思った以上に大仕事になりそうです
「フタバ。これをご覧になって?」
私の前に、サンディア嬢がネックレスを出してきてくれた。
物凄くシンプルなネックレス。トップには月の形をした青水晶が付いていて、チェーン部分には小さな煽水晶と同じ丸い石が等間隔に付いてる。
こんなシンプルなネックレス、サンディア嬢にしたら物凄く地味なアクセサリーの一つになると思うんだけど……。
「これには、人の姿を変える魔法が掛かっているんですのよ」
「へ?」
ちょ、待って。今何て言った? 魔法? え? この世界には魔法も存在してるの?
「魔法……ですか」
「えぇ。思い描いた人物に変わる変化魔法。ただ、これを外してしまうと効力は消える単純魔法ですわ」
「……」
私が思わず黙り込んでネックレスを見つめていると、サンディア嬢は疑っていると思ったのかずいっと私にそれを差し出して来た。
「付けて見て、確かめて下さっても結構ですわよ」
「え?!」
「実際に体感してもらう方が分かりやすいかと思いましたの」
そう言うと、サンディア嬢がネックレスを手に自ら立ち上がり私の背後に回ってきた。
「あぁあぁ、そ、それくらいなら自分で……」
「いいんですのよ」
クスクスと笑いながら手慣れたもので、サンディア嬢は私の首にネックレスを付けてくれた。
なんて言うのかしら。久し振りにアクセサリーを付けてちょっと私の気分も良くなったのは内緒。アクセサリーなんて使う事ほんとになかったからなぁ……捨てちゃったのもいっぱいあるし。
「フタバ、誰でも構わないから心に思い浮かべてみて?」
「誰でも……」
そう言われると誰を思い浮かべていいか分からないなぁ……。
あぁ、そう言えばアユの事を話してみてもいいかしら。彼女はあの日あの裏路地で一体何をしていたんだろう……。
「あら」
「!?」
ふとサンディア嬢の声に我に返った私は、自分の姿を見て驚愕してしまった。
肌艶の良さはもちろんなんだけど、黒くて長い髪に着ている服が見覚えのある物で身長も少しだけ縮んだような……。
「もしかしてこれって……」
「聖女様、ですわね」
やっぱり!? 凄い。本物だわ……。魔法なんて本当にあるんだ……。
私が驚きと、自分じゃない自分になったことが妙に嬉しくて自然とウキウキした気分になってしまう。
久し振りの若さよ。もう二度と戻れないと思っていた若さ! 一時のまやかしでも素晴らしくない!?
1人で嬉しそうにしてしまっている私を見ていたサンディア嬢が、首を傾げながらポツリと呟いた。
「それにしては、随分とお忍びのような出で立ちの聖女様ですのね」
その言葉に我に返った私はハッとなって、そんな彼女を振り返りぐっと身を乗り出してここぞとばかりにこの衣装を着たアユの話を持ち掛けた。
「あの! サンディア様、聞いて欲しい事があるんですが……」
「え、えぇ……」
一瞬驚いた顔をしていたけれど、彼女はすぐに頷き返してくれる。
私は一旦ネックレスを外して元の姿に戻ってから、あの日見たアユの行動の不審さを話すとサンディア嬢はやや俯き気味に考え込んだ。
「聖女様が城下のスラム街に出入りするなんて、穏やかじゃないですよね」
「そうですわね」
「スラム街に関して王宮は何か認知はされているんでしょうか?」
サンディア嬢はまた黙りこんだ。
彼女は次期王妃の座を約束されている人だから、何か情報を持っていてもおかしくないかなとは思ったけど、この様子を見ていると何かを知って良そうな気がするのよね。
まだ王妃様と言う訳ではないけど、国の情勢や政治にも関係するような位置で色々情報の見聞きはしているんじゃないかなって……。
「そう言えば……少し前に営業許可を出していない薬売りがいると言う情報がありましたわ。薬売り自体は不思議でも何でもありませんし、王宮からの申請するよう通達は手渡しで渡していると言うけど、まだ回答は来てなかったはずですわ……」
それ、明らかに怪しいじゃない。って思うけど、単純にそう言うのにズボラな人って可能性もあるから一概には言い切れない所ではあるわよね。でも、怪しいと感じた時点で不審な事をしているんじゃないかって容疑がかかってもおかしくない。
「その薬売りが、どこに出入りしているか分かれば何か関連していると思ってもおかしくないですよね」
「そうですわね。この件はわたくしの方で調査をしてみますわ。もしその薬売りがスラム街に出入りしているとなれば、無許可営業をしている可能性も否定できませんわね」
何か凄い展開になってきているような気がするのは私だけかしら。
勝手に一人でドキドキしてる。でも、私なんかがここまで首を突っ込んでもいいのかしら……なんか急に違う意味で怖くなってきたけど、実際にあの日のアユを見たのは私なわけだし。
「フタバ」
「はい?」
「あなたにも協力して頂くことは出来るかしら?」
「私が、ですか? ……と、言うと例えば?」
突然の申し出に驚いて彼女を見るとサンディア嬢はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべているけど、その目には強い思いを宿しているのも見ていたら分かる。
何か、凄い事を言われるんじゃないかしら……。私に出来る事かしら……。
「そのネックレスを使って、色々な人に化けて聖女様の行動を監視して貰いたいんですわ」
はぁ、なるほど。監視ですか……って、監視!??
「え、いや、それは……」
「この事を知っているのはわたくしとフタバだけでしょう? この話が必要以上に拡散する方が危険ですもの。もちろん危険な事までする必要はありませんし、聖女様に接触する必要もありませんわ。ただ何をしていたのかを監視して貰いたいんです。その中で、もしかしたらまた聖女様がスラム街に行く可能性もあります」
だ、だとしても危険なのは変わらないんじゃないかしら……。でも、このままこの話を受けなかったとしたら……。
このままだったらどうなるのか分かっていて、黙って見過ごすのは違う気がする。
サンディア嬢は王宮にとっても大切な人だと言う事は痛いほど分かるし、私も出来る限りの協力はさせてもらうつもりでいたんだもの。
私は緊張した顔をしたまま、膝の上に置いていた手をギュッと固く握りしめた。
「本当に危険だと思ったら、身を引いても構いませんか?」
「えぇ。あなたには守らなければならない人がいるでしょう? わたくしも、フタバには危険は犯してほしくはありませんもの」
「そう言う事なら……」
「念のためボディガードも付けますわ」
1人で事を起こすのは怖いですものね、とニッコリ微笑みながらそう言うサンディア嬢に私はそりゃもう彼女に惚れてしまいそうなくらいキュンとしてしまった。
何てことだろう。この人は本当に素晴らしい人だわ。サンディア嬢こそ王妃様になるべき方よ!
アジール殿下には目を覚まして頂かなくては!! こんなに素晴らしい人を無下にするなんて誰が許しても私が許さないんだから! 何も出来ないけど……。
私が一人で意気込んでいると、サンディア嬢が傍に置いてあったベルを鳴らした。するとセバスチャンが何処からともなくやって来る。そして彼女がこそっとセバスチャンに耳打ちすると、彼は「かしこまりました」と深々と頭を下げまたどこかへ行ってしまった。
「あの、彼は一体どこへ……?」
「あなたのボディーガードを呼びに行ってもらったんですわ。すぐに戻ります」
サンディア嬢の言う通りそれから何分もしない内にセバスチャンは一人の長身の男性を一人連れて戻ってきた。
屈強そうな男の人は笑いもしないし始終ムスッとした気難しそうな感じに見える。頼もしいけど、彼が傍に控えていると思うと何となく怖い、かも……。
「彼はリガル。フタバに危険が迫らない限り接触してくることはありませんわ」
「ありがとうございます」
「わたくしとアジール殿下のお披露目会まで時間はそんなにありません。それまでに出来る事をやっておきたいんですの。だって、後悔はしたくないんですもの……」
あぁ、彼女はどんな結果になっても受け入れる覚悟は出来ているんだな……。だから後悔が残るような事はしたくないって気持ち、すごくよく分かる。
サンディア嬢の処遇が悪い方へ転がらないように、私も強く願ってるわ。だから、私も精一杯務めさせてもらうわ!!