイを受け取る。ふむ……。大体3000円ってところか。

 ここだと豆がどれくらいの単価で売ってるのか分からないけど、余りそうならお言葉に甘えて使えそうな材料がないかも見てこよう。ついでに葉平も連れて行こうかしら。これからしばらくはここにお世話になるんだろうし、城下町なんて初めてだもの。


 籠を手に厨房を後にすると、フローラさんはふんと鼻を鳴らした。


「ここで他の男をそそのかしたら、ただじゃおかないんだから! 女は本当は入れたくないのよ。すぐ色目使っちゃってさ。でも王様の命令なら仕方がないわよね」


 そう言いながらチラッと周りに目を向けると、フタバを追いかけるように見ていた他のコックたちがそれに気づき慌てて作業に戻る様子が見て取れた。


「何見てんのよ! アンタ達、ちゃんと働きなさいよ!」


 信じらんない! とまくしたてながら、フローラは自分も仕事に戻るのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ