初々しい子供達をよそに、見てしまいました
「エイミーはよく私たちの事覚えていたわね?」
「はい。この辺じゃあんまり見たこと無い顔だったので」
なるほど。だから覚えていたのか。っていうか、この子と話していると、子供と話をしているんじゃなくて大人と話しているような感じがするのは、気のせいかな。もの凄くしっかりしすぎていると言うか、子供らしくないっていうか……。
ニコニコして明るく笑っているから分かりにくいけど、何となく私には予感がした。
さっきお父さんが動けないって言っていたけれど、それによってエイミーはワガママなんて言えない状態にあるんじゃないかしら。毎日忙しく働くお母さんの収入だけじゃ大変だから、そのお母さんを助けなくちゃって気持ちが強すぎるとか。でもお店に出なければならないなら暗い顔してちゃいけないって、そう思っていたとしたら……?
私も今、葉平に我慢をさせてしまう事が多いから、そう言うところはとても敏感と言うか何というか……。でも、これは私の勝手な憶測だしそうじゃない可能性もあるから、ハッキリしたことは言えない。勝手な想像だしね。ここまで深刻じゃないかもしれないし。
まぁどっちにしても、まずは葉平との接点を作った方がいいと思うのよね。でも、当の本人は照れまくって前に出てきてくれないし……。
「ね。エイミー。もし良かったら、葉平とお友達になってくれないかな?」
「え? お友達ですか?」
「そう。私たちここに来てまだ半年と経ってないの。この子には知り合いも少ないし友達もまだいないから……」
そう言って私の後ろに隠れている葉平を前に押し出すと、彼は赤い顔をして焦っているような素振りをしてみせた。
「いや、俺は……っ」
「本当!? 私、ヨウヘイとお友達になってもいいの!?」
照れながらも戸惑っている葉平とは違い、心底嬉しそうに前のめりになって喜ぶエイミー。
さっきよりもずっと大きな声になって喜んで、そんなに嬉しかったのかしら。私もちょっとびっくりしたし、周りを歩いている人もこっちを見て行くぐらいの驚きはあった。
そんなに喜んでくれるなら有難いわ。
「えぇ。よろしくお願いするわ。ね? 葉平」
「え、えぇっと……俺は、別にいいけど……」
頬を赤らめたまま目線だけをそらしたままの葉平の手をぎゅっと握ったエイミーは、それはもう最高の可愛い笑顔でほほ笑んでいた。
「ありがとう! ヨウヘイ! 私たちお友達ね?」
「う、うん」
彼女の雰囲気に押され気味になりながらも、葉平はどこか嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。
女の子にそんなにしっかり手を繋いでもらったことないから、緊張もするわよね。何だか微笑ましい。
って言うか、こんなに喜ぶなんて、エイミーには友達いないのかしら……。
「エイミーはいつもこの市場にいるの?」
「はい、この広場のどこかに場所を取ってお店を開いてます」
「市場でのお店はいつまでやってるのかしら」
「夕方まではやってます。夜は私が仕事できないから……」
夕方!? え? 朝から夕方までみっちり仕事してるの?!
それに驚いた私は、驚きを隠せないでいた。
だって、その働き方は大人と全く同じじゃない。それをこんな子供が普通にやってるっておかしくない?!
「あ~、えっと……エイミー? 聞いてもいいかしら。あなた今いくつなの?」
「はい、7歳です」
「葉平と同じ年なのね。その年で朝から夕方まで働いていて大丈夫なの?」
「え……でも、働かないと食べていけないから……」
嘘でしょ。たった7歳で生活を支えてるって……。
やっぱり私の最初の予感は当たってたんだわ。でも、この世界ではこれが普通なのかもしれない。そう言えば、私たちの世界でも、外国にはこういう子がたくさんいるって言ってたわよね……。
いずれにしても、何だかとっても失礼なことかもしれないけれど、彼女の事が不憫に思えてしまって胸がいっぱいになってしまった。
こんな子供が増えているって思ったら心苦しくないわけない。私に何か出来ることがあるかしら……例えば何か食べ物を……。
そう思った瞬間、私は「その手があった!」と思って葉平の肩を掴んだ。
「そう、そうよ! 葉平。明日からあなたここに来なさい」
「え? 何……どうしたの急に」
「明日からいつもより多めにパンを焼くから、それを彼女に届けてあげて。あなたと同じ年齢なのに大人と同じ働き方をしてるんじゃ可哀想でしょ?」
エイミーの他にも同じように働いている子は他にもいるのかもしれないけど、とにかく今は目の前のエイミーの助けになってあげたかった。ご両親にとったら余計なお世話だって言われるかもしれないけど……。
それに、そう言う理由付けがあれば、葉平だって来やすいと思うのよね。
「分かった? 葉平。ここまでの道はそんなに難しくないから分かるわよね?」
「う、うん……」
私たちのやりとりを見ていた当のエイミーは、訳が分からずにポカンとしていた。
「エイミー。もし明日から時間が出来るようになったら、葉平と一緒に過ごしてあげてね」
「あ、はい。分かりました」
「じゃあ、今日はとりあえず帰る事にするわ。フルーツありがとう」
そう言ってにこやかに手を振ると、エイミーも頬を紅潮させながら大きく手を振り返してくれた。
「も~、お母さんは強引なんだよ~」
帰り道の途中、ブチブチと文句を言う葉平の手には何だかんだ言いながらカシワちゃんが握り締められている。
「強引強引って言うけど、あなた一人だったら話しかけられなかったんじゃないの?」
「そうだけど……」
「今日は私がきっかけを作ったけど、明日からはちゃんと自分から話してあげてね? エイミー、あなたと友達になれて凄く喜んでたし」
「……うん。がんばる」
シャイなのは最初から分かってた。助け舟を出すつもりで今日は話しかけたけど私が出しゃばるのはここまで。明日からはちゃんと自分から仲良くなるように頑張ってもらわなくちゃ。
私は一人でニコニコして歩いていると、ふと視界の端に見覚えのある背格好の女の子を見つけて足を止めた。
「あれ……?」
「どうしたの? お母さん」
あの子見たことがある。フードを被ってるけど、そのフードに収まりきらない長い髪が黒髪であることを見て私は思わず「あっ!」と声を上げた。
あの子、アユだわ!!
黒髪の人間は、この世界に来てから見かけたことが無い。って言うかいるのかもしれないけど、少なくとも今私が知っている限りは黒髪の人間は自分と葉平を除いてアユ以外に見たことがない。しかもあんなに目深にフード被って周りをキョロキョロ見回してなんて、物凄く怪しくない?
私は葉平の腕を引いて近くの露店の陰に身を隠し、アユの様子を窺った。
「お母さん?」
「……あの子、この国の聖女って言われている子よ」
「あ、知ってる。イズムスが言っ……」
「あわわわっ! その名前ここで出しちゃダメ!」
私は慌てて葉平の口を封じる。
王族の人の名前をうっかり漏らしたら私たちの秘密の関係までバレちゃうかもしれないでしょ!? どこで誰が聞いてるか分からないのに!!
ぐっと声を落として葉平に伝える。
「誰が聞いてるか分からないんだから、安易にその名前言っちゃダメ」
あまりに切羽詰まった顔をしていたのかもしれない。昔から空気を読むのが上手な葉平はすぐに理解したみたいで「分かった」と小声で返してくれる。
理解が良すぎると逆に心配ではあるんだけど、今は非常に助かるわ。
私たちがアユの様子を物陰から見ていると、彼女は横道に入って行ってしまう。
どうしよう、追うべき? あんなにこそこそしてるなんて調べるべきよね。だけどもし危ない目に遭ったら葉平も巻き添えくってしまう……。
「葉平。ここから一人で帰れる?」
「え? 帰れるけどなんで? お母さんは?」
「ちょっと、どうしてもあの子の行く場所を見ておきたいのよ」
「危ないよ、やめなよ。イズムスにお願いしたら?」
確かに、葉平の言う通り彼に頼めば兵士の一人や二人派遣してくれるだろうけど、アユ本人があれだけお忍び出来てるんだから兵士何か来ようものならすぐにばれちゃうわ。
ひとまず葉平と一緒にアユが曲がった路地の前まで行くと、物凄い怪しさが漂う暗い路地に繋がっていた。ひしめき合う建物の間にあるギリギリ人がすれ違えるくらいの路地。
さっきアユが纏っていたマントがこの路地を進んだ先を右に入るところまでは確認できた。
「ここに、何があるの……」
私の表情は険しいまま、葉平に危険が及ばないようそれ以上進むのを諦めた。