確かな想いはそこにある
「……と、言う訳です」
大事な話をしに来たと言うのに、何かにつけて脱線しまくる話を何とか元に戻しながら私が書いたメモをようやく全て口頭で伝えることが出来た。
内容としてはあまり気持ちのいい話じゃないし、本人相手にありのままを話すのは私としても心苦しい所ではあったのだけど、これは証拠として大事な証言だからそのままを伝えなくては意味がない。
「そうでしたのね……」
さすがのサンディア嬢も、アユがどういう風に考えてどんな風に自分を見ているのかと知って落ち込んだ様子だった。
そりゃそうでしょうよ。だって無茶苦茶過ぎるんだもの。相手を陥れる言葉や貶すような言葉を平気でベラベラと話す神経も分からないし、アジール殿下がそれを容認しているのはあまりにも変でしょ?
そうそう、アジール殿下の様子についてもちゃんと報告した。苦しそうにしていると思った時、決まってアユはお茶を薦めて必ず自ら淹れ、殿下に差し出しているのもおかしい。やっぱりスラム街でアユは怪しい薬売りと取引しているのは間違いないと私は思ってる。でなければ殿下の様子がこうもあからさまに変わるのはおかしいもの。
私はそこまで考えて、ふと私情が絡んで膝の上の手をぎゅっと握り締めた。
「……サンディア様。もし、今回の件が丸く収まったとして……おこがましいことかもしれませんが、アジール殿下を許せたりしますか?」
何となく気になって私がそう聞くと、サンディア嬢は驚いたように私を見た。
だって、一時だったとしても他の人に目移りしちゃったような人をもう一度許せるかどうかって大きな問題だと思わない? たとえそれが薬の影響だったとしても。
だけどそんな心配をよそに、サンディア嬢は優しい笑みを浮かべてしっかりと頷き返した。
「わたくしはアジール殿下と共にある為に幼い頃からずっと教育を受けて来たのですし、わたくしは幼い頃より殿下の事を心からお慕いしています。一時の迷いでそれが本当に薬の影響なのだとしたら、殿下に非はないものと思いますわ。本当に殿下の意志で他の人を想っていたのだとしたら……それは言葉にならないほど辛い事ではあるけれど……。でももし、すべてが丸く収まったならわたくしはわたくしの意志でもう一度殿下と共にある事を望みます」
その言葉がやたらと胸に刺さった。
真っすぐな彼女の想いは本物なんだなって、だから私の胸にもその言葉が刺さるんだなって、そう思った。
そうよね。自分の本当の意志で違う人に目移りしたんなら許せないかもしれないけど、意志とは関係なく目を逸らされたんだとしたら本位じゃないのと同じだもの。だけど、そう思える彼女は年齢とは裏腹にとても大人だなと思った。
サンディア嬢ともっと早く出会えていたら、私はもっと違う人生だったのかもしれない。
この話をしたのは、私にも似たような過去があるから。
元旦那が女にだらしない人だったから、ただただ許せないの一言だったんだもの。だから異性と付き合うとかまた傷つきたくないとか、相手をいまいち信用しきれなくてそう言う気持ちまで踏み切れないのもあるのよね。
相手を信じる事も大切だと、まさかここで学ぶことになるとは思ってもみなかった。
逃げることや否定することは簡単だけど、でもそれは前を向いているとは言えない。私は自分に言い訳ばかりして逃げる事に必死になってたのね。
「……それじゃあ、私は王宮に戻りますね。また分かったら報告します。あと今回の件、きっと全て丸く収まると私は信じてます」
「えぇ、ありがとうフタバ」
「あ、そう言えばこのネックレスですけど……」
ふと思い出してそう訊ねると、サンディア嬢はにこりとほほ笑んで首を横に振った。
「それはフタバに差し上げますわ」
「え……でも……」
「わたくしが持っていても役に立たない物ですし、きっとそれは今後もフタバの役に立ってくれるはずですもの。今回の件でのわたくしからのプレゼントとして受け取って下さる?」
そう言ってくれるサンディア嬢に、私はぺこりと頭を下げた。
こんな高価なもの頂いていいのかと思っていたけど、ここまで言われて無下に断るのも失礼だと思ったから。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、サンディア嬢はそれはそれは嬉しそうに微笑んでいた。
王宮に帰ってきたのは午後に入ってからだった。
部屋に戻ってからすぐにアユの動向を探りに行こうかと思ったけど、その前に中庭に向かう事にする。
なんて言うか……会いたくなったのよ。イズムスに。
そそくさと中庭に向かうと、そこにはいつもの席で読書をしているイズムスがいた。
「フタバ?」
私の存在に気が付いて顔を上げたイズムスだけど、いつもここにいるはずの葉平の姿がどこにも見えなくてキョロキョロと辺りを見回してしまう。
「葉平は?」
「ヨウヘイでしたら、今日は城下に行っていますよ」
あ、そうなんだ。じゃあ一人でエイミーに会いに行けているのね。
確認しようと思っていたから、行けてるなら良かった。
「サンディア公爵令嬢とはお話しできましたか?」
「はい。先にイズムスが手紙を出しているだなんて思わなかったので、凄く驚きました」
そう言うと彼は笑いながら開いていた本を閉じて、かけていた眼鏡を外した。
改めてみると綺麗な顔立ちよね、ほんとに。
「あの……。色々と気にかけて下さってありがとうございました」
「いえ、僕は僕に出来ることをしたまでですし、僕がしたくてやってる事なんで」
「その事でサンディア嬢にからかわれましたよ」
「え? そうなんですか? あ、いや、それはすみませんでした……」
「いえ、そうではなくて……ただ、素直に凄く、嬉しかったです」
私が照れ臭そうにしているのが珍しいのか、イズムスは目を瞬いてまじまじとこちらを見つめて来る。
いや、えっと……改めてそうマジマジと見られると妙に恥ずかしいと言うか……。
我ながら初心な反応をしてしまう自分が情けなく思えて来る。ここで尻込みしていても仕方がないでしょ。何で会いたいと思ったのかちゃんと伝えないと。
「サンディア嬢に今回の事ですべてがもし丸く収まったとしたら、アジール殿下が許せるかどうかを聞いてみたんです」
「はい」
「そしたら彼女、変わらないって言ったんですよ。故意にせよ他意にせよ、一時でも他の人に目移りした事に変わりはないのに、サンディア嬢はアジール殿下をそれでも好きだと言った言葉に私、凄く胸を打たれたんです」
急に何の話をし出したのだろうとイズムスはそう思っているかもしれない。現によく分からないと言った顔でこちらを見ているもの。
真っすぐに思うまま分かりやすい言葉で伝えられたら一番なんだろうけど、これがなかなか上手く伝えることが出来ないのは幾つになっても同じかもしれない。
あまりこう言うのを他人に話したことはないんだけど、イズムスには話しておきたかった。
「私の元旦那は、女性にだらしがない人だったんです」
「……」
「浮気が分かって、それで毎日喧嘩ばかりしていて……。結局、元旦那とその浮気相手の女性は破局したんですけどね、私は一時でも私や葉平の事をから目を逸らして自分の事しか考えない元旦那が凄く許せなくて、それで離婚を決意したんです。そしたら旦那、何て言ったと思います? あぁ、いいよって軽々しく答えたんですよ。何でそんなに無責任に言えるんだろうって思ったら、その時にはすでに別の女性の陰があったらしくて……」
思い出すと腹が立ってくる。別にもう別れるんだから関係ないんだと思う事にしたのよね、あの時。でも一度でも好きになった人だから、やっぱり傷つくのも事実だったわけで。
「旦那のせいで、男性に対して人間不信になってしまっているんですよね、私。だからあなたが真っすぐ私に向けてくれている想いが、どうしても信じられなくて……。そもそも身分とか色々厚い壁があるし、あなたは若いし、どうせ傷つくのが目に見えているなら最初から始めなければいいって思ってて……」
「……フタバ」
「でも、サンディア嬢の考え方を知って、これじゃいけないんだなって気付かされたんです。28にもなって、ちょっと遅い気付きだったのかもしれませんけど」
私は困ったように笑いながらそう言うと、イズムスは椅子から立ち上がって私の前に跪いた。
突然の事に凄く驚いたけど、緊張から私の固く握りしめている手にそっと手を重ねて来ると真面目な顔で私を見上げて来た。
「あなたがどうして頑なに僕を拒むのか、理解できて良かったと思います。あなたが抱える胸の傷はそう簡単には消えないでしょう。でも、その傷を僕が癒せるならこれ以上願ってもない事です。僕はアリスレストの名に誓って、あなたを……ヨウヘイも大切にします。もし僕の言葉が疑わしいと言うのなら、王室を出たって構わない。だから、僕と一緒にもう一度、共に生きる人生を歩んで欲しい」
その言葉がようやく私の胸に染みてくると同時にボロボロと涙が溢れ出た。
もう一度信じてみよう。バツがついた私でも良いって言ってくれるこの人を……。
「……はい」
やっとの事でそれだけ言うと、イズムスは嬉しそうに微笑んで私を抱きしめてくれた。
越えられるかどうか分からない壁はあるけど、今の私はこの人を信じるところから始めよう。そこからどうやって行くかは、二人で……ううん、葉平も含めて三人で考えればいいんだ。