聖女様、ご乱心であられます!
「いい加減にして!! 何でこんなの持ってくるのよ!!」
私が開いている扉の前にやってくると、豪華な部屋の中はめちゃくちゃだった。
立派な花瓶は割れてカーペットも床も水浸しになっているし、幾つもある箱は散乱していて買ったばかりと思われるような綺麗なドレスもそこら中に散乱している。
何が起きてるの?
「こんな子供みたいなデザインのドレス、私の事バカにしてるんでしょ!!」
「も、申し訳ございません!」
「アジールの横に立つ人間がこんな、幼稚なものを着てたらいい笑いものじゃない!!」
そう言うなり、掴み上げたドレスはレモンイエローのフリフリドレスだった。
うわぁ……凄い。確かに子供だったら凄く喜びそうなデザインではあるわよね……。あのお茶会で見たドレスも凄かったけど、センスがないと言うかなんというか……。
慌てふためく数人のメイドに紛れて、私は様子を窺いながらネックレスに手をかける。
『このネックレスには音を吸収する能力も備わっていますの。あまり長い時間だったりそのまま残しておくことは難しいのだけど、必要だったら使ってみて。使い方はネックレスの飾りに触るだけで大丈夫ですわ』
サンディア嬢の話、要は録音機能があるってことよね。
どんな言葉が飛び出すかは分からないから、念のため……。
「お茶会でのサンディア様を見た?! 私と同じ歳なのにあんな綺麗なドレスを着こなして、私もああいうのが着たいって言ったじゃない!!」
「し、しかしこちらは以前聖女様がご注文されたお品でございまして……」
「うるさいわね! 今は違う気分だって言ってるの!! すぐに違うのを用意してよ!!」
凄い我侭……。そのドレスだって自分が好きで頼んだものでしょうに、今は違う気分だからって別のを用意しろだなんて無茶を言う。
「申し訳ございません。仕立て屋が今は不在でして……」
「は? 不在ってどう言う事? 今すぐ探して呼んできて!!」
あ、やだ。物凄く腹が立ってきた。
どれだけこの子甘やかされてきたお嬢様なの? 本物のお嬢様はもっと大人で物分かりが良いわよ?
7歳の葉平が駄々こねるならまだ可愛げもあるのに、17歳の善し悪しが分かるお年頃のそれはだいぶイタイわよ。
私が他のメイドさん達とは別にイライラしていると背後からバタバタと誰かが駆けよって来る足音が聞こえてきた。そちらを振り返るとお茶会で見たあのアジール殿下が血相を変えて駆けて来るもんだから、驚いて自然とその場から離れてしまった。
「アユ! どうしたんだ?」
アジール殿下が狼狽えながら部屋に飛び込むと、アユは鬼のように怒り狂っていた表情をコロッと変えてその目をうるうると潤ませながら駆け寄って来る。
「アジールぅ、私こんな子供っぽいドレスじゃ嫌って言ったの。今度お披露目会でアジールの横に立つに相応しいドレスじゃないと、恥ずかしいもの。例えば、前にお茶会で着ていたサンディア様のドレスとか」
「……そうか。分かった。すぐに仕立て直そう」
「ほんと? 嬉しい!! ありがとうアジール!」
お茶会の時と言い今と言い、サンディア嬢じゃなくてもこんな茶番を見させられているのはほんと耐えられないわ……。
アジール殿下も殿下よ。何考えてるの? こんな子の言葉一つに簡単に左右されちゃって、そんなんで王様になれるはずがないじゃない。しっかりしてよ。それじゃあなたの事を好きだって言うサンディア嬢があまりにも可哀想だわ。それに、今のあなたよりよっぽどイズムスの方がしっかりしてるじゃない。
あああああ! 言いたい! 言いたいけど言えないっ!!!
「どんなドレスだったら良いんだい?」
「そうね~。じゃあ、次のお披露目会で着て来るサンディア様のドレスが良いわ」
は? え? 何を言ってるのこの子。
私が思わずポカンとしていると、さすがのアジール殿下も面食らったような顔をしていた。そんな彼の表情など気にも留める様子もなく、アユはつらつらと自分の想いを話し始めた。
「だって、サンディア様ってセンスが良いじゃない? でも私の事を苛めるくせに綺麗に着飾って気に入らないんだもの。あれだけ酷い事しておいてお披露目会で注目を浴びようとしているのがずるいじゃない。だったら、あの人が着るものを私が先に着ちゃえば私が映えるかなって思って。だって、アジールのお嫁さんになるんだもの。綺麗な方がアジールだって嬉しいでしょ?」
な、なんて子なの……。性格がひん曲がってるどころの騒ぎじゃないわ。気に入らないからって相手の物を奪ってこいだなんて、犯罪と一緒じゃない。それを平気でやらせようとしているのがどうかしてる。
怒りでどうにかなっちゃいそうになりなるけど……今は我慢よ、双葉。
「……そ、そうか。分かった」
じゃないいいいいいいっ!! そうじゃないいいいぃいいぃっ!!
簡単にアユの言葉に同意しちゃ駄目でしょうよ!! どれだけ聖女様は尊いのよ!? ただの我儘よ!? 次期国王になる人に対して平然と犯罪して来いって言ってるのよ!?
「!?」
怒りが沸点に達しそうになって、思わず傍にある扉のドアノブを握り締めていた。それはもう怒りを逃がすのに必死過ぎて軋むような音がするくらい。
隣にいたメイドさんがビックリしてたけど、何かに掴まっていないと口出ししてしまいそうで怖いのよ。ごめんなさいね。
ただ分かったのは、この世界での聖女と言うのは下手をしたら王様より偉くもなれること、どんな我侭を言おうとも許されると言う事、どこまでも尊い存在であると言う事なんだな。
逆らったら何かあるわけ? 国でも亡びるの? こんな子にそんな力があるって言うの?
聖女の事に関してはほとんど無知も同然の私だからこんな事言えちゃうのかもしれないけど、実際口にしたら首が無くなっちゃう事もよく理解している訳だから言えないだけでさ……。
私きっと一人で憤怒の表情になっちゃってる。良くない、良くないわ双葉。大人でしょ落ち着いて。
「……?」
でも私、気付いてしまった。
喜ぶアユの横で、どこか苦々しい表情を浮かべて立っているアジール殿下の一瞬の表情を。
何だろう。凄く苦しそうに見えるんだけど……。
それなのにそんな表情を間近に見ているはずのアユはフル無視で、無邪気さを存分に発揮して彼の腕を掴みソファに座るように促した。
「アジール! お茶にしましょ? さっき美味しいお茶を持ってきてもらったの。私が特別に淹れてあげるね!」
「あ、聖女様私が……」
「いいの。私がアジールに淹れてあげたいから、あなたは休んでていいわよ」
上機嫌のアユが自らワゴンのお茶の傍に駆け寄ると、傍に控えていたメイドの申し出を断って追いやり、鼻歌交じりに紅茶を注ぎ始める。暖かい湯気を上げている紅茶のカップをアジール殿下と自分の為に持ってきてテーブルに置くと、一つをアジール殿下の前に差し出した。
「どうぞ! 飲んでみて! フルーツの甘い香りがしてとっても美味しいのよ。あ、あなたたちはこの辺適当に片付けて下がって良いわよ」
まるで邪魔者。
私を含むメイドさんが割れた花瓶やドレス、濡れた床の拭き上げをしている横でアジール殿下とアユは楽しそうに談笑を続けている。けど……あれ? アジール殿下の表情何かさっきと違う? 何かお酒でも飲んだ後みたいに微かに頬が赤らんでうっとりしたような顔を浮かべているように見えるんだけど……。
「さっきね、イズムスにも同じお茶を振舞おうとしたんだけど頑なに断られちゃったの。私、嫌われてるのかなぁ?」
「そんな事はないよ。あいつは少し人見知りでなかなか打ち解けるのには時間がかかるかもしれないが、アユの事を嫌い何てことはないさ」
「そうかなぁ? じゃあ私もっとイズムスとも仲良くなれるように頑張らなくっちゃ!」
……あれ、私何かモヤッとしてる。
アユがイズムスにも入れ込んでいる事は知っているはずなのに、実際に彼女の口からイズムスの名前を聞くと何かこう、モヤッと……。
って言うか、イズムスが人見知りなわけないと思うけど。凄い人懐っこいゴールデンレトリーバーみたいな性格だと思うけどな?