思い通りにさせないために.2
翌日。私は再びサンディア嬢の邸宅へ向かっていた。
今日は手土産として塩パンとクリームパンを作って来たんだけど、もう少し手の込んだものにすれば良かったかしら……。昨日はイズムスに掴まってあれこれ話をしていたら作る時間がどうしてもなかったからなぁ……。
それにイズムスもこの作戦に乗っかるって事になったらビックリしちゃうわよね、きっと。
勝手に話したのはマズかったかなとは思ったけど、あの状況でのらりくらりとかわせる自信が私にはなかったわ。
私の休みも明日で終わり。で、お披露目会までがあと4日?
それまでの間に何か決定的な動きは絶対にあるって、あの後イズムスが言っていたっけ。その動きを掴めさえすれば問題ないって。
それにしても、もうちょっとゆっくりした休暇の予定だったんだけど、予想外の展開だったわ。もしこうならなかったら、葉平を城下に連れてってもあげたかったし……って、そう言えばあの子一人で行けてるのかしら。帰ったら聞いてみなくちゃ。
あと本当はこの間イズムスと葉平とピクニックに行った場所に食材を採りに行って、新しいお惣菜を作りたいなぁって思ってたんだけど……。でも、一人で行ける距離ではない、か。近くまで馬車とかあればいいけど、片道切符な気がするし。
なんて、あれこれ考えている内にサンディア嬢の邸宅に到着した。
「いらっしゃい、フタバ。待っていましたわ!」
今日は応接間に案内され、扉を開くなりサンディア嬢は嬉しそうに私を出迎えてくれた。
彼女の手元には私がリガルに託して送った手紙が広がっている。
「お茶を用意させますわね」
「ありがとうございます。あの、これ皆様で召し上がって下さい」
「とてもいい香り! 今日は何を持ってきて下さったの?」
「クリームパンと塩パンです。もう少しちゃんとした物をご用意できれば良かったんですが……。申し訳ありません」
謝罪すると、彼女は「いいんですのよ。お気になさらないで」とにこやかに微笑んで、傍にいるメイドさんに籠を手渡した。
「フタバが書いてくれた手紙は、とても面白いんですのね。色んな形の文字があって」
面白い? そう言う風に取れるんだ。
確かに漢字があってひらがなとカタカナと、色々組み合わさってるものね。見方によったら確かに面白いのかもしれない。
「読めないですよね。すみません。私がまだこの国の字を完全に覚えきれてないもので……」
「いいえ。この手紙を見るのがわたくしの最近の楽しみでしたのよ? 眺めているだけでも面白いですわ」
あぁ、この人本当にいい人過ぎて目が眩むわ……。アユとは真逆すぎて、もういっそサンディア嬢が聖女様になればいいのに、なんて思ってしまう。だって、こういう人柄だったら聖女として相応しいじゃない。他人を思いやれる慈愛に満ちた人。そう言う人じゃないと聖女なんて務まらないわよ。
それよりも、早速本題に入らないとね。時間はあまり無いんだもの。
「あの、サンディア様。話をする前に先に断りを入れさせて下さい」
「断り……?」
「実は今回の調査がイズムス……殿下にも知られてしまいました」
そう言うとサンディア嬢は別段驚くでもなく目をぱちぱちと瞬いて、「何をいまさら」と言わんばかりにニッコリ笑って頷いてくれる。
え? 何その表情。どういう事?
「えぇ、知っていますわ」
はい? 知ってる? なぜに?
訳が分からない私が今度は目を瞬くと、サンディア嬢は一枚の手紙を取り出してくる。その手紙の刻印をよく見ると……王宮のもの……?
私が困惑している姿を見て、サンディア嬢はくすくすと笑いながら話をしてくれる。
「昨日、殿下から手紙が届きましたの。この調査にはイズムス殿下も加わると言う事。それから……余程あなたの事を大切に思っていらっしゃるのね。今後このような事が起きても、あなたを危険に晒したくないからフタバに関係する事は全て、殿下に報告するよう書いてありますわ」
それはもう、まるで欲しかったものを手に入れた子供のように、ニッコニッコ笑いながら手紙を差し出して来た。
嘘。そんな事まで書いてあるの?
マジマジと手紙の文面を見つめるけど……うぐぅ……半分しか解読できない。
この世界の文字って頭に入りにくいのよね……。それを葉平は簡単に覚えてしまうのは、純粋にそのままを見て書くからだろうなぁ。
なんて思いながら手紙と睨めっこしている私の顔を見て、サンディア嬢はやんわりと微笑んでくる。
「フタバはイズムス殿下に愛されておりますのね」
「い、いや、それは……」
「あら? そうは言ってもあなたも満更ではなさそうですわよ?」
いたずらっ子のように微笑む彼女に、私はポカンとしてしまった。
私があまりにも間の抜けたような顔をしていたのか、サンディア嬢は「手紙を見ているあなたの表情は凄く嬉しそうでしたけど」と言葉を付け足してくる。
嘘。え? 私そんなつもりはないし、そんな顔していたつもりもないんだけど……。
「でも、身分の差は埋められませんわよね……。あなたが王族に連なる身分を持てたなら別でしょうけど」
「はぁ……。いえ、私はそう言うつもりはないんですが……」
「本当に?」
そこ突き詰められたらハッキリと「本当です」と言い切れない自分がいる事にドキッとしてしまった。
いや、でもあり得ないでしょそれは。って言うか私の話をしたいんじゃないの!
「わ、私の事はどうでもいいんです! 今はサンディア様の将来とアユの事が大事ですから!!」
私がそう声を上げると、サンディア嬢とお茶を運んできたメイドさんたちに更に笑われてしまった。
お、大人をからかわないでよ! もう!!
ひとしきりクスクスと笑っていたサンディア嬢だけど、コホンと咳払いをすると話を元に戻した。
「スラム街の事も、イズムス殿下から情報を頂きました。わたくしの方でも調べていて、同じタイミングで同じ情報を掴んだようですわね」
「その裏付けを取る為に、アユの動向の監視をしないといけませんよね。ですが、実は私王宮からお休みを頂戴しているのが明日までなんです。出来るとしても明日までに動きが無ければ……」
「その時はわたくしとイズムス殿下の配下に調査を続けさせますわ」
途中で投げ出すのは気持ち悪いんだけど、仕事があって生活がかかっていると思うとそうせざるを得ないのが正直なところ。働かなきゃ食べていけないもの。葉平に美味しいものを食べさせてあげる事も出来ないし、新しい服も買ってあげられないんでは可哀想過ぎるし。
要は、明日中にアユが行動を起こしてくれればいいだけの話なんだけど、こっちの都合でどうこうなる問題じゃないものね。
「すみません、もしそうなったら引き続きよろしくお願い致します」
「構いませんわ。元々はわたくし達の問題ですもの。フタバはわたくしの為に頑張っている事が嬉しく思いますわ」
ああぁ……本当になんていい人。
アジール殿下の目を覚まさせて、どうかサンディア嬢と結ばれてくれますように……。
私はそう願わずにはいられなかった。
「明日までは、フタバがイズムス殿下と調査を続けて下さるのよね?」
「……うっ!? ゲホゲホッ!!」
話に一区切りついたととりあえず安心してお茶を口に含んだ瞬間、サンディア嬢がそんな事を言うもんだから思いっきりむせてしまった。
や、やめてよ! まだいじる気!??
……とは言え、実際そうなる事になっているから否定できないわけで……。
チラリとサンディア嬢を見ると、この状況をめちゃくちゃ楽しんでいる様子に私はため息を吐いた。