思い通りにさせないために.1
それから数日、私はアユの近くで彼女の発言や行動、それからアジール殿下の様子をくまなく確認してネックレスに記録できるものは記録していた。
ネックレスに記録した音声は、誰もいない所で紙に書き起こしていたんだけど……日本語でしか書けないのが何とも……。多少はここの国の文字も書けるようにはなってるんだけど文章としてはなかなか書けなくて。でもネックレスの記録が古いものからどんどん消えて行っちゃうみたいだから、書き止めておかないと。
書いたメモを葉平に渡して訳してもらう事も考えたんだけど、余計な事にあの子を巻き込みたくないし、書いたメモをそのまま隠しておいて万が一見つかったら厄介だから、人目を盗んでサンディア嬢が付けてくれたボディーガードのリガルに渡していた。
本当は彼は私に何かが無いと接触しないと言う事になっていたんだけど、明日、サンディア嬢の邸宅に再び赴いた時に全て口頭で訳すとして定期的に手紙をリガルに運んでもらうようにお願いをしておいたのだ。
「じゃあ、お願いします」
「……」
この日も人目を盗んで書いたメモを手渡して、ホッと胸を撫でおろした。
こんないかにも怪しい動きをしなきゃいけなくなるなんて、我ながら凄いことしてると思うわ。
「えっと、明日はサンディア嬢の邸宅に……」
明日の予定を一人で確認しながら部屋への道を戻ろうと後ろを振り返って歩き出そうとした時、思い切り人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ……」
ん……? 人にぶつかった……? え? も、もしかして……。
瞬間的に人にぶつかった事に思い切り焦った私が青ざめながら顔を上げると、そこにはイズムスが立ってこちらを見下ろしていた。その表情は何とも読めないような顔を浮かべていて……。
う、嘘……。
私の顔がさらに青ざめたのは言うまでもない。
「フタバ。ちょっとこっちへ」
「え? ちょ、待って……」
イズムスは短くそう言うと私の手を掴んで歩き出した。
ど、どうしよう? バレちゃったわよね。もうここまで来たら隠し通せるものでもないし、この際イズムスにも黙っててもらうつもりで話しておいた方が良いかもしれない、のかな……。
私の手を掴んだままズンズン歩いて行くイズムスに私はついて行くしか出来なくて、やってきたのは例によって中庭の東屋だった。
東屋でベンチに座らされた私の向かいにイズムスが腰を下ろしてじっと私を見て来るんだけど……き、気まずい……。
「何をしていたんですか?」
「え……と、な、何も……?」
苦笑いを浮かべながらしらばっくれてそう言ってから彼をチラ見すると、物凄く不機嫌な顔を浮かべているのが分かる。
うわぁ……ダメだこりゃ。このまま黙ってても良いことないわ、きっと。観念して白状しよう。
「ご、ごめんなさい、実は……」
「誰ですかあの男性は。まさか……フタバの新しい恋人、とか……」
……ん? 何か話がちょっとズレてる気がするぞ?
「フタバは、あんな強面の屈強な人がタイプなんですか……」
自分には到底あんな風にはなれないとばかりに、ガックリと肩を落として明らかな落ち込みを見せていて、私は思わずポカンとしてしまった。
内密に動いている事に対しての咎めかと思ったら、そっち? え、そっちのが気になっちゃう?
「や……ちょっと、勘違いしないで下さいね? 私とあの人は別にそう言う関係じゃ……」
「違うんですね?」
リガルとの関係を否定すると、今度はパッと顔を上げて嬉しそうにずいっと近づいて来られたもんだから、思わず体を引いてしまった。
「ち、違う! 断じて違います!」
「……良かった。僕はてっきり、あの男の人とお付き合いを始めたのかと……。人目を盗んで仲が良さそうに話をしていたから。僕はあの人を越えなきゃいけないと思ったら、急に自信がなくなってしまって……」
イズムスは心の底からホッとしたような顔を浮かべて、先ほどの怖い顔から一転小犬みたいな顔に変化した。って言うか。人目を盗んで会っていたのは間違いないけど、どこからどうみても仲が良さそうには見えないと思うけどな? 凄い想像力。ツッコミどころが満載過ぎて何処からつっこめばいいのか教えて欲しい。
「僕は諦めてませんからね? フタバのこと」
「……う、はい」
若い。若すぎる眼差し!! そんな純粋な目を向けられたら私の目が潰れる!!
大体、何で私なんかが良いのよ。もっと若くて可愛い子たくさんいるじゃない。わざわざバツがついたような人を選んで自ら茨の道に入って来ようとしなくてもいいのに。
「じゃあ、あの場所であの男性と何をしていたんですか?」
「あ~……えっと……」
悶々としている中、突然話が本題に入ってきて記憶が引き戻される。
色々言訳を考えていたんだけど、どう考えてもこの土壇場で何かいいアイデアが浮かぶわけでもなく……。
「あの、絶対に他言しないで下さいね?」
「?」
「実は……」
事の経過の話をすると、イズムスは驚きにも少し不機嫌そうにも見える表情に変わる。
まぁ、誰でもそう言う顔になるわよねぇ……。立場が逆だったら……私もそう言う顔しちゃうかもしれない。
「やっぱり……」
「やっぱり?」
「あの時会ったのはフタバだったんですね。変装が見事で最初は分かりませんでしたけど」
あの時、と言うとあの時よね……。初っ端から出くわしたあの時。
……ん? ちょっと待って。やっぱりって事は看破されてたってこと?
「え……何で私って……」
「香りです」
「へ?」
「フタバはいつも優しいパンの香りがするんです。見た目も声も全然違うのに、同じ香りがするから不思議だなと思ってたんですよ」
まさかそんな香りが私からしてたなんて。いや確かにパン職人としているから小麦の匂いがするのかもしれないけど自分じゃ全然分からないし、イズムスはそれを感じ取ってるなんて思わないじゃない?
恥ずかしさと同時に、やっぱりこの人は犬だなと無礼な事を考えてしまったのは内緒。
「それより、何で僕に最初からその事を話してくれなかったんですか」
「最初はイズムスに話そうと思ってたんですよ? でも先にサンディア嬢から手紙を頂いて、流れでこういう事になったのと、あまり多くの人に話をすると何処かで情報漏洩の可能性もあるから、極秘裏に動いていたんです」
「でも、フタバに危険があったら……」
「サンディア嬢が、そのためのボディーガードを付けて下さったんですよ」
「……僕でも良かったじゃないですか」
ああ、物凄くむくれてる。
いや、と言うかそもそもよ? 平民の私が「自分が危ない目に遭わないようにボディーガードになって」なんて、どっかの雇い用心棒ならともかく王族の人に普通言えるわけないでしょ?
そんなんやったら何様状態だし不敬よ不敬。アユじゃあるまいし。そっちの方が危険だわ。
「イズムス? あなたは王族の人だからボディーガードになってなんて私から言えるわけないの分かってますよね?」
「……まぁ、そうですよね」
「気持ちは嬉しいですよ。ありがとうございます」
それでもまだどこか納得できていないのか、顔は憮然としたままだった。
なんて言うか、そう言う一面も持ってるんだなぁと思うと失礼な話、ちょっと可愛いなと思ってしまった。口には出せないけど。
「とりあえず明日サンディア嬢の邸宅にもう一度赴いて、話をまとめて来ようと思ってます。スラム街での事も気になりますし」
そう言うと、イズムスは話の流れでピンと来ていたようで、こちらが聞く前に話をし始めた。
「ひと月くらい前に来た薬売りの商人、ですよね。それなら僕の方でも分かります。彼は未だに営業許可申請を出していません。宣告してから一度も申請に来ないのに城下で勝手に営業されても困るので、色々こちらでも調べていたんですが……。どうやらフタバが考えていたように、スラム街の片隅で細々と営業していることが分かりました」
「え? そうなんですか?」
「はい。しかも、どうやら普通の薬を取り扱っているわけではなさそうです。一般的な薬品ももちろん取り扱っているようですが、その裏では惚れ薬や感情を高ぶらせる媚薬などをメインに売っているようですよ」
「じゃあ、もしかしてアユもそれを目当てに……?」
「実際に買った現場を見たわけではないですし、その店に行っている確かな証拠がまだないので何とも言えないですが、可能性はあります」
えええ、凄い! 人手が増えると一気に入ってくる情報も多くなる。
信頼できる相手出ないとこんな話も出来ないしよっぽど人を選ばなきゃいけないことだけど、彼は間違いなく信頼できる人だもの。
その情報は正確だから、その裏付けを取る為には……。
「アユの動向をもう少し観察する必要がありそうですね」
「……もしかして、また一人でやろうとしてませんか?」
ボソッと呟いた言葉に、イズムスはすぐに反応をして私に問いかけて来る。
いや、だから、あなたにはどうやっても頼めないでしょ? 変身できるわけでもないのに。
「僕も一緒に行きますよ」
「それは出来ませんよ。あなたに何かあったら……」
「あなたに何かあったら、葉平が一人になるかもしれないんですよ?」
うぐっ。痛いところを突いて来ないで。
「僕も平民に変装しますし、サンディア嬢のボディーガードと僕の方でももう二人ボディーガードを用意します。相手の出方が分からない以上用心棒は多い方がいい」
あぁ。こりゃダメだって言っても絶対ついて来るわね……。まぁ確かに、味方は多い方が良いに越したことはないけども……。