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面接は顔パスで!

 何か納得できないけど、「王様の命令は絶対!」なんて、王様ゲームみたいな感じが普通のこの世界の掟には逆らえない。一応、私たちは他から見たら外から来た人間で、私たちから見たらお邪魔している場所なわけだし、ここで事を荒立てるのも違うと思う。その世界にはその世界のルールってものがあるものだし。


「葉平。荷物をまとめてくれる?」


 2階にあがって、部屋で遊んでいた葉平に急ぎ荷物をまとめるよう伝えると、彼は怪訝な表情を浮かべた。そりゃそうだ。急に荷物をまとめろだなんて、まるで離婚したあの日を思い出させるようで、私も嫌な気持ちになる。


「荷物まとめて、どこに行くの?」

「王宮だって。この世界で一番力のある王様のいる場所に行かなくちゃならなくなったの」

「え~……。俺ここにいたい」


 そうよね。私も同じ気持ちよ。でもきっとここで私たちが頑なに行くのを拒んだら、サーシャさんたちに迷惑がかかるかもしれないもの。


「分かるわ。私もそう思ってる。でも、王様の命令は絶対聞かなきゃいけないんですって。嫌だって言ったらきっと私たちだけじゃなくて、サーシャさん達にも迷惑がかかることになるわ。ここまで良くしてくれた人に迷惑はかけられないでしょ?」

「……うん……分かった」


 葉平は渋々、サーシャさんの息子さんが使っていたと言うブリキのおもちゃから手を離した。

 ……変に物分かりが良いだけに、それが私には気がかりよ……。


「葉平。ごめんね?」

「別に、お母さんが悪いわけじゃないからいいよ。俺一人だったら嫌だけど、お母さんが一緒だから大丈夫」


 そう言って葉平は笑った。

 その笑みを見ると、私、とても胸が痛むわ……。

 早く安定した生活を送れるようにしなくちゃいけないのにね……。


 まとめる荷物はほとんどない私たちだったから、荷造りに時間はかからなかった。

 村の人のお下がりを貰った洋服数着を、二人で一抱え出来るくらいの物しかないんだもの。


「サーシャさん……お世話になりました」

「フタバ……。あなたがいなくなるのは寂しいよ。ヨウヘイともお別れなんて……」


 そう言いながら泣いてしまったサーシャさんに、私ももらい泣きしそうになった。


 私が店を離れる事でサーシャさんたちに苦労だけが残るのは嫌だと思ったけど、莫大な資金と人手を王宮の人がつけてくれるって言うし、たぶん大丈夫だよね。

 私がこれまで作ったレシピも、一緒に作ってきた旦那さんがもう熟知しているはずだし。


 後ろ髪をひかれる思いで、迎えに来ていた馬車に乗り込む。

 馬車に揺られながら、どこか不安そうな顔をしている葉平をみやり、私はこれ以上心配させないようににっこりと微笑んで見せた。「大丈夫よ」って、そう伝えて。


 これから行く場所は、新たな未知の世界なわけだけど……。とりあえず“お抱えパン職人”と言われるぐらいだし、食いっぱぐれも寝る場所もないって状況にはならないと思う。

 お抱えにしたいって言ってるぐらいなんだから、それ相応の衣食住は用意してもらわなきゃ働いてあげないんだから!

 こんなところで怖気づいている場合じゃないし、私は生きるためにも葉平を守るためにもしっかりしなきゃ! とは言え……。


「ねぇ、いつまでこの馬車に乗ってればいいの? もう何日も乗ってるじゃん。疲れたんだけど」

「確かにそうね。もう一週間は乗ってるわよねぇ。途中で何度か休憩も入れてくれてるけど、さすがに私も疲れたわ」


 村を離れてから一週間も馬車に乗っていて、体中がバキバキだ。

 普通の馬車よりいい馬車なんだろうけど、言うほど広くないし立ち上がって背伸びはできない。

 もういい加減ついてもいいんじゃないの?


 溜息を吐きながら窓の外に目を向けると、少し離れた場所に城壁に囲まれたとても大きなお城が森の木々の合間から垣間見えた。


「葉平! あれ見て! お城だよ、お城! きっとあそこだよ!」

「え? あそこ? 凄いお城だね!」


 ようやく目的地と思しき場所を見て、私たち二人のテンションが上がったのは言うまでもなかった。

 二人揃って馬車の窓に張り付き、初めて見るお城の姿に嬉々として会話も弾む弾む。


 あそこまで行けば、やっと体を伸ばせる! 早く到着してちょうだい!


 だけど、目的地は見えても実際にかかる時間は相当なもので……。

 見えたは良いけれど、結局見えてから目的地に着くまでにたっぷり6時間はかかったのには、さすがに心折れそうになった。


 賑やかな城下町を抜けてお城の正面玄関に馬車が着くと、そこには片眼鏡をかけてビシッとした黒の燕尾服のような服を着た男性が出迎えてくれた。


「フタバ様、ヨウヘイ様、長旅ご苦労さまでした。私は執事のセバスチャンと申します。お待ちしておりました」


 そう言って深々と腰を折る男性の身のこなしが何と優雅な事か。

 見れば階段の上には数人の召使と思われる、同じメイド服を着こんだ女性が数人見えた。

 みんな同じ服を身にまとっているけど、とても綺麗にしてる。

 そう思うと、思わず自分の身なりに視線を落とした。


 ……ちょっとさ、やっぱ気になるじゃない。

 だって私たちが着てる服は、どこからどうみてもただの村人みたいな恰好なんだもの。


 こんな場所にお呼ばれされるなんて考えてもいなかったわけだし? お金が無いから一張羅の洋服を買う事も出来なくて、村の人たちからのお下がりをもらって着てるわけですよ。

 頭には三角巾なんか巻いちゃってさ。さながら、シンデレラか? みたいな風貌。


 そう言えば、髪の毛もここに来てから切ってもいないし、染めることも出来てないから生え際との色の差が気になりまくるんですが。

 何とか汚く見えないように髪をまとめてはいるけど、限界があるわけでして。


 うぅ……。何か急に惨めに思えてきた……。


 しょんぼりと肩を落とす私のことなどさておき、先に馬車を降りた葉平はそりゃもう空気なんて読めるはずもなく、目をキラキラ輝かせながらお城を見上げていた。


「凄いよお母さん!! めっちゃでかい! 綺麗だねぇ!」

「そ、そうね……って言うかちょっと! 騒がないで静かにして!」


 今にも駆けだしそうな葉平の腕を掴むと、セバスチャンはにこにこと微笑んでいた。


「いえ、子供は元気なのが一番です。これからフタバ様はクラディ陛下と謁見して頂きますので、ヨウヘイ様はメイドたちにお任せしておきましょう」

「え、でも……」

「大丈夫です。ご安心ください。後で必ずお部屋までお連れ致しますので」


 そう言うと、セバスチャンは後ろに控えていたメイド達を数人呼び寄せ、葉平の相手をするよう申し付けられた。


「お母さんどこ行くの?」

「えっと、王様に会いに行くみたい」

「え~、いいなぁ。俺も行きたい」


 むくれた表情を浮かべる葉平に、メイド達は「ヨウヘイ様、あちらに参りましょう」と手を引いてくれる。最初は嫌そうな表情を浮かべるものの、女性が相手だとデレてしまう葉平だった。さらには「しょうがねぇなぁ」なんて言いながらメイド達に囲まれてまんざらでもない様子。


 どんなに小さくたって、あんたもやっぱり男なのね……。


「ではフタバ様。私たちも参りましょう」

「あ、はい」


 私はセバスチャンに連れられてお城の中に入った。

 中は本とかで見た通りの豪華な内装で、とても広くて、思わず呆然としてしまう。


 す、凄い。本物だ……。


 赤い絨毯も大理石の柱も、もの凄く高い位置にある屋根の絵画も、そりゃもう感動してしまう訳で……。日本から出たのは、グアムに行ったのがせいぜいだもの。ヨーロッパ地方のお城巡りに行きたいと思っていたのよね。


 田舎者丸出しだって分かってるけど、きょろきょろと見回しながらセバスチャンについて歩くと、ひときわ大きな扉の前で立ち止まった。


「クラディ陛下。フタバ様をお連れ致しました」


 その言葉に、それまでの浮き立った気持ちが急にギュッと引き締まった。

 そうだ。私、今から王様に会うんだった。お城に気を取られている場合じゃなかったわ。

 葉平もそうだけど、私も粗相のないように気をつけなきゃ……。


 ゆっくりと大きな扉が開かれると、300メートルはあるんじゃないかと思うぐらい遠くの玉座に、王様と、その隣にはお妃様と思われる女性が座っているのが見える。

 セバスチャンと一緒に王様の前まで歩いてくると、私はペコリと頭を下げた。


「は、初めてお目に掛かります、フタバと申します」


 何と言っていいのか分からずにそう言うと、うっかり頭を上げちゃいけないような気がしてそのまま固まってしまった。

 するとくすっと笑う声が聞こえて、やんわりとした声をかけられた。


「サザンディオのフタバだね。待っていたよ。顔を上げなさい」

「は、はい!」


 やば。緊張しまくってる。


 そう思いながら顔を上げると、暖かいオレンジ色の眼差しをしている王様と目が合った。

 年で言えば、私よりはもちろん上で茶色の肩までの髪をした、それはそれは端整な顔立ちの王様だった。


 へぇ……。王様が若くて美形なんて、ほんと漫画かアニメみたいね。

 若いって言っても、40半ばか50代前半くらい? 国を担うには若い方よね。……なんて、私めちゃくちゃ失礼な事考えてるかも


 それに、そんな冷静で客観的な見方をしてしまう私は私に、内心がっかりしてしまった。

 嫌だなぁ……。なかなかのイケメンなのに、ときめくよりも先に冷静な見方しか出来ないだなんて、私、いつの間にかオバサンになっちゃったのかしら……。


「あなたの評判は聞いているよ。何でも、とても珍しく美味しいパンを焼くそうじゃないか」

「き、恐縮です……」

「私もあなたのパンが食べてみたくてね。それでここへ招いたんだ。王家のお抱えパン職人として、ここで働いてくれるだろうか? もちろん、食事と部屋と衣服、それから働きに見合った賃金も与えよう」


 何と。衣食住だけじゃなく、給与も頂けるんですか。

 そりゃあ、断る理由なんかあるわけない。そもそも、ここにすがらなきゃ生きていけないんだもの。当然受けるに決まってる。


「はい。よろしくお願いいたします」

「良かった。では早速、あなたとあなたのお子さんのお部屋に案内させよう。長旅で疲れているだろうから、少し休んだらセバスチャンにこの王宮の事を教えてもらうと良い」

「あ、ありがとうございます!」


 おお。凄い。私、なんだかんだ言ってちょっとツイてるんじゃないかしら。

 もちろんそれに見合った仕事はさせてもらうけれど、今日からきっとリッチな生活が待ってるわ!


 面接も軽々パスした、豪華すぎる就職先に不満なんてありません。 


 さて、またここから頑張らなきゃね!

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