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断罪は返り討ちにして終わりましょう!

「サンディア。君との婚約は今日この場を持って解消させてもらう!!」


 大きなダンスホールに、高々と響き渡るアジール殿下の声。その場にいた来賓客の全員が騒然とした顔で、婚約破棄を言い渡されたサンディア嬢に視線が集中した。

 ざわざわとざわめく人々は皆、あの噂話を鵜呑みにしているせいか、サンディア嬢に対する視線はとてつもなく冷たい物だと言うのを、その場で給仕に当たっていた私も黙って見てる。


「サンディア様! 今ならアジール殿下も許して下さいます! どうか私にした罪をお認めになって、謝罪をして下されば私もこれ以上あなたを追い詰めるような事はしません!」


 あ~、なんて言うのかしら。こんな三文芝居を見せられて、こちらとしてはもはや呆れて物も言えない。

 アジール殿下の腕にしっかりと抱きしめられ、いかにも自分が寛大であるかのように言い放つアユの嘘くさいの演技は、もはや笑いすら誘ってくる。


 サンディア嬢はそんな彼らに怯む事も無く、扇を口に当てて冷静に二人を見つめている。でも、その扇の下の唇は私と同じく、二人の三文芝居を見せられて笑いを堪えるのに必死になってるのに気づいているのは、きっと私だけだと思う。……あ、イズムスもか。


 イズムスもアジール殿下の近くに王子様らしいきちんとした正装をして立っているんだけど、不自然に咳払いをしながら口元を隠しているのが見える。

 この場で全部の状況が分かっているのはこの三人だけだから、私たち以外の人達はそれはそれは怪訝な顔を浮かべていた。


「あら。何の事だかさっぱり。わたくしには分かり兼ねますわ」

「しらばっくれるつもりか!? お前がアユにした事の証拠は揃っているんだぞ!!」

「……証拠? あら。でしたら、わたくしもその証拠とやらがありましてよ?」

「何を根拠にそのような……!」

「もっとも、私の身の潔白と言うよりどちらかと言えば聖女様に関する、とある証拠……と言った方がいいかしら」


 そう言って笑うサンディア嬢は、目つきのキツさが手伝って本当に悪役令嬢っぽさが出ている。

 私がホールの二階にいる葉平を見上げて頷くと、葉平はここぞとばかりに手に持っていたビラを盛大にこのホールにばら撒いた。

 ヒラヒラと舞い降りる紙は多くの来賓客の上に降り注ぎ、皆がそれを手に取りそこに書かれている文面に目を通し始めた。そしてそれを読んだ人から壇上にいるアユに視線が集まり始め、ザワザワと騒ぎが大きくなり始める。


 そこに書かれているのは、私が聞き取ったアユのサンディア嬢に対する暴言の数々。それから日頃の行いなどなど。アジール殿下以外の男性とも仲睦まじくしている様子なんかも事細やかに書いてある。もちろん、日時も込々で。


 アジール殿下とアユも困惑しながらそのビラを手に取り、そこに書かれている文字を読む。その途端、アユの顔色がサッと変わり、アジール殿下の手の中にある紙を乱暴にむしり取った。


「な、何の嫌がらせなの!? 私がこんな事するはずないでしょう?! だって私は聖女なのよ? 人々を守る尊い存在なのよ!」


 相当焦っているのか、先ほどまでのしおらしさは何処へ行ったのだろう。声を張り上げてそう叫ぶアユに、サンディア嬢はフッと笑いながら余裕を持った冷静な声音で反論をする。


「あら……尊い存在だなんて。ご自身でそれを仰るのはおかしくてよ?」

「は、はぁ?! 大体こんなでまかせ書いて更に私に嫌がらせをしようだなんて、あなたやっぱり最低だわ!!」

「でまかせではありませんわ。全て事実ですわよ?」

「嘘よ!! こんな作り話、誰も信じるわけがないわ!!」


 肩で息を吐き、荒々しさを露骨に見せるアユに、サンディア嬢はふぅっとため息を吐いて冷めた表情で口を開いた。ここにいる誰もが自分を悪役令嬢だと言うのなら、まさにそれになり切って見せるサンディア嬢の演技力はアユの三文芝居の遥か上。気迫が全然違う。


「何をそんなに慌てていらっしゃるんですの? そんなに慌てていると、やましいことがあるのだと皆様に自ら示しているようなものですわよ?」

「……っ! あ、慌ててなんてないわよ。ちょっと、びっくりしただけで……」


 おお。さっきまでの勢いが嘘のように急にアユの言葉に力がなくなった。

 周りの人々の疑惑の目が徐々に大きくなってきているのがはた目から見ても分かる。


「あぁ、そうですわ。もう一つ聖女様に聞いて頂きたいものがありますの」

「え……?」


 さも今思いついた、と言わんばかりに手を打ったサンディア嬢の視線がチラリと私の方へ向けられて、それを合図に私は持っていたあのネックレスの録音機能を再生させる。流されるのは当然、あの夜の薬売りとの一連のやり取りに他ならない。あ、もちろん私の部分が始まる直前に止めさせてもらったけど。じゃなきゃ、違う意味でもっと騒動が大きくなっちゃうでしょ?

 イズムスの印象も悪くしちゃうから急いで止めたわよ、もちろん。

 

「な……な……」

「アユ様。これでもシラを切るおつもり? 法に触れる薬を用いて人の心を惑わせ、定期的に摂取させて体を蝕ませるだけでなく、この国の財を自分の欲望のままに使おうとする事は誰もがお認めにならないことではないかしら」


 サンディア嬢が腕を組み、それはそれは冷たい眼差しで睨むようにアユを見る目はゾッとしてしまうけど、でも彼女にはそれだけ怒る権利はある。だって、貶められた側の本当の被害者なんだもの。

 だけどアユも往生際が悪くて、分が悪いと分かっていながらもまだしらばっくれようとしていた。


「そ、そんな薬売り、私知らないわ!!」

「そうですか? 彼はあなたを良く知っているようですよ」


 知らないと声を上げるアユに、今度はイズムスが口を開いた。するとそこにいる全員が彼に注目し、イズムスが後ろにいる兵士に合図を送ると、兵士はあの薬売りを連れて現れた。その薬売りは、すっかり観念した様子で威勢もなく小さく縮みあがってしまっている。


 あんなになるなんて、よっぽどキツイお咎めを食らったんだろうな。無断無許可営業だけでなく、違法薬物を高値で売り捌いていたんだから、拷問くらい受けていてもおかしくないんだろうけど。


 そんな薬売りを見るイズムスの目つきも、私は見た事が無いくらい厳しかった。

 へぇ、あんな表情も出来るんだ。なんて、のんきに思ってるのは私くらいなものだろうなぁ。

 

「彼女の事を知っているな?」

「……は、はい。毎月惚れ薬を購入して下さっていた方に間違いありません」

「……っ」


 抑揚のないしょぼくれた声で証言した薬売りに、アユはいよいよ言い逃れが出来なくなってしまった。この場にいる全員からの冷ややかな視線を一身に受けて体を打ち震わせ、きつく拳を握り締めている。かと思うとボロボロと大粒の涙を零し始め、その場にへなへなと座り込んで大声で泣き出してしまった。


「だって……だってぇ……! 私ずっと貧乏だったから、贅沢してみたかったんだもん! 男の人にもモテたかったんだもん!! 聖女ってだけでみんながチヤホヤしてくれるし、王妃様になれるって分かったら誰だって浮かれるに決まってんじゃん!」


 小さな子供みたいに何度もしゃくり上げながらみっともなく泣いている姿を見ると、全員がますます怪訝な表情を浮かべた。こんな子が聖女だなんて……と囁く人も多く見受けられる。


 もちろん、アユがしたことは良くない事だけど、もうこれ以上彼女を追い詰める事はしないで上げて欲しい。


 私、実は事前にそれをイズムスに持ち掛けていたのよね。

 キツイお仕置きを食らわせたら、それ以上追い詰めるような事はしないで欲しいって。きっと多くの人から非難の目を向けられることになるだろうから、心が壊れる前に彼女を保護して会場から出してあげて欲しいって。


 なんて言うのかな……親心っていうやつなのかな。立場が弱くなった人を全員で追い詰める事は間違っていると思うし、そこまで突き詰める権利は私たちにあるのかなって思って。

 甘いって思われるかもしれないけど、正直自分より若い子がそんな状況に晒されているなんて思うと見てられなくなってくるのよね。


 イズムスは私のその意向を汲んでくれて、結果、今も他の兵士に連れられてアユはこの会場を後にした。

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