サンディア嬢の憂鬱、からの……
「ようこそお越しくださいました。フタバ様」
翌日、サンディア公爵令嬢の住まう邸宅に向かった私。お嬢様がいるお屋敷に呼ばれるなんて経験、少なくとも皆無だし綺麗な洋服も持っていないけど、最大限自分に出来る精一杯のオシャレをしてきた。
ワンピースにはなるんだけど、それをパーティドレスっぽくアレンジして肩にはシースルーのショールをかけたもの。まさか、サンディア嬢が着ているようなドレスを私が手にするなんてことは不可能だもの。
ちなみに葉平はお留守番をしてもらった。そもそも彼自身は興味がまるでないみたいだからね。「お母さんたちだけで楽しんでくればいいんじゃない」なんて、言っていたっけ。
朝から門の前に馬車をつけてくれて、それに乗る事2時間くらいの場所にサンディア嬢の邸宅があった。
手には昨日仕込んだミルクレープとデニッシュパンを詰め込んだ籠を抱えて、招かれたお屋敷の豪華なこと。王宮とそこまで大差ないような感じがするけど……。
大きな庭園には大きな噴水に、色々な花々の咲く花の園。
お屋敷のエントランスもとても広くて、使用人で働いているメイドさんの着ている服も凄く可愛いし、皆笑顔が素敵だった。
従業員がこんな素敵な笑顔をすることができるって、きっとお仕事をする上での環境がとても整っているってことよね。
「お嬢様は庭園にてフタバ様をお待ちです。どうぞこちらへ」
いい天気だし、日差しも温かい。たっぷり日の光が届く明るいお屋敷内を歩いて案内された中庭は大きくて立派な木が植えられていて、その木陰に椅子とテーブルを置いて本を読んでいるサンディア嬢の姿があった。
ふわぁ……何て言うか、凄く絵になる。
「お嬢様、フタバ様をお連れ致しました」
「ありがとう」
「お茶をご用意してまいります」
私を案内してくれたメイドさんはぺこりと私にも会釈をしてその場を立ち去る。
サンディア嬢は本を閉じて満面の笑みで出迎えてくれた。
「いらっしゃい、フタバ」
「お、お招き頂きありがとうございます、サンディア様」
緊張しながら挨拶をする私を出迎えてくれたサンディア嬢は、この前見たドレスよりももっとラフな格好をしていた。何て言うんだろう、堅苦しい感じじゃない、普段着みたな感じっていったらいいのかしら。ドレスはドレスなんだけどね。
「待ってたわ。どうぞ、こちらにいらして?」
そう言って、彼女の向かいの椅子に座るよう促してくれるので、「失礼します」と一言言ってから椅子に座らせて貰った。
なんて言うのかなぁ。公爵令嬢なんて言うからもっと厳しい感じなのかなってイメージがあったけど、彼女は本当に物腰が柔らかくて気さくな感じ。人の好さが凄く分かる雰囲気って言うのかしら。
私がつい見とれていると、サンディア嬢は小さく笑う。
「ふふ」
「?」
「とっても美味しそうな香りですわね。何を作って来て下さったの?」
彼女の年相応と言うか、ほんのちょっとの無邪気さを垣間見た気がする。
「ミルクレープとオレンジデニッシュです」
「ミルクレープ?」
「はい。強力粉とお砂糖やバターを混ぜて作った生地を薄く焼いて、間にクリームを塗って重ねていくとこんな形になるんですよ。断面は切ってからのお楽しみです」
「ふふふ。とっても楽しみだわ」
可愛い人だなぁ……。
私は素直にそう思った。少しきつそうな目元をしているけど笑うと無邪気で可愛いし、お菓子が楽しみって言ってくれるなんて、どこをどう見ても可愛い以外ないじゃない。
たぶんアユと同じくらいなのに、どうしてこうも違うのかしら……。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「待っていたわ。早速フタバの持ってきてくれたケーキを切り分けてちょうだい」
「かしこまりました」
メイドさんに籠からミルクレープを取り出して手渡すと、目を瞬いた。だけど、甘い香りにすぐに表情はすぐに崩れてうっとりしたような顔を浮かべながらナイフで丁寧に切り分け始めた。
その顔が見れただけで、私としてはもう十分だわ。嬉しそうな顔って、心を満たしてくれる。
「あの、サンディア様」
「何ですの?」
「大きめに作って来ましたので、残った分は皆さまにも召し上がって頂きたいんですが……」
「えぇ! わたくしだけで頂くのは勿体ないもの。ぜひ皆にも味わってもらいたいと思っていたの」
満面の笑みで快く快諾してくれると、傍仕えしていたメイドさんたちから小さく感嘆の声が上がった。
ふふふふ。嬉しいなぁ。
それに、気兼ねせずに周りを気遣える懐の大きさと優しい一面がハッキリと見て取れて、この人は人を貶めたりするような人じゃないと、私の中で確信に近いものを感じさせた。
「素敵……。とても綺麗ですわ……」
切り分けられたケーキの断面には、薄切りにしてクリームと生地の間に挟んだフルーツが綺麗に並んでいて、手元に来たそれをまるで宝石を見る時みたいに、お皿事持ち上げながらため息交じりに鑑賞する姿は年相応な感じにも見える。
そっとフォークで一口大に切り分けてぱくりと口に運ぶと、更に表情がパァっと明るくなる。
「とっても美味しい! 凄く気に入ったわ!」
「そう言って頂けて嬉しいです」
「フタバは凄いですわね。こんな美味しいものを作り出すだなんて……まるで魔法みたいですわ」
魔法って、また大袈裟な。
でも褒められると悪い気はしない。喜んでもらえることが料理にしてもお菓子にしても作り甲斐があるというものだもの。
その後サンディア嬢は私との雑談をしながら心行くまでケーキとお茶を堪能し、十分に満たされると両手を頬に当てて余韻を楽しんでくれていた。
「本当にフタバが私のお屋敷に来て下さればいいのに」
「そう言って頂けるのは、これ以上ない光栄です」
困ったように笑いながらそう言うと、サンディア嬢も王宮の事情を少なからず分かっているだけに無理を言ってはこない。だけど、手元の紅茶を見つめていた彼女は、少し寂しそうに微笑みながらポロっと本音を漏らした。
「……私がアジール殿下と結婚出来たら、すべてが上手くいくんですのよね」
そんな姿見たら、胸がぎゅっと苦しくなって本人じゃないのに何だか泣きたくなってくる。応援もしたいし、励ましてあげたい。
「サンディアさ……」
「フタバは、聖女様の事どう思います? あなたの率直な意見が聞きたくて、今日はお呼びしたんです」
突然、本題に入られて驚いた。
そりゃ気にならないわけないわよね。だけど、一応聖女信仰に厚い場所だからどう伝えたら良いか悩む。どこで誰が聞いてるか分からないわけでしょ?
「そうですね……」
私がどう伝えるべきか悩んでいると、何かに気付いたサンディア嬢はすぐに人払いをする。
「今ここにはわたくしとあなただけですわ。他に誰もいないので本音で仰って?」
さすが良く分かってらっしゃる。でも、念には念を入れて……。
私は念の為ぐっと声を落として口を開いた。
「私は子供の親でもあるので、少し見る観点が違うかもしれませんが……聖女様は年相応の女の子に見えます」
「?」
「サンディア様は厳しい教育を受けて来られた方だと思うのですが、厳しさを知っている分大人だと私は感じています。正直に申し上げて、聖女様は世間を知らないかなと……。幼い子供よりは知恵を付けているけれど周りに甘やかされて来た方なのかな、とお見受けします」
ほんとはこんな事、小声でも言えない事だけど私が持った率直な感想はこれ。
同じ年齢でもここまでハッキリと分かれた印象を持つのは、やっぱり2人の間には培ってきた経験に雲泥の差があるせいだと思う。
「ですからアジール殿下がもし、本当に聖女様を選んだら王国は前途多難だと思います」
「やはり誰の目から見てもそう思いますわよね……」
「そうですね……普通に考えたら誰でもそう思うんじゃないでしょうか」
「フタバ。あなたは信じて下さる? わたくし、神に誓って聖女様を苛めるような真似はしていませんわ。ましてや階段から突き落とすだなんて……」
よっぽど辛い思いを抱えていたんだろうなぁ。
違うと否定したところで王宮の誰もが信じてくれない中で、しかも「悪役令嬢」なんて陰口まで叩かれてるんだもん。誰かに打ち明けたくても言えなくて悩んでたんだろうと思うと、変な親心が出て来る。
「もちろんです。今日この場で拝見したサンディア様のお姿と、ここに勤めているメイドさん達の姿を見れば、そんな卑劣な事が出来る人だとは到底思えません」
「ありがとう、フタバ……。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「……向こうの勝手な言いがかりを付けられているんですし、せっかくなら一泡吹かせてやりたくなりませんか?」
口が悪いかもしれないけど、私も同じ女として納得出来ないし、サンディア嬢がその気ならと思ってそう持ち掛けたら、最初は驚いていたけどすぐにニヤリと笑って来たから逆に私が驚いてしまった。
「いいですわね……」