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噂話と王子殿下

「ここがフタバ様とヨウヘイ様の部屋になります。すぐ隣が厨房になっていますので、朝も問題ないと思いますよ」

「……あ、はい」


 王様との謁見の後、セバスチャンが真っ先に案内してくれたのは私たちがこれから暮らす部屋だった。

 別に……めっちゃくちゃリッチとかそう言うのは考えてなかったけど、これはこれでまた予想外と言うか……。


 隣は厨房で、大勢の料理人が出入りしている。私たちの部屋はそのすぐそばにある個室で、他の人と同じ部屋じゃないとは言っていた。そもそも女性の料理人って言うのが普通はいないらしいし、子供も一緒って言うのをありがたくも配慮して頂いた上でのこの部屋と言うのはね、分かるのよ。


 だけど、この部屋、どこからどう見ても物置部屋でないですか? ここ。


 急いで大物家具か何かを出したかのような後もあるし、天井には蜘蛛の巣やホコリがたんまりと溜まっていて、窓も錆び付いてなかなか開かなさそう。

 公然人身売買状態で連れて来られて、そもそも王様側から呼びつけておいてこの待遇はちょっとないんじゃないのかい? とか、思わない人いる? いたら教えて欲しいわ。


 いや、でも……贅沢は言える立場じゃないか。下手にもうちょっと贅沢にしろって騒いだら、「じゃあいらないや」って追い出されちゃうかもしれないもんね。

 ほんとは凄く嫌だけど。


「……ありがとうございます」

「後ほど、こちらで着て頂く洋服をお持ち致します。では、失礼いたします」


 そう言ってセバスチャンと別れた後、私は部屋を今一度見渡して深い溜息を吐く。

 言わば私は使用人と同じだもの。掃除までしてはくれないわよね……。いや、そう思わないとやってられない。


 見れば部屋の隅には掃除道具一式がある。雑巾になりそうなぼろ布もあるし、ハタキも置いてある。穴の開いていないバケツもあるし、箒もちりとりもある。


 なるほど。そもそも自分でやってくださいって体でいたわけだ。

 仕方ない。このままじゃ寝る場所もないし、休憩すらできないわ。まずはまともに生活出来るように部屋を掃除するとしますか!


「窓、開くかしら……」


 窓辺に近づいて錆びて固くなっている鍵に手をかける。

 当然これだけ錆び付いてるんだから簡単に開くわけもないだろうけど、開けないと掃除も出来ないわ!


「うぅ~っ!」


 めちゃくちゃ固い! 

 顔を真っ赤にしながらそれでも負けじと格闘していると、その内ガチャン! と音が鳴って鍵が開いた。だけど、鍵は開いたけど窓がまた簡単に開かない! 

 ガタガタと弄っているうちに、ギギギギ……と言う嫌な音を立てて何とかこじ開けると、突然突っかかりが無くなってバンッと思い切り開く。


「あわわっ!」


 急に開いたものだから、窓から外に転げ落ちそうになる寸前で何とか耐えた。

 開いた衝撃もあって、積もっていたホコリが固まりで落ちてきたり舞い上がったり……。


 酷いホコリ。どれだけこの部屋が放置されてたか良く分かるわ。

 こんな中で暮らしてたら病気になってしまう。


 パタパタと手で仰いでホコリを払うと、窓の外に川が流れているのに気が付いた。

 ふと横を見ると、メイドさん達が大きな樽の中に白いシーツを入れて洗濯をしている姿があるのを見ると、ここは使用人たちが使う作業場の一つなんだろうな。


 さてと。そんな事より、何をするにも体が資本! 気合入れて掃除してやるわ!


 私は腕まくりをすると、バケツを持って水を汲むために作業場へ続く裏口のドアを開けた。

 すると、それまで和気あいあいと洗濯をしていたメイドさん達が一斉にこっちを振り返ってくる。


 え……何? そんな一斉に見られたら怖いんですけど……。


 思わず動きを止めてしまうと、何もなかったかのように作業に戻ったメイドさんたち。

 私は訳も分からずバケツに水を汲んで彼女たちに小さく頭を下げ部屋へ戻ろうとすると、ひそひそと話す声が聞こえてきた。


「ね。あの人、あの男の子の母親らしいわよ」

「女一人で子供を育てるなんて大変ねぇ」

「そう言えばあの男の子、さっき事もあろうかイズムス様に取り入っていたわ」

「本当? やぁね。平民が王子殿下に取り入ろうとして……子供を利用してるのかしら」

「平民って言うだけで身分違いにもほどがあるのに、子持ちの女が相手にされるわけないじゃない。ねぇ?」


 ひそひそ話ほどよく聞こえるって本当なのね。しかも本人を前によくまぁそんな事言える。

 それにしても、どこの世界でも女性は噂話が好きよねぇ……。

 ある事無い事をよくもまぁ憶測で話せるわ。真実を確かめもしないで。


 そのまま聞き流そうかとも思ったけど、このまま何も言わないままなのは何だか納得いかない。

 王子様に取り入ろうとか思ってないし、そもそもそれが誰だか知らないし?

 何よりも、言われっぱなしなのが気にくわない。


 私は持っていたバケツの取っ手を握り締めて満面の笑みでズカズカと彼女たちの前まで歩み出ると、彼女たちは驚いた表情を浮かべて固まってしまった。まさかこっちから来ると思ってなかったんでしょうね。ふんだ。


「今日からここでお世話になります、フタバと言います。これから皆さんに美味しいパンを焼かせて頂きますのでよろしくお願いいたします。あ、あと、根も葉もない噂話は、人間的に株が下がると思うのでご自分の為にもお止めになった方がいいですよ」


 そう言ってから笑みを崩すことなくペコリと頭を下げて、私は部屋に戻った。


 他にもっと言いたいことは沢山あったけど、必要以上に自分で自分の居心地を悪くする必要はないもの。まぁ……今の言葉の中には十分嫌味は籠ってたわね。

 この後どんな話を広められるのか知らないけど、もう取り合う必要はないかな。相手の顔色を窺っていられるほど私、暇じゃないんで。


 あぁ言う人たちには、言うだけじゃなくてちゃんと行動で示すのが一番だもの。

 王様達だけじゃなくて、料理人や使用人さんたちの為にも手を抜かずに美味しいパンを焼いてみせるわ! 文句なんて言わせないわよ!!


 そんな闘志にメラメラと燃えた私は、いつも以上に気合を入れて部屋の掃除に取り掛かった。




                   *****




 とりあえず埃が舞わない程度に掃除が終わって、さっき作業場にいたメイドさんとは別のメイドさんが持ってきてくれた洋服に袖を通すと、さっきよりはまともな姿になった。


 深緑色のスカートと白いシャツ、スカートと同色のベスト。これが普通に着る服だって言うけど、普段こういう格好は日本ではそういないし、正直可愛いと思う。まぁ、貴族の方の服はもっと綺麗ではあるけど、上を見たらきりがない物ね。これでも十分過ぎるぐらい。

 腰で巻くエプロンと三角巾姿って言うのは相変わらず変わらないけど……。


 私は長い髪を一つに後ろで縛り、邪魔にならないように垂れ下がった髪を頭の後ろでピン止めし、三角巾でぴっちりと押さえつける。私が携わるのは食べ物相手だもの。髪が入らないようにしないとね。衛生管理大事。


「よし」


 さて、葉平はどこにいるのかしら。そろそろ帰ってきてもいいと思うんだけど。

 葉平を探しに行こうと部屋を出た時、通りかかったメイドさんに声をかけると中庭で見かけたと言われ、行き方を確認してからその場所に向かってみる。


 厨房の前を通り過ぎて、長くて広い廊下を進むと左に折れる。すると立派な中庭と温室が目の前に現れたけど、ここからじゃ出られなさそうだった。

 もう少し奥へ進むと突き当りに小さなドアがあり、そこから外に出ると中庭に先ほど見かけた温室の目の前に出た。温室の中にはたくさんの植物があって、植物園みたい。


「葉平~?」


 あまり目立って中庭に出るわけにいかないから、様子を伺いながら温室の周りをぐるっと回ってみる。すると、とっても大きなバラの生垣が広がる場所に出る。

 濃厚なバラの香りが広がって、思わずむせそうになるくらい沢山の色とりどりのバラが咲き誇っていた。これを見てると何か、不思議の国のアリスの世界に入ったみたい。


 背が高い生垣がずら~っと並んで、まるで迷路。迂闊に入り込んだら出られなくなるかも……。

 一瞬入るのを躊躇ったが、比較的近くで話し声が聞こえてくる。


『……じゃあ、これは?』

『これは“希望”だよ』


 一人は確実に葉平の声だけど、もう一人の声は一体誰なんだろう? 若い男性の声だけど……。庭師さんかしら。


 私は声のする方を目指して生垣の通路に入って進むと、ほどなくして休憩所のような少し開けた場所に出た。そこには白いテーブルと椅子だけがちょこんと置かれてる。

 こちらに背を向けて白い椅子に腰を掛けている男性は、身分の高そうな豪華な衣服を身にまとっていて、明らかに庭師ではなさそうだ。


「葉平?」

「あ、お母さん」


 何気なく声をかけると、葉平は男性の陰からひょっこりと顔を覗かせた。その葉平に誘われるようにこちらを振り返った男性は、私よりも若い男性だった。たぶん、20代前半くらいかな……短いこげ茶色の髪と、人懐っこそうな緑色の目がこちらを捉えた。


 葉平は椅子から飛び降りるとパタパタと私のところへ駆け寄ってきて、私は彼を抱き寄せる。


「ご、ごめんなさい。うちの子がご迷惑おかけしませんでしたか?」


 明らかに身分が高く見えるその男性に、詫びを入れる。

 たぶん、私の推測が合ってれば彼がさっきメイドさんたちが噂話をしていた公爵のご子息様なのだろう。だとしたら、私たちが下手に関わっていい相手じゃないもの。

 別に悪いことをしているとも思えなかったけど、ここは低姿勢で出なければどうなるやら分からないと、私の直感が言っている。


「俺何も迷惑なんてかけてないよ!」

「わ、分かってるわよ。だけどほら、あの方は身分の高い方で……」

「身分って何?」

「だ、だから……」


 い、いかん。身分の違いが分かってないのはここじゃダメな気がする! これは後でみっちり教えておかないと……。


 慌てふためく私をよそに、公爵のご子息様と思われる男の子は椅子から立ち上がりこちらに近づいてきた。


 あわわ……。ど、どうしよう? 座った方がいい?


 一人でパニックになっていると、ご子息様はにこりと微笑んでこちらを見た。


「別に構いません。ヨウヘイとは一緒に本を見ていたんです」

「そう! ただ字を教えてもらってたんだよ!」


 ああああ……それがダメなんじゃないかなぁ? 変に取り入ってるって、そういう所の事を言われてるんじゃないかなぁ?


「も、申し訳ありませんでした」


 もう謝れ。謝るしかない。

 そう思って頭を下げると、ご子息様は困ったように手を振った。


「本当に構いませんよ。気にしないで下さい。僕は堅苦しい事が好きじゃなくて……。少し仕事を抜け出してきたところを、ヨウヘイと会って話をしてただけなんですから」

「そうだよ! お兄ちゃんはすっごく良い人なんだ! 今度また字を教えてくれる?」


 ご子息様は葉平のその言葉に、わざわざ目線を合わせてしゃがみこんだ。


 あああああぁぁぁ、ダメダメ! 服を汚しちゃうわ!! 


「もちろん。いつでもいいよ。そこの温室か、ここでいつも隠れてるから」

「ほんと!? じゃあ明日! ついでにかくれんぼもしようよ!」

「うん、いいよ」


 青ざめる私をよそに何だか二人はかなり仲が良くって、談笑してる。


 あああああ、もうそれ以上容易く口を利いてはいかんと思うよ。今は良くても他の人に知られたら、何言われるか分からないじゃない!!

 でも、ヤキモキしている私のことなど見えてないかのように次々と約束を交わしてる。


 あぁもう! どうなっても知らないんだからね!

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