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お互いの壁は高く、厚く。それでも時間は待ってくれません

 その頃、葉平は城下の市場でエイミーと二人、お店の軒先で店番をしながら他愛無い話をしていた。


「ヨウヘイはいつも何をしているの?」

「俺? 勉強してるよ」

「……へぇ~、偉いんだねぇ」


 一介の平民が勉強をする、と言う文化が無いこの世界。勉強が出来るのはごく一部の人間だけに与えられたものだと言う認識が強く、それが出来る人間は身分が高いとされていた。言うならば、「平民が勉強をしたからと言って役には立たない」と言う風潮が当たり前のようにあり、勉強していると笑われることの方が多かったから。だからこの時のエイミーには葉平の存在が遠く感じられている事はおろか関わって良い相手ではないと言う認識になっていたのだが、当の本人はそんな事など露も思っていないのは否めない。

 認識のすれ違いが起きるのは、二人が生きて来た環境が違うからこそなのだがそれが分かるほど二人は大人ではなかった。


「じゃあ俺が教えてあげるよ、勉強!」

「え……?」


 無邪気にそう答える葉平は良かれと思ってそう言ったのだが、エイミーには逆に尻込みする言葉だった。

 笑いものになりたくない気持ちと、そうする事で親に迷惑をかけてしまうと言う気持ちが合わさり、エイミーは首を横に振る。

 

「……私、やらない」

「え? 何で? 苦手なの?」

「……だって分からないんだもの」

「だから俺が……」

「やらないって言ったらやらないの!!」


 感情的になりエイミーが思わずそう声を上げると、一瞬市場に来ている人々の雑話がピタリと止まって視線が一気に集まった。

 突然声を上げて「やらない」と言い張るエイミーに、葉平も当然のように驚いてしまって言葉が出なかったが、せっかく教えてあげると言っているのにやりたくないと言う彼女の言葉にイラっとしてしまう。


「何だよ、人が教えてあげるって言ってるのに!」

「だって必要ないもん!! だからやらないって言ったの!」

「勉強しなきゃいい大人になれないんだぞ!」

「いい大人って何?! 貴族になれるってこと!?」

「貴……族にはなれないかもしれないけど、でも勉強する方が良いってお母さんが……」


 エイミーの言い返しに上手く切り返せない葉平の言葉の少なさは、当然幼さからくる物だった。さらに、勉強をするのがなぜいいのかが一瞬で分からなくなってしまった葉平の言葉が次第に小さくなってしまう。

 幼い子供たちの言い争いなのだが、追い打ちをかけるかのような大人のひそひそ話が更に葉平を追い込んでいく。


「勉強ですって……。良いところのお坊ちゃまが何でこんな所にいるのかしら」

「俺ら平民が勉強したって何の役にも立たないし、出世するわけでもないのになぁ。あの子の親は何を教えてるんだろうか」

「そりゃそうよ。私たちが学問を学んだからって将来も変わらないなら、する意味ないのにねぇ」

「やだやだ、世間知らずのお坊ちゃまはこれだから……」

「隣にいる女の子も可哀想になぁ。あんなお坊ちゃんに絡まれていい笑われ者だぜ」


 どの言葉も心無い言葉として葉平の胸に突き刺さった。何が良くて何が悪いのか、この世界の事をまだ全て分かっているわけではない葉平にはただ「怖い」と言う認識を植え付けられてしまう。

 エイミーだけに言われるならばまだしも、なぜ周りにいる見ず知らずの大人から非難をされなければならないのかが分からず、涙が込み上げて来る。


 勉強をするのがそんなにダメな事? 勉強をするのがそんなに恥ずかしい事?

 当たり前のようにそんな生活の中にあった葉平には分からない事ばかりだった。分からない事ばかりだからこそ恥ずかしくて悲しくて、簡単に窮地に追い込まれてしまう。


「……っ!!」

「あ、ヨウヘ……」

「俺もうここに来ないからっ!!」


 あふれる涙をこらえきれずその場に立ち上がった葉平は、驚いたエイミーの言葉に吐き捨てるようにそう言うと、脇目も振らず駆け出した。

 涙を拭いながら一目散に王宮に向かって走っていると、目の前に現れた女性に思い切りぶつかってしまう。


「きゃっ!!」


 女性はその勢いに押されて尻もちをつき、葉平もまたつんのめって転んでしまう。


「いったぁい……このチビ! どこ見てんのよ!?」

「ごめんなさい!」


 反射的に葉平はそう口走り、すぐに立ち上がった。

 そんな葉平を見上げて来る女性の顔をチラリと見た彼は、すぐにプイっと顔を逸らして再び王宮に向かって駆け出した。


  


                 ******




「葉平?! どうしたの?」


 アユの動向を監視するために部屋を出ようとして扉を開いた私に、外から駆け戻ってきた葉平が勢いよく飛び込む形でぶつかってきた。突然の事で反射的に抱き止めたんだけど、葉平が涙でボロボロになっている姿を見てギョッとしてしまう。

 普段からあんまり泣くような子じゃないから、一体何があったのかと心配になるじゃない。


 出掛けるのは一旦やめておいて、今はこの子の話を聞くことが最優先だわ。


 私は葉平と部屋の中に戻り扉を閉めて、彼をベッドの上に座らせると目の前にしゃがみこむ。

 涙と泥でグシャグシャになった顔には擦り傷が付いていて、服も凄く汚れている。まさか、誰かにいじめられた?


「葉平、何があったの?」

「……何でもない」

「何でもないって事はないでしょう? こんなに汚れて泣いてるのに……」

「……転んじゃっただけだよ」

「転んだだけって……」


 本当に転んだだけ? それならそれで構わないけど、ただ転んだだけでそんなに泣き崩れるような事がある? そりゃ痛みに弱い子だったらあり得るかもしれないけど、葉平はただ転んだだけでは泣いたりするような子じゃないもの。それに、この子は性格上優し過ぎるところがあるのと、人の顔色や人の事を気にするタイプの子だから、本当に大事なことは飲み込んでしまう。たぶん、私が心配すると思って本当の事を言わないよう飲み込んでいるんだと言う事は、一目見て分かった。


「葉平……」

「何でもないって。大丈夫だから」


 涙を拭って笑って見せる葉平に、私は眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。

 この子をこんな風にしてしまったのは私のせい。人に気を使ってばかりいて、本当の意味で自由に言葉を紡げないのは見ていて心苦しくなってしまう。たまらず、私は葉平をぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫なわけないでしょ。私を何だと思ってるの? あなたの母親よ?」

「……」

「葉平。大人びた事ばかり言わせて、気を使わせてばかりでごめんね。私はもっとちゃんとあなたの事分かってあげていれば、こんな風に気持ちを押し殺すこともなかったのに……」


 ぎゅうっと抱きしめて私がそう言うと、葉平はまたしてもボロボロと大粒の涙を零し始めた。

 こんなになるまで我慢させてしまっていたのかしら。何が起きたのか分からないけど今回の事だけじゃなくて、これまで我慢していた事が溢れ出るみたいに泣くものだから居た堪れない気持ちになってしまう。


 とにかく、彼が落ち着くのを待ってから話を聞こう。

 本当は時間があまりある方じゃないけど、この子をこのまま放っておくわけにはいかないもの。だけど、話を聞く前に一度イズムスに断りを入れておかなくちゃ……。

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